今回は、「第6回フランス語短篇翻訳コンテスト」について、評論家の吉野仁さんよりご講評をいただいたので、入賞作品とともにお披露目いたします。また、後半では、この一年ほどの間に出版されたフレンチミステリーの中から選りすぐりの作品をご紹介いたします。あわせてお楽しみください。執筆は、フランス語翻訳家で、「フレンチミステリー便り」編集長の伊藤直子が担当いたしました。
なお、「フランス語短編翻訳コンテスト」についてはこちらをご覧ください。
https://honyakumystery.jp/1486507342
また、「フレンチミステリー便り」のバックナンバーはこちら。
https://honyakumystery.jp/category/book_guide/book_guide17
(高野優)
■1. 「第6回フランス語短篇翻訳コンテスト」入賞作品と講評■
さっそく、入賞作品の発表からまいりましょう。なお、このコンテストは高野優フランス語翻訳教室の修了生を対象に行なっているもので、評論家の吉野仁さんにコンテストの顧問をお願いし、全作品に目を通していただいております。ありがたいことに、今回もご講評をいただきましたので、この場をお借りして、みなさんにお披露目させてください。ちなみに投票では、プロの翻訳家を含むコンテストの有資格者が、個々の作品が持つ魅力やおもしろさを評価します。つまり、エントリーする訳者にとっては、読ませる作品を選べるかどうかが入賞の鍵を握るわけですが、こちらは回を重ねるごとに確実にブラッシュアップされており、前回にも増して多種多様で質の高い作品が集まりました。
第6回は応募総数56篇の中から以下の作品が入賞しました。
1位「ベンジャミン・ブルームの奇跡の四色ペン」ロマン・プエルトラス 樋富直美訳
2位「ブラックボックス」トニーノ・ブナキスタ 湯山明子訳
3位「小さなお針子」ミシェル・ビュッシ 湯山明子訳
4位「ピエロに誘われて」フィリップ・クローデル 川瀬順子訳
5位「隠れ家」ニコラ・ブーグレ 青木智美訳
5位「黄金の手」ジャック・ソセー 樋富直美訳
高野優推奨作品「フランス語熱」ジャン=クリストフ・ルファン 大里恵訳
高野優推奨作品「当たりくじ」ジョルジュ・シムノン 甲斐千佳代訳
吉野仁さんからいただいた講評
それでは、吉野さんからいただいたご講評を、上記の入賞作品のリストとあわせてお楽しみください。
優秀作品のトップに選ばれた、ロマン・プエルトラス「ベンジャミン・ブルームの奇跡の四色ペン」は、納得の第一位といえる奇妙で人を喰った面白さの短編でした。オバマ前大統領が読めば、大笑いすること間違いなし。作者には、すでに二作の邦訳があることを知り、さっそく注文しました。
第二位のトニーノ・ブナキスタ「ブラックボックス」は、バラバラの出来事が最後でひとつの絵を見せる驚き、第四位のフィリップ・クローデル「ピエロに誘われて」は、幻想的な世界に迷い込んだ男の話で、それぞれ風変わりな展開ながら、意外な形で「失った自分を取りもどす」物語という点で共通していました。
ネタバレになるので詳しく語れませんが、第三位のミシェル・ビュッシ「小さなお針子」、そして第五位ニコラ・ブーグレ「隠れ家」の二作ともに奇想天外な設定を生かした驚きの物語。
同じく第五位のジャック・ソセー「黄金の手」は、長編小説並みの波乱に満ちたストーリーで刑務所ものの傑作といえます。昨年度も「スクープ」が第二位に選ばれたソセーですが、ぜひ長編を読んでみたい書き手ですね。
高野優推奨作品の二作ジャン=クリストフ・ルファン「フランス語熱」は、ユーモアの強烈度でいえば断トツ。ジョルジュ・シムノン「当たりくじ」もまた人を喰ったおかしみのある話でした。
選外作品のなかでは、レイラ・スリマニ「隣人のパーティー」がヒッチコック監督の映画「裏窓」を思わせる設定で、面白く読みました。共感するラストを含め、その場の雰囲気や登場人物の気持ちが伝わってきたのです。
そのほか、カリーヌ・ジエベル「星空に抱かれて」、ジャン=ポール・ディディエローラン「星の庭」など、子供が登場したり家族を思う話だったりと、読んでいてしみじみとさせるものが何作かあって印象に残りました。
(吉野 仁)
