デロリアンDMC-12でのドライブがお好きな奥様、こんにちは。理科室でラベンダーの香りを嗅いだことのあるお嬢様、ごきげんよう。11月度の金銀女子ミスですよ。え? 何かおかしいですか? 気のせいですよきっと。でなければ、デロリアンかラベンダーのせいですよ。ええ、きっと。
何事もなかったように始めましょう。アラン・ブラッドリー『不思議なキジのサンドウィッチ』(古賀弥生訳・創元推理文庫)は化学オタクで小生意気な少女探偵フレーヴィアちゃんのシリーズ第6作。前作『春にはすべての謎が解ける』の最後で、十年前にヒマラヤで行方不明になっていたフレーヴィアのお母さんが「見つかった」と告げられて以来、もう続きが気になって気になって。
本書は、お母さんの遺体がバックショー荘に運び込まれる場面に始まり、葬儀までが描かれる。11歳のフレーヴィアが、化学の力でお母さんを生き返らせようと一生懸命になるくだりなんて、ちょっと泣きそうになったわ。その一方で、徐々に明らかになっていく事実には度肝を抜かれた。キュートでマニアックなだけかと思っていたら、まさかこんな予想だにしない「真相」と「結末」が用意されていたとは! 本書はここまでの6巻すべてに跨る謎解きです。そうして思い返してみれば、第1作『パイは小さな秘密を運ぶ』のあんな場面とか、第2作『人形遣いと絞首台』のあんなセリフとか、いやそれ以前のあの大前提も、わあ、すべてがバチバチとハマっていくじゃないか。いやもうてっきり、少女探偵ナンシー・ドルーの理系版くらいのつもりで読んでたけど、まいりました。脱帽。
次巻からは舞台を変えての第二部がスタートするのかな? たのしみー♪
エメリー・シェップ『Ker 死神の刻印』(ヘレンハルメ美穂訳・集英社文庫)も読み始めたときには予想だにしなかった展開に翻弄された一冊。移民局の職員が殺され、妻が第一発見者。捜査するのはクールな上流階級出身の美人女性検事ヤナと、労働階級出身で子どもの頃からワルだった女性刑事のミア。でもってミアはヤナのことが大っ嫌い……っていう設定見たらさ、最近多いスウェーデンの一般的なフェミクリミだと思うじゃない? 事件の捜査とこのふたりの対立が並行して描かれるってパターンだと思うじゃない?
それがまあ、いやまさか、こんな展開にするとはね! 事件は「子どもの殺し屋」を巡って進むんだけど、その過程で捜査側にいるヤナの過去が次第に明らかになっていく。違う、これ思ってたんと違う。通り一遍の警察捜査小説と違う。エグいったらありゃしない。半分も読まないうちに「これ女子ミス物件じゃないわ」と気づいたけど、もう遅い。止まらない。
ぶっちゃけ、これプロットにはけっこう破綻があるような気がするのよ。「いきなりそんなこと言われても!」と戸惑う設定も多々あるし、ダークヒロインものと呼ぶには活劇的だし、どこまでリアルに受け取るべきなのかもわからない。でも迫力負けしたわ。小さいことなんかどうでもよくなるわ。いやあ、引っ張られました。
パラノーマルから別名義でのヒストリカルまで、幅広い作風を誇るジェイン・アン・クレンツの約1年ぶりのロマサスは、『眠れない夜の秘密』(喜須海理子訳・二見文庫)。雇い主の死体を発見したヒロインがその後何者かに狙われるという、サスペンスの構造として実に王道パターンであり、ブラインドデートで知り合った金持ちのゴージャスな男とは第一印象最悪、その後惹かれ合うというロマンス部分でも王道。エピソードや人間関係、小道具も含め、いい意味で「凝ってない」ベーシックなロマサスです。
それにしても、ヒロインの職業が自己啓発セミナーでアファメーション(前向きになれるような?ちょっといい言葉?)を作ることってのが、なんか妙にイマドキで面白い。てか、「自己啓発セミナーに勤務するベジタリアン」というヒロインの造形から受けるイメージって、アメリカと日本では異なるのかな。むしろヒロインの友人(悪い人じゃないんだけどおせっかいで少々ひとりよがりな)にありがちな設定のように見えるけども。
ジュリー・ハイジー『クリスマスのシェフは命がけ』(赤尾秀子訳・原書房コージーブックス)は「大統領の料理人」シリーズ第2弾。前作『厨房のちいさな名探偵』の最後でホワイトハウスの厨房のエグゼクティブ・シェフになったオリーが、今度は爆弾騒ぎに巻き込まれます。これはとってもエキサイティング! 「いつ、何が起きるか」はわからないのに、何かが起きることだけはわかってる。見るからに怪しいのにそれがどうつながるかわからない小さな事故や事件が、終盤で一気に意味を持ち出す快感たるや。
前巻で「あなたがたとえテフロン製でも、たぶんわたしは焦げつくわ」という名セリフとともに成就したオリーとトムのカップルは、今回はすれ違いで甘い場面は無し。代わりに主任特別捜査官のギャヴィン登場。最初はかなりクセのあるすっごい嫌なヤツなんだけど、だんだん可愛くなるぞ。今回限りの登場なのかな?
