みなさん、こんにちは、フランス語の翻訳をしている高野優です。およそ1年ぶりの「フレンチミステリー便り」です。
 
 さて、「フレンチミステリー便り」では、第1回で「フランス語未訳短篇発掘プロジェクト」とそれに伴って実施されている「フランス語短篇翻訳コンテスト」のご紹介。第2回では2015年に翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションの小部屋企画で行なわれた「フランスミステリ座談会」の模様を再録、そして第3回では短篇翻訳コンテストの受賞作品の掲載など、フレンチミステリーに関する企画をお届けしてきました。
 
 今回の第4回は、フランス語翻訳家で、「フレンチミステリー便り」編集長の伊藤直子が2017年度のフランスのミステリ賞の受賞作品をご紹介します。(高野優

 
 みなさんこんにちは。
 ほかの国々と同じく、フランスにもたくさんのミステリ賞があることはみなさんもよくご存じのことと思います。たとえば「コニャック・ポラール・フェスティヴァル」などは、映像やBD部門などをあわせて、3日間に渡り大々的に開催されることで知られています(2017年は10月20日から22日まで)。
 こうした各賞の特徴については、2013年6月5日に掲載された松川良宏さんの記事、「非英語圏ミステリー賞あ・ら・かると」の「第3回 フランス編」の中で詳しく説明されているのでそちらをご覧いただくとして、今回は、具体的にどういった作品が選ばれているのか、2017年の受賞作からそれぞれの簡単なあらすじとともにお伝えいたします。あわせて、いくつか新しい賞についてもご紹介いたしましょう。
 
■フランス推理小説賞■
アンヌロール・カイル La Daronne(母さん)
 フランスで最も権威あるミステリ賞のひとつ、フランス推理小説賞には、映画監督であり現役刑事弁護士でもあるカイルの作品が選ばれました。
 主人公は法廷翻訳者として働く53歳の女性。夫亡きあとふたりの娘と老人ホームにいる母親を養っている彼女が、ある日「母さん」という暗号名の入った盗聴記録を目にしたことから麻薬取引に手を染めた。実直だったアラフィフ女が闇の世界で別人の顔をみせる。
 作品同様、スカーフを巻いた女性が佇む表紙の写真が映画を思わせるクールな仕上がりになっています。次点フランツ・バルテルトのHôtel du Grand Cerf(大鹿ホテル)も第二次世界大戦時の過ちが現在の過ちを生んでしまったという通好みの一作です。

■ミステリ批評家賞■
クロエ・メディRien ne se perd(何も失われない)
 メディは1992年生まれの新進気鋭の若手作家。2014年にはマスク叢書が主催するボーヌ・ミステリ新人賞を受賞しました。なお本作品は2016年の学生が選ぶミステリ大賞も受賞しています。
 15年前、移民の若者を殺した警官が正当防衛で無罪となった。だが若者の無実を証明してあげられなかったソーシャルワーカーが精神を病み4年後に自殺、ショックで7歳の息子が自殺未遂、その母親は絶望のあまり息子の養育を放棄し、20歳の青年にそれを託す。その4年後、ソーシャルワーカーの娘が被害者の妹とともに件の警官に復讐を果たした。
 あらすじだけで胸が詰まりそうですね。実は20歳の青年の恋人も自殺未遂を繰り返すなど、とことん暗い話なのです。それでも本作が大人のみならず学生にも選ばれているのは、ここに現代フランス社会のリアルがあるからなのでしょう。
 
 続いてミステリの老舗、マスク叢書が主催する3賞です。
 
■冒険小説大賞■
ロランス・ガヴロンFouta Street(フータ通り)
 ガヴロンはパリ出身の生粋のフランス人ですが、愛するセネガルの国籍を取得し、セネガルを舞台にした小説を執筆しています。
 親の決めた許嫁と結婚するためにセネガルの若い女性がニューヨークに移り住む。やがて女性は別の男性と恋に落ち、夫の元を去った。故郷でそれを知った夫の親族のひとりが、部族の誇りを踏みにじった夫婦に激怒し、アメリカに渡る恋人にふたりの殺人を依頼する。恋人はまず夫を殺害し、妻も殺しかけたところで同郷の刑事に阻止される。
 フランスの小説ではアフリカ人が主人公になることも多いのですが、この作品では作者の部族文化への敬愛がベースとなっていることが特徴といえます。
 
