堺三保さんのコーナー「TVを消して本を読め!」で科学捜査サスペンスドラマ「CSI」が取り上げられ、小説における「科学捜査もの」として「ケイ・スカーペッタ」シリーズが紹介されていましたね(→ こちら)。1話完結型の「科学捜査ドラマ」流行とアメリカ社会の考察が面白い回ですので、ご興味のある方は「ふみ〜」と合わせてどうぞ。
ところで、スカーペッタの映像作品って無いのかしら? 「捜査官ガラーノ」はAXNミステリーでドラマ放送してたけど。教えて、堺三保さんっ!(人任せ)
さて、今回は第7作『死因』です。
(あらすじ)
元海軍造船所付近の川で見つかった変死体。それはケイ・スカーペッタにも馴染みのある記者だった。南北戦争時代の骨董品目当てに潜り、事故にあったと警察および海軍関係者は語るが、ケイは記者の死に「ニュー・シオニスト」と名乗るカルト教団が関係しているのではないかと疑い始める。
何だか無駄にアビリティの高かった殺人鬼・ゴールドとの決着もようやく前作でつき、スカーペッタの日常にも平和が訪れたかと思ったら、今度はカルト教団と対決かよ。
この「ニュー・シオニスト」、ハンドというカリスマ的な教祖に支配され、「ハンドの書」と題された教典まで作られている。教団を守るためなら殺人も厭わず、挙句の果てにはテロリストと化してしまう……って日本人が読めば、誰だってあのオウム真理教の事件を思い出してしまうだろう。『死因』が刊行されたのが1996年、日本で地下鉄サリン事件が発生した翌年のことだ。コーンウェルがオウム事件のことを意識したかどうかは定かではないが、本作を読んだ当時の日本の読者はちょっとドキンとしたんじゃないだろうか。ちなみにラストで「ニュー・シオニスト」達が小説終盤で取ったある行動に関しては、いまの日本人読者の方がより恐怖を感じるに違いない。あのときはこんな身近な問題になるなんて、誰も思っていなかっただろうからね。
こうしてサイコキラーよりももっと強大な敵を相対することになったスカーペッタだが……どうにも納得がいかん。なにが納得いかないかって、このカルト教団の描き方。ハンドがどうしてこのような教団を形成するに至ったのかとか、どんな思想に共感して人が集まったのかとか、犯人側の論理なり都合なりが書かれないまま、単純に「悪役」という記号として存在している点。ありゃ、俺、ゴールドのときも同じような指摘をしているぞ。そうなのだ、コーンウェルに登場する犯罪者って、ほんとにただの記号なのだ。
冒頭でもちょこっと触れたが、堺三保氏は1話完結型の科学捜査ドラマが00年代に流行した要因について、9.11テロの影響を挙げた上でこう述べる。
悪の正体が判然としないまま、怒りにまかせて戦争に突入してしまったアメリカという国の人々は、せめてテレビの中では、正義と悪がはっきりと科学の力で解明される、明快なドラマを欲していたような気がしてならないのです。
(「TVを消して本を読め!」第25回より)
しかし、世界貿易センタービルに飛行機が突っ込む以前にも、このようなわかりやすい「善悪二元論」的なスタンスでもって「ケイ・スカーペッタ」シリーズは犯罪者を書き、ベストセラーになった。
わかりやすいという意味では本作に登場する刑事・ローシュも、セクハラまがいの行為でスカーペッタに不愉快な思いをさせる、あまりにも典型的な「女性の敵」だ。スカーペッタ、マリーノ、ルーシー以外の登場人物を掘り下げて描く事に、著者自身がまるで興味がないかのようだ。
11月23日に慶應義塾大学三田祭で行われた「ゼロ年代のおススメ翻訳ミステリー」トークで、「ネオ・ハードボイルド以降、探偵自身の人生にアルコール中毒やハンデキャップを背負わせるなど“色付け”をし、キャラ化を進めた結果、読者の興味はジャンル本来からの面白さから離れ、キャラの部分しか読まれなくなってしまった」という話がでてくる。(トークショーの模様をご覧になりたい方は→ こちら)
「ケイ・スカーペッタ」シリーズの源流となる3F私立探偵小説も、一人称私立探偵小説の主人公に“色付け”をしたネオ・ハードボイルドの一種だとするならば、「スカーペッタ」シリーズは「キャラの部分しか読まれなくなった」小説の最終形態と言ってもよいのではないだろうか。スカーペッタ・マリーノ・ルーシーのキャラをたたせることにのみ力を注いだ結果、ミステリとしての興味ばかりか、犯人やその他の脇役たちのキャラを描く事も削いてしまったのだ。
では残された主要登場人物たちの「キャラ」はどうかと言うと……、それはまた次回ということで。
あ、ところでこの「ふみ〜 P・コーンウェル編」に関して、ある企画を考え中でございます。企画が無事に通ればよいと思っているですが……。
挟名紅治(はざな・くれはる)
ミステリー愛好家。「ミステリマガジン」で作品解題などをたまに書いています。つい昨日まで英国クラシックばかりを読んでいたかと思えば、北欧の警察小説シリーズをいきなり追っかけ始めるなど、読書傾向が気まぐれに変化します。本サイトの企画が初めての連載。どうぞお手柔らかにお願いします。