巻末レシピはクリスマスがらみのイベント料理前菜 特集。でも個人的にはシェルターの中でオリーが大統領夫人のために用意した、非常食の缶詰を使った鶏丼に興味があるなあ。缶詰の鶏肉に醤油とピーナッツバターを少し加えて油をさっとかけてコショウを振ってレンジでチン。これ試してみたい。コストコにある鶏胸肉の水煮缶でいいのかしら。
11月の銀の女子ミスは、C・J・ボックス『ゼロ以下の死』(野口百合子訳・講談社文庫)。『沈黙の森』にはじまるワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズ第8作です。七福神でも取り上げられてましたね。え、これって女子ミス物件? とお思いでしょう。確かにワイオミングの大自然(ララミー牧場だ!)を舞台にした冒険小説つったら女子度低そうだけども、実はどうしてなかなか読みどころ満載なのよ。
まず、主人公のジョー・ピケットが、タフガイのようでいてけっこうキュート。奥さんのお母さんが苦手だったり、娘たちとも仲が良かったり。マッチョでタフで元特殊工作部隊なんつー硬派な男にして家庭を大事にするってポイント高くない? 今回は1ヶ月にショートメールを千通やりとりする女子高生文化にビビるジョーなのであった。
そしてピケットの相棒ネイト・ロマノウスキがいい! すごくいい! これはピケットとは異なるタイプで、どこまでも孤高のアウトロー。長身・金髪・ポニーテール。人間より鷹が好き。容赦なし遠慮なし迷いなし。デニス・レヘインのアンジー&パトリックシリーズに於けるブッバみたいな存在といえばイメージできるかな? 何よりプロフィールが「FBIから追われてる鷹匠」って、意味不明すぎて笑えるわ。しかもピケットの長女シェルダンと仲がいいって。何そのキュートな設定。
特に本作ではシェルダン大活躍。いつも以上にピケットの家族がクローズアップされ、しまいには家族総出である人物を追います。ジョー&ネイトのタッグもいいし、女の子たちも頑張る。チェイスに次ぐチェイスでのめり込むこと間違いなし。おまけに敵方のギャングの大ボスも、ちょっと切ないキャラ設定で手に握る汗も倍増だ。シリーズ8作目だけど、ここまでの人物関係は仲でちゃんと説明してくれてるから大丈夫。むしろここから読めば、きっと既刊が読みたくなるはず!
……ところでこのシリーズ、読むたびにデイナ・スタベノウのケイト・シュガック・シリーズを思い出すのよね。「自然」というざっくりした共通項しかないんだけども、なんでかしら。
さあ、11月の金の女子ミスはカレン・ローズ『愛の炎が消せなくて』(辻早苗訳・二見文庫)に決定! 誰か、誰かあたしにカレン・ローズについて語る場所を下さい! 会う人ごとに勧めて回りたい。カレンの面白さはね、そもそもシングルタイトルの最初の邦訳『誰かに見られてる』がロマンスレーベルではなく文春文庫から、その次の『復讐の瞳』『暗闇に抱かれて』の2作はハヤカワ・ミステリ文庫から出たということが証明してると思うのよ。つまりロマサスの枠を超えて、一般サスペンスとして出されたわけで。そうなんですそれほどまでにカレンのロマサスは、「ロマンスのためのサスペンス」ではなく、サスペンスそのものが読ませるんです。なのに! なぜ! 片っ端から品切れなのかと!
今回の『愛の炎が消せなくて』──原題 Silent Scream がこのタイトルになっちゃうのはロマンス文法なので仕方ない──は、大学生4人組が環境保護を訴えるためのデモ行為として湖畔に建設中のコンドミニアムに放火、ところが無人のはずのコンドミニアムには少女がいて、火事で亡くなってしまうという事件から始まります。これも一般レーベルから出てもおかしくない、とても硬派なサスペンスですよ。もう文句なし、さすがRITA賞受賞作。
ロマサスなので、女性刑事のオリヴィア(かっこいい!)と消防士のデイヴィッド(ゴージャス!)を巡るあれやこれやももちろんあるんだけど、いやもう、この作家のサスペンスはガチだからね? 緻密で、伏線ビシバシ張って、特に犯人にまつわるヒントの出し方が絶妙! 「え? あ? もしや……うわああこれかああ」ってなるよ。うまいわー、さすがカレンだわー。事件は思わぬ方向にどんどん展開し、先が気になってやめられない。登場人物もみんなしっかり描きこまれて魅力的。
しかもね、「話を盛り上げるため主人公にひとりよがりな危険をおかさせる」という手法を、カレンはとりません。オリヴィアもデイヴィッドも情報が入ればちゃんとシェアするし保険もかけるし避妊もする。だからストレスなく読める。直立するくらい分厚い800ページ超の長さを、仕事も家事もほっぽり出して一気読みしちゃったからねあたし。
そして全編を貫く「自分を責めるな」というメッセージが胸に刺さるよ。身近な誰かに不幸があったとき、自分がこうしていれば防げたかもしれないのにと悔やみ、そこから抜け出せなくなってしまうというのは、ままあること。でも、そうじゃないんだと、登場人物の複数のエピソードを通してカレンは力強く訴えてきます。
で、どうやらこの作品の前日譚が未訳らしいのね。ぜひ出して欲しい。文春、ハヤカワ、扶桑社ロマンスと流転してきたカレンだけど、どうか二見で出し続けてくれますように!
大矢 博子(おおや ひろこ) |
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書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101 |