■マスク叢書賞■
フレッド・ウエルQuand les oiseaux s’étaient tus(鳥たちが沈黙した時)
 マスク叢書の名を頂く新人発掘の賞。2017年は創立90周年を祝って大々的に開催されました。
 舞台はニュージーランド。骨髄を抜かれた謎の死体を追っていた刑事が、突然南極を管轄する部署に左遷される。そこではある有名遺伝学者が刑事を見張りつつ、不死の人間を作るためのクローン実験を重ねていた。だが学者は自分の正体に気づいた刑事を始末しようとして、刑事の恋人に殺される。刑事は助かったとはいえ、実験により妊娠させられた恋人とともに、助けの来ない極寒の孤島に取り残されるのだった。
 これもなかなかの暗さと閉塞感のある物語。作者のウエルは元高校の生物の先生です。その専門知識を活かし、南極の過酷な環境とマッド・サイエンティストが登場する、『クリムゾン・リバー』で有名なジャン=クリストフ・グランジェ張りのスリリングな作品を書きあげました。
 
■ボーヌ・ミステリ新人賞■
フィリップ・ルキエTant pis pour le sud(南へ向かう覚悟)
 GPS内蔵の腕時計とともにフィリピン沖で男が消えた。男の弟は再び動きだした時計の行方を追ううちに、兄が自分のかつての過ちをつぐなってくれていることを知る。しかもその過程で新しい伴侶を得て、第二の人生を歩み始めていた。弟は兄の幸せを見届けながら、銃撃戦に巻きこまれ異国の地で命を落とす。
 小道具の活かし方が秀逸でした。フランス、イギリス、フィリピンを舞台にしたスケールの大きな作品となっています。
 
フランソワ=アンリ・スリエIl n’y a pas de passé simple(単純な過去はない)
 地方新聞の見習い記者が取材先で古い日記を手に入れる。そこには18世紀に隠されたという財宝のことが書かれていた。見習い記者は早速宝探しを始めるが、そのとたんに暴行から殺人まで様々な事件に巻きこまれる。やがて、それらはすべて第二次世界大戦中に起こったある過ちが発端であると判明するのだった。
 主人公はフランス国籍を持つアフリカ系の青年です。フランスにはマグレブと呼ばれる北アフリカ系の住民も数多く、ミステリにも頻繁に登場しています。

■パリ警視庁賞■
ピエール・プシェレMortels trafics(死を呼ぶ麻薬取引)
 プシェレは殺人課や麻薬取締対策課などで30年以上の勤務実績を持ち、退職後に執筆を開始しました。本書でも麻薬取引の捜査過程がリアルに綴られています。
 舞台はフランス、スペイン、モロッコ。パリの病院で入院中の子どもが殺害され、その後両親も殺された。それは、仲間が裏切ったと勘違いしたことによる麻薬密売組織内の報復殺人だった。フランス警察は国をまたいだ大追跡の末に実行犯と組織の大物を逮捕する。
 賞のタイトルにふさわしい本物の警察小説が選ばれました。末端の運び屋や殺しを強要された実行犯が、そうせざるを得なかった背景も丁寧に描かれています。
 
■コニャック・ポラール・フェスティヴァル賞■
フランス語圏作品賞:ミシェル・モアティTu n’auras pas peur(恐れることはない)
 モアティは1990年代ロイターの記者としてロンドンに住んでいました。現在はフランスの大学でジャーナリズムなどを教えています。
 イギリスで過去の殺人事件を模倣した連続殺人事件が発生する。犯人は、少年時代に殺人事件を起こして逮捕されるも、出所と同時に名前を変え一般市民として生活する男だった。スクープを狙う女性記者は犯人に命を狙われながらも直接対決に挑む。
 作中にはいくつかの実在の殺人事件が登場します。ショッキングな描写とスピーディーな展開が特徴の、最近人気のタイプの作品といえるでしょう。

