遅れてきた夏バテにお困りの奥様、こんにちは。日焼け痕に悩むお嬢様、ごきげんよう。疲れにも日焼けにも効くのがビタミン。ついでに心にもビタミンをあげましょう。気分をなごませるビタミン、気持ちをリフレッシュするビタミンが今月も目白押しですことよ。

 ミステリの始祖がポーなら、女子小説の始祖はこちら! 歴史的名作・ジェーン・オースティン『自負と偏見』(小山太一訳・新潮文庫)の最新訳版が出ましたよ!

 ──えっ、『自負と偏見』(『高慢と偏見』)はミステリじゃないだろう、ですって? ええ、もちろん一般的な意味でのミステリではありませんけどもね(だから金銀にはしなかった)、コージー好き・ロマンス好きなら、これは読んでおきたい基本図書。狭いコミュニティの中で繰り広げられる人間模様、第一印象最悪なふたりが次第に惹かれ合う展開、トラブルメーカーがいて、コミックリリーフがいて、ユーモアに溢れてて、皮肉が効いてて、真理が散りばめられてて──コージーもロマンスも、原型はここにあるのよ。女子ミス読みでこれを読んでないのはもったいないぞ!

 私は中野康司訳のちくま文庫版『高慢と偏見』に馴染んでたんだけど、今回の小山太一訳は何の違和感もなく、とても読みやすく、中野訳を初めて読んだときと同様にどっぷり楽しめました。

 違いと言えば、中野訳では「○○氏」「お姉さま」が小山訳では「ミスター○○」「お姉さん」に変わったことをはじめ、全体的に現代的でフランクな感じになってます。たとえば、第一印象最悪だったダーシーと舞踏会で踊るハメになったエリザベスに、「踊ってみたら、案外すごくいい人かもよ」(小山訳)と親友のシャーロットが声をかけたときのエリザベスの返事。

中野訳「冗談じゃない! そんなことになったら悲劇だわ! 憎もうと決めた人をいい人だと思うなんて、とんでもない。縁起でもないこと言わないでちょうだい!」

小山訳「冗談じゃないわ──それこそ最悪!──心の底から嫌うつもりなのに、案外いい人だったなんて──やめてよ、そんな呪いをかけるの」

 ちなみに最後の一文、原文は、”Do not wish me such an evil.” です。どっちが好きかは人それぞれだけど、できるだけ現代小説に近い自然な文章で読みたい読者には、この新訳版、お勧めです。表紙もキュートだし、訳注がそのページの欄外についているのも親切。

 しかしまあ、いちばんびっくりするのは、これが200年以上前の作品ってことよね。日本だと『東海道中膝栗毛』の頃。それが、人物の心理も恋愛模様も、まるっとそのまま現代に通じるってすごくない? 

 もうひとつ新訳のミステリを。ジョン・ディクスン・カー『テニスコートの殺人』(三角和代訳・創元推理文庫)が出ましたよ。これは文庫解説を書かせてもらいました。

 カーが女子ミス? ええ、これは女子ミスです。もっと言えば、ラブコメ的読み方を推奨したい。雨上がりのテニスコート、中央に死体、けれど足跡は被害者のものだけ──というせっかく不可解な状況なのに、ヒロインが「うっかり」死体の側までとことこ歩いていって、足跡つけちゃったからさあたいへん。このヒロインを愛する男性がなんとかごまかそうと小細工し、ヒロインも疑われたくないから必死で、自分たちの小細工が警察にばれないかとヒヤヒヤ、突っ込まれてドキドキ、しかもふたりとも根が善人だから良心もチクチク。三谷幸喜脚本でドラマになりそうな設定なのよ。

 カーの作品にはけっこう頻繁にロマンスは登場するんだけど、これは女性がイニシアチブをとるという点で珍しいパターン。驚きのトリックがフェル博士によって解き明かされるガチの本格なのは言うまでもないんだけど、女子の皆さんはラブ要素とそこから生まれるサスペンスに注目して読んでみて下さいな。きっと楽しいよ。

 エイヴリー・エイムズ『ブルーベリー・チーズは大誤算』(赤尾秀子訳・原書房コージーブックス)は、〈チーズ専門店〉シリーズの4作目。マシューとメレディスの結婚式を控えて、料理を担当するシャーロットは大忙し。

 誰か、誰か相関図をプリーズ! レギュラーメンバーが多くて関係を思い出すのに時間がかかるよ! しかも元夫婦や元恋人が入り乱れてるから尚更! 巻頭の登場人物一覧ページ、あそこイラストで相関の矢印つけてくれたら、ぐっとわかりやすくなるし、途中の巻から入る人にも優しいと思うんだけど。

 ヒロインのシャーロットの造形が4作読んだ今でも掴めないあたりにモヤモヤしつつ、いかにも怪しげな伏線が予想しなかった形でキレイにハマって気持ちよかった! チーズがおいしそうなのはもういつものことで、今度も読み終わってからデパ地下のチーズコーナーで足を止めちゃいましたよ。

 アガサ賞候補になったローナ・バレット『本を隠すなら本の中に』(大友香奈子訳・創元推理文庫)は、〈本の町の殺人〉シリーズ第3作。エヴァリットとグレースの結婚式を控えて、会場を担当するシャーロットは大忙し……って、あれ? デジャヴュ?

