ミステリ試写室 film 3 ドラゴン・タトゥーの女

まずは、この予告編をご覧いただきたい。

昨年の春、忽然とネット上に出現し、目も眩まんばかりの映像と音楽で話題騒然となったデヴィッド・フィンチャー監督の『ドラゴン・タトゥーの女』である。なんでも映画館で上映された初号の予告編を盗撮したものだったらしく、その投稿はたちまち削除されてしまったが、あまりの反響の大きさからすぐさま再編集されたものが公開され、それがさらなる話題を巻き起こした。そのいわくつきの動画が、これである。

たたみ掛ける映像のバックに流れるのは、サントラを担当したトレント・レズナー(ex.Nine Inch Nails.)によるレッド・ツェッペリンの「移民の歌」のカバーだが(歌はYeah Yeah YeahsのカレンO)、この曲をもってきたセンスにはただただ脱帽あるのみ。

というのも、イギリス、アメリカへと侵攻した北方ゲルマン民族ヴァイキングのことを歌った曲だからだ。北欧から出現し、またたく間に英米欧の各国を席巻した原作の映画化に、これほどふさわしい序曲もないだろう。

さて、原作はスウェーデンの作家スティーグ・ラーソンのデビュー作だが、作者の急逝により死後出版となった〈ミレニアム〉三部作が、同国にとどまらない世界的な大ベストセラーとなったのはご存知のとおり。『ドラゴン・タトゥーの女』はその第一部で、悪辣な実業家の不法行為を糾弾したジャーナリストのミカエルが、逆に相手の罠にはまり名誉毀損で敗訴したところから始まる。しかしその高い調査能力を買われ、思いもかけない報酬を条件に、40年前の未解決事件を再調査するという仕事が彼に舞いこんでくる。

本作は、すでに2009年にスウェーデン本国でニールス・アルデン・オプレヴ監督により映画化されており、今回はそのリメイクにあたる。翌年の日本公開とほぼ同時にハリウッド発の?デヴィッド・フィンチャーによるリメイク決定?という情報がつたわってきた時は、そっちを観ればいいか、という陰口も囁かれた。しかしキャストこそ無名ぞろいだったものの、スウェーデンの気候や風土、そして社会の空気までもしっかり封じ込めた本国版『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』は、決して悪い出来ではなかった。

一方、ハリウッド版『ドラゴン・タトゥーの女』は、一言でいうならば人工の美に貫かれている。本国版との比較でいうなら、『ぼくのエリ200歳の少女』に対するリメイクの『モールス』の関係に似ていると言ったらいいだろうか。上質のビデオクリップともいえるタイトル・バックの映像で物語の幕は切って落とされるが、フィンチャー・マジックともいうべき冷気に満ちた映像空間は終始ぶれることがない。

三部作の中でミステリとしてもっとも作りこまれた原典との相性も抜群で、原作に忠実であろうとする監督の腐心は見事に実を結んでいる。過去の事件をめぐる富豪一族の複雑な人間関係や、ハリエットが消失を遂げた密室状況など、ミステリとしての面白さを損なうことなく巧みに表現した映像は、おおいに評価されるべきだろう。

ところで、天才的な情報処理能力で主人公ミカエルの片腕として登場するリスベット・サランデルの大活躍は、日本の読書界に?リスベット萌え?という現象を巻き起こしたほどだが、このヒロイン役をめぐっては、自ら映画化権の獲得にまで乗り出したというナタリー・ポートマンをはじめ、スカーレット・ジョハンソンやキャリー・マリガンらが噂にのぼった。そんな中、ヒロインの座を射止めたのは、フィンチャー監督の前作『ソーシャル・ネットワーク』にも出演していたルーニー・マーラだった。

この一見地味なキャスティングが見事図にあたり、大胆不敵な行動力とガラス細工のような傷つきやすさという両面を併せ持つという複雑なキャラクターを、彼女はスクリーン上で実に鮮明なものにしている。ほかにも、主人公ミカエル役に6代目ジェイムズ・ボンドことダニエル・クレイグ、依頼主の財閥の元会長に超ベテランのクリストファー・プラマー、さらにはハリエットの兄を演じる『レッド・オクトーバーを追え!』や『奇跡の海』等でおなじみベテランのスウェーデン人俳優ステラン・ステルスガルドらの好演も手堅い。

すでに第二作『火と戯れる女』、さらには第三作『眠れる女と狂卓の騎士』の製作も決まり、主役のふたりは早くも出演契約のサインを済ませたとの情報も伝わってきている。原作は読んでるしという方も、映画なら先の本国版を観ているからという方も、ハリウッド・リメイクで生まれ変わった〈ミレニアム〉の冷たい肌合いを、映画館で体感してみてはいかがだろうか。

三橋 曉(mitsuhashi akira)

書評等のほかに、「日本推理作家協会報」にミステリ映画の月評(日々是映画日和)を連載中。

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