ミステリ試写室 film 7 ある秘密

 ホロコーストと向き合った文学作品は多いが、フィリップ・グランベールの「ある秘密」は、物語の要に謎があって、それがやがて説き明かされていく面白さがあるという点で、ウィリアム・スタイロンの「ソフィーの選択」(1979)やベルンハルト・シュリンクの「朗読者」(1995)と較べて、少しもひけをとらない。上梓から3年後の2007年に作者の母国フランスで映画化されていて、それが今回やっと日本でも公開された。直球ど真ん中とはいえないが、ミステリ映画ファンの心を捉えること間違いなしの一本なので、ここに紹介する次第だ。

 というわけで、まずは予告編から。

 両親に似ず、なぜ自分はスポーツが苦手なのだろうと思い悩みながら、根深いコンプレックスを抱く主人公のフランソワは、内向的な性格から空想上の兄を心の中で作り上げ、密かに尊敬を捧げていた。しかしある時、屋根裏部屋で古びたぬいぐるみを見つけたことから、ハンサムで運動神経抜群の兄は実在したことを知ってしまう。

 父のマキシムには、フランソワの母タニアとの前にも結婚歴があって、前妻アンナとの間にはひとり息子のシモンがいた。ユダヤ人の血をひく二人は、ヒトラー率いるナチスドイツの侵攻を畏れ、近親者とともにパリからの脱出を図ろうとする。先に出発したマキシムは、義兄の妻タニアらとともに田舎の一軒屋で準備を整え、あとからやって来るアンナとシモンの到着を待つが。

 淡々とした一人称で綴られたモノトーンに近い原作の世界を、色彩感たっぷりの映像に置き換えてみせたのは、監督のクロード・ミレールと脚本を担当したナタリー・カルテルの二人だ。現在と過去が複雑に絡み合ったこの物語を、作者のグランベール自身も映画には向かないと思っていたそうだが、再構築にあたっては謎とサスペンスの手法が絶妙のスパイスとして効果を発揮している。

 スクリーン上には、セシル・ドゥ・フランス(タニア役)、リュディヴィーヌ・サニエ(アンナ役)、ジュリー・ドパルデュー(一家の友人ルイズ役)といった名花があでやかに咲き誇り、とりわけアンナが若き花嫁として登場するシーンには、思わず息を呑む瑞々しさがある。しかし、そんな彼女の笑顔もいつしか翳りをおび、やがて物語も悲劇として加速していく。映画はそれを、マチュー・アマルリックが演ずる成人した主人公フランソワの回想という形で、緊張感たっぷりに描いていく。男女の機微とそれを呑みこむ運命の皮肉を描くのはフランス映画の十八番だが、それに人類の不幸な歴史を巧みに重ね合わせてみせたのが本作だろう。今も癒えることのないホロコーストの傷跡をたどり、観る者の心を深くえぐるこの映画からは、過去への改悛と、同じ過ちを繰り返さないための決意が鮮明に読み取れるが、そんな重たい主題を映画の興趣がエレガントに包み込んでいる。けだし傑作だと思う。

 ところで、先の予告編からもお分かりのように、本作は〈フランス未公開映画傑作選〉の1本として、クロード・シャブロルの『刑事ベラミー』、エリック・ロメールの『三重スパイ』とともに公開されている。いずれもミステリ映画ファンの興味をひかずにはおかない要注目作だが、とりわけ『刑事ベラミー』はベテラン監督の風格とミステリを愛する遊び心が居心地よさそうに同居しているサスペンス映画の巨匠シャブロルの最後の作品でもある。どうかくれぐれもお見逃しなきよう。

※シアター・イメージフォーラム@渋谷において、5月25日まで公開中。以後、京都、大阪ほか各地でも上映予定あり。

[公式サイトはこちら]

http://www.eiganokuni.com/meisaku5-france/movie.html:title

三橋 曉(mitsuhashi akira)

書評等のほかに、「日本推理作家協会報」にミステリ映画の月評(日々是映画日和)を連載中。

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