 それはさておき。ゴミ箱に突っ込まれた死体が発見されるってな事件なんだけど、扱われてる問題がとても興味深かった。資源のムダ使いへの批判行動として、ゴミ箱を漁ってまだ食べられるものを集めるフリーガンって人たちがいるんですって(フーリガンじゃないよ)。でも中には、思想などなく「貧乏だから」その仲間に入った人もいる。この物語の舞台は再開発で息を吹き返した町なんだけども、そんな中にも格差があって、賃金の問題があって。そういうところを書いてくれるコージーっていいなあ。ちょこちょこ出てくる実在のミステリ小説の話も楽しい楽しい。

 正直なところ謎解きは消化不良ではあるんだけど、それより気になるのは、ラスとケンカしたトリシアに訪れた新しい出逢いですよ。どうか三角関係で引っ張るようなシリーズになりませんように。そんなのはお菓子探偵ハンナだけで充分よ!

 さて今月の銀の女子ミスは、スチュアート・パーマー『五枚目のエース』(三浦玲子訳・原書房)です! わぁい、会いたかったよヒルデガード! 大好きなのこのおばちゃん探偵。

 奇天烈な帽子をかぶり、細身で長身、抜群の推理力と行動力を誇る元教師のヒルデガードは、殺人の罪で9日後に死刑が執行される男に冤罪の可能性があると知り、立ち上がる。もちろんニューヨーク市警の旧友ハイパー警部を巻き込んで──という一種のタイムリミットサスペンスです。

 とにかく痛快でユーモラス。殺人現場に行って、死亡推定時刻の参考に食事の時間を言い当てたりもする。その理由がいいんだなあ。

「キッチンにあった確かな証拠から推理しただけよ。彼女はポテトを焼いたけれどオーブンは冷えきっていた。フライパンの油汚れは完全に固まってはいなかった。皿用の布巾はまだ少し湿っぽかったけど、ほかの布巾は乾いていたわ。家事をしたことのある人間なら誰だって、そんなことはお見通しでしょう」

 ヒルディはどんな相手にも物怖じせずにマイペースを貫く。聞き込みの相手から「ほうきに乗って帰ってくれ」と懇願された──と言えばどんな雰囲気かわかるかな? でも私利私欲のためじゃないの。自分には助ける力があるんだから、助けない理由なんかないじゃない?というシンプルにして最強の理由で彼女は動く。だからかっこいい。ユーモラスなのに颯爽という言葉が似合うのね。

 死刑執行までに真犯人は分かるのか、手がかりが出ては消え、容疑者が浮かんでは否定されで、どんどんサスペンスは高まります。その一方で、「おおお、そこが伏線だったのか!」という本格ミステリ的なケレンもたっぷり。そりゃそうよ、だって〈エラリー・クイーンのライバル〉ですもん。でっかいプードルの愛犬タラーレンも活躍するぞ。

 そして今月の金の女子ミスは、S・J・ローザン『ゴースト・ヒーロー』(直良和美訳・創元推理文庫)をおいて他になし!

 ニューヨークを舞台に、私立探偵リディア・チンとビル・スミスが一作ごとに語り手を交替で務めるシリーズの最新刊。今回はリディア編。あのね、これ今までのリディア編の中で、あたしいちばん好きだわ。

 今回リディアに持ち込まれた依頼は、既に死んだ筈の中国人画家の「新作」が出回っているという噂の真相を確かめて欲しいというもの。でもアートに詳しくないリディアに、ビルは芸術分野専門の探偵ジャック・リーを紹介します(第二短編集『永久に刻まれて』所収の「春の月見」にジャックが出てくるよ)。ところが三人で調べるうちに、いろんな事実がわかったり、同時に妨害を受けたり……。

 ってことで今回はコン・ゲームだよ! 頭脳と芝居とハッタリ! リディア&ビルの小芝居が最高に面白いんだけど、さらにジャックが加わったことで、これまでにないいろんな手管が使えるようになった。彼女達が何をしようとしてるかは読者にも明かされないので、もうドキドキよ。騙される快感、爽快な読後感、クールな3人、もう文句なし!

 加えて、天安門事件に端を発する中国系家族の問題から、娘が中国系の青年と一緒にいたという噂を聞いて上機嫌のママまで、リディア編ならではの魅力も満載です。

 このシリーズ、ビルとリディアの関係がいいのよ。依頼を受けた方がボス。もうひとりはあくまて補佐に徹するの。男だとか女だとか関係なく。今回はリディアがボスなわけで、彼女が書いた筋書きにビルは最大限のパフォーマンスで応える。守るとか頼るとかではなく、とことん対等。でも肩肘張って「対等」を主張してるわけじゃなくて、自然にそれができるの。いいなあ、ステキだなあ。

 なぜそんなパートナーシップが可能かというと、ふたりがそれぞれ、ひとりでやっていけるレベルの私立探偵だからなのね。ビルはリディアをとても大事に思ってるんだけど、仕事となればプロとしての彼女を全面的に信頼し、委ねる。これって難しいことだと思わない? 

 ──という理想的なふたりにジャックという新メンバー(しかも中国系のイイ男!)が入ったことで何やら面白い変化がありそうな気配。今回だけのゲストなのか、チームになるのか。次はビルの視点だから、実に楽しみ。え、三角関係? いやいや、このシリーズに限っては「ハンナ化」の心配は無用でしょう。(とかいって次作が『杏仁豆腐は嘘をつく』みたいなタイトルだったらどうしよう……)

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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