ヤングアダルト作品賞:サラ・コーエン=スカリRobie(恐怖症)
 フランス・ヤングアダルト・ミステリ界のベテラン作家が受賞しました。
 16歳の少女が人食い鬼の悪夢に苦しんでいた。担当の精神科医はその原因が11年前の父親の失踪にあると推理する。実はその時すでに父親は命を落とし、目撃者だった少女は人食い鬼の話で犯人に脅され記憶に蓋をされていた。その封印を解くために、精神科医はVRで少女の深層心理にアプローチしつつ、警察と協力して事件の全容を明らかにする。
 最先端技術を登場させた大人も楽しめる作品。フランスの若者の日常が垣間見られます。
 
■ミステリ・フランス国有鉄道賞■
フランク・ブイスGrossir le ciel(天国を広げて)
 フランス版新幹線TGVで知られるフランス国鉄(SNCF)の冠がついた賞。2001年に誕生しました。
 人里離れた山岳地帯でひとり暮らしをする中年男が誤って隣人を殺害する。直後、家の中から自分の母親が書いた手紙が見つかり、隣人が実の父親だったことが判明する。母親はかつて夫を殺し、刑期を終えて戻ってきた後に自殺していた。結局その中年男は別の殺人事件の容疑者にされたまま、失意のうちに息絶える。
 隣人にはもうひとり知的障害を持つ息子がいて、彼もまた人を殺します。実に救いのない話ですが、フランス人はこうした闇を持つ物語がとても好きなのです。
 
■アルセーヌ・ルパン賞■
ロラン・シャリュモー V.I.P
 ルパン・シリーズの作者であるモーリス・ルブランの孫娘と《アルセーヌ・ルパンの隠れ家協会》がタッグを組み2006年に誕生した賞です。
 有名女優が自宅で殺され、その場に死んでいた大統領のSPが犯人と断定される。だが女優を追っていたパパラッチが、大統領自身が犯人である証拠写真を撮ってしまう。やがて真犯人の可能性を追う担当刑事たちが件のパパラッチにたどりつく。大統領選が迫る中、現職の当選を阻めば極右候補が台頭する情勢で、はたして刑事たちはどう動くのか。
 現在の政局が反映されていますね。ちょうどいいところで物語が終わるため、ぜひとも続きが読みたい作品です。
 
■フランス・スリラー・ミシェル・ビュッシ賞■
ヴァンサン・オウイLe Tricycle Rouge(赤い三輪車)
 イギリス在住のアメリカ人作家ダグラス・ケネディとフランス人作家ミシェル・ビュッシによる新人発掘の賞。ビュッシはここ3年ミステリの売り上げベスト3入りを続けるフランス屈指の人気作家です。
 かつてMKウルトラ計画という非道な人体実験の被験者にされた子どもたちが、成長後、復讐のため次々と科学者を殺す。その捜査に元プロファイラーの男が狩りだされるが、実は男も元被験者でありながら、組織に洗脳されて過去の記憶を失っていた。男は徐々に記憶を取りもどし、ついに組織と対立する。
 すでに続編の出版が決まっています。オウイはフランス出身で現在はカナダ在住のゲームクリエーター。キングファンを公言し、作品もアメリカンサスペンスを思わせる仕上がりです。フランスとカナダの二か国で出版されました。
 
 以上、数あるフランスミステリ賞の中から10賞の2017年受賞作品についてご紹介いたしました。こうしてみてみると、フランスならではの暗さを追及したものから手に汗握るゴージャスなサスペンスまで、幅広い作品が選ばれているようです。はたして2018年はどうなるのか。今後の動向にご注目ください。

  ――伊藤直子(執筆協力:池田美琴、江村諭実香、大林薫、小野和香子、繁松緑、白瀬コウ、長井佑美、中村忍、荷見明子、樋富直美、横田巴都未)

伊藤直子(いとう なおこ)
 こよなく猫を愛する翻訳者。溺愛する白黒ハチワレ猫の名前はトバイチロウ。訳書にクリスチャン・ジャック『スフィンクスの秘儀』(竹書房)など。ジャン=ガブリエル・ガナシア『そろそろ、人工知能の真実を話そう』(早川書房)の刊行後は、Siriと一緒に噛み合わない不毛な会話を続けるのがなかなかの楽しみ。

 


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