ミステリ試写室 film 5 ドライヴ
ミステリ試写室 #5 ドライヴ
まず最初に告白しておかなければならない。映画『ドライヴ』は、ジェイムズ・サリスの原作だが、実はわたしはサリスのいい読者ではなかった。おそらく、過去には好意的とはいえない書評も書いているだろう。そんな自身のサリスの小説に対する評価を見直すきっかけになったのが、この映画『ドライヴ』である。
ともあれ、まずは予告編をご覧いただきたい。
ドライバーことライアン・ゴズリングの仕事は、ハリウッド映画のスタントマン。しかし彼にはもうひとつの別の顔があった。その神がかり的なドライビング・テクニックを駆使しての逃走車両の運転である。強盗を終えたばかりの犯人たちを乗せ、犯行の成否を左右する5分間で事件現場から安全圏へと逃げのびる。天涯孤独の彼にとって、悪党どもに手を貸すその汚れた仕事だけが、自身の存在証明といってよかった。
ある晩のこと、帰宅した彼は最近このアパートに越してきたというキャリー・マリガンとエレベーターで会話をかわし、惹かれるものを感じた。しかし、彼女は子持ちの人妻で、服役中の夫がいた。間もなく出所してきた夫がマフィアから脅されていることを知った主人公は、彼女とその息子を思いやる気持ちから、夫の強盗計画に加担する決心をする。
夜のロサンジェルスを背景に、幕開きから畳みかけてくるカー・アクションの流麗さが、観客の気持ちを一気にたぐり寄せる。その後の展開も、強盗計画とその破綻をシャープに描き、やがて壮絶なクライマックスへとなだれ込んでいく。演出の切れの良さと映像美が映画の隅々にまで冴え渡る、つくづくいい映画だと思う。
本作から、ライアン・オニールがやはり逃走車両のドライバーを演じたウォルター・ヒル監督の『ザ・ドライバー』(1978)を思い起こす映画好きが多いようだが、わたしは昨年公開されたばかりの『キラー・インサイド・ミー』(原作はジム・トンプスン)を思い出した。あちらの作品には、ケイシー・アフレック演じる保安官助手がふいにその暴力性を爆発させるひと幕があったが、この映画にもクールで穏やかなライアン・ゴズリングが、思いもかけない横顔を見せる一場面がある。息を呑む一瞬に、観る者は鳥肌立ち、主人公の生きてきた人生の凄絶を思わずにはおかない。この映画のハイライトであり、忘れることのできない強烈な一シーンだと思う。
知名度が高かったとはいえない監督のニコラス・ウィンディング・レフンはデンマーク出身の映像作家で、主演のライアン・ゴズリングからの逆指名だったという。この才能に目をつけたゴズリングはまさに慧眼だが、その結果が彼に最高の当たり役をもたらしたといっていいだろう。
冒頭の話題にとって返すが、主人公のドライバーの寄る辺ない孤独な身の上と、未来の展望を欠いた生き方は、原作、映画の両方に流れる通奏低音であり、この作品のテーマでもある。設定やディテールに違いこそあるが、原作もまたクライム・ノベルの一級品であることを保障する。映画を気に入った方は、ぜひ原作の方もお読みください。
ここまで観客をシビレさせてくれる犯罪映画は、そうあるものじゃない。ロードショー公開が始まるこの週末には、もう一度この映画を観るため映画館に足を運ぶことになるだろう。
※2012年3月31日(土)公開予定。
三橋 曉(mitsuhashi akira) |
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