吉野仁さん、細やかなコメントをありがとうございました。さっそく一位のロマン・プエルトラスの邦訳作品をご購入してくださったとのこと、フレンチミステリーを紹介する立場にある者としてこれほど嬉しいことはありません。五位のソセーは、昨年本欄にてご紹介した(参照記事:第5回「フレンチミステリー便り」)注目の作家ですね。吉野さんは「第5回フランス語短篇翻訳コンテスト」のご講評でも、ソセーが日本に紹介されることを期待してくださり、また、全体としては、フランスミステリーらしい奇妙な発想や、フランス人らしい奇妙な愛情の示し方が表れていて、英米のミステリーとはちょっと違ったおもしろさのある作品が並んでいることをエントリー作品の特徴としてあげてくださっています。こうした、ほかにはないフレンチミステリーらしい未発表作品をどんどん紹介していけるよう、これからも精進してまいります。
■2.最新の翻訳フレンチミステリー作品の紹介■
続きまして、後半では、ここ約一年で刊行されたフレンチミステリーの中から選りすぐりの作品をご紹介していきましょう。
まずは人気シリーズから、ピエール・ルメートル『わが母なるロージー』(文春文庫 橘明美訳)。本作はカミーユ警部三部作(『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』『傷だらけのカミーユ』すべて文春文庫 橘明美訳)完結後の、一度限りの番外編という位置付けで発表されました。爆破予告をきっかけに、ある親子の秘密が明らかになるというストーリーなのですが、シリーズのファンにとっては、読み終わりたくないのに面白すぎて一気読みせざるを得ないつらい作品であるのに対し、初めての方にとっては、この中編を堪能したあとにまだ長編三部作が待っているという、実にありがたい作品になること請け合いです。前者である私としては、作者が心変わりして、カミーユとルイに再会できる未来がくることを願ってやみません。本編はもちろん、これまた吉野仁さんによる詳細な解説も読みどころとなっております。
同じく人気シリーズより、ベルナール・ミニエ『魔女の組曲』(ハーパーコリンズ 坂田雪子訳)。『氷結』(土居佳代子訳)、『死者の雨』(坂田雪子訳 参照記事:訳者自身による新刊紹介)に続き、“こじらせ警部”セルヴァズが活躍するシリーズ三作目の長編です。今回は、休職中のセルヴァズ警部とラジオパーソナリティーの女性というまったく無関係のはずの二人の間に、ある接点が浮かび上がるのですが……。いやいやいや、女性が正体不明の敵に追い詰められていくさまがあまりにえげつなく、「もうやめてあげてー」と何度も叫びたくなりながらも、頁をめくる手は最後まで止まることはありませんでした。もちろん『魔女の組曲』も単独で楽しめますし、読めば前の二作品に手をのばさざるを得ません。しかもありがたいことに、こちらは続編を待つことが許されております。
お次も三部作から、『ナチスの聖杯』と『
シリーズ物以外の作品としては、1956年に発表後、これまでさまざまな翻訳で読まれてきたカトリーヌ・アルレーの代表作を、橘明美さんの新訳にてご堪能いただける『わらの女』(東京創元社)や、第11回翻訳ミステリー大賞の候補作だった『パリ警視庁迷宮捜査班』(ソフィー・エナフ作 早川書房 山本知子・川口明百美訳)、昨年こちらでも紹介した“ポケミス史上最大の厚さを誇る赤レンガ本”こと『死者の国』(ジャン=クリストフ・グランジェ作 早川書房 高野優監訳 参照記事:訳者自身による新刊紹介)など、推薦作が目白押しでございます。
最後にこの場をお借りして、来月刊行予定の拙訳著『エレクトス・ウイルス』(グザヴィエ・ミュレール作 竹書房)をご紹介。南アフリカで突如、動植物を過去の形状に変えてしまう未知のウイルスが出現し、ヒトは感染によって〈エレクトス〉に“退化”することが明らかになります。人類ははたして、祖先である〈エレクトス〉と共存することができるのか……。続きはどうぞ本編にてお楽しみください。ちなみにこの作品は2018年末に発表されたのですが、小説の世界と、コロナ禍に苦しむ現実世界との酷似具合には唖然とするばかりです。今はただ、事態の一刻も早い収束を祈らずにはいられません。
いかがでしたでしょうか。困難な時期にあってこそ、読書がみなさんの喜びと支えであり続けることを願い、これからも魅力的な作品を紹介していきたいと思います。皆さまどうぞご期待ください。
(執筆協力:竹若理衣)
伊藤直子(いとう なおこ) |
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フランス語翻訳家。ハチワレ猫のトバイチロウを溺愛し、彼の後頭部と腹部と臀部を匂うことを日々の喜びとしております。 |
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