衣替えに余念のない奥様、こんにちは。秋のブーツを新調したお嬢様、ごきげんよう。あれほど暑かった夏も、過ぎてしまえば寂しいもの。今回は逝く夏を惜しんで、初夏を振り返りましょう。6月の金銀女子ミスです。こういう書き方をすると、まさかただ遅れていただけとはとても思えませんね。この世の中、たいていのことは何とでも理屈がつけられるもんですね。すごいですね。

 6月には嬉しいニュースがふたつありました。ひとつはジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』(小尾芙佐訳・ハヤカワミステリ文庫)がなんとポケミス刊行から38年の時を経て、初の文庫化&電子化! 伝説的・代表的な安楽椅子探偵モノであると同時に「やたらと頭のいい姑と戦う嫁に幸あれ!」と願わずにはいられない嫁姑モノでもあります。幸あれ、つっても2巻以降、嫁は死んじゃって出てこないんだけどね(絶対ストレスだと思う)。創元推理文庫の長編も復刊してくれないかな。

 もうひとつの「嬉しいニュース」はあとにまわすとして、6月の新刊をば。

 カーリン・イェルハルドセン『子守唄』(木村由利子訳・創元推理文庫)はショーベリ警視シリーズ第3弾。これまでのシリーズ2作『お菓子の家』『パパ、ママ、あたし』はもう暗くて重くて辛くて、子どもが理不尽に辛い目に遭う場面なんか直視できず、まるでエロビデオのモザイクを見透かそうとする男子高校生のような薄目で読んでいたけれど、それに比べると今回は辛さ半減。冒頭で殺される子どもも、眠ったまま一気に首を裂かれるので痛みも恐怖も感じないまま死ねたはず……って、おい、それを「よかった」って思っちまったよ判断基準おかしいよどうしてくれる北欧ミステリ!

 テーマは贖罪。相変わらず重い。重いけど読まされる。冒頭で殺される母子には殺されるような理由が見当たらない。ところが捜査の過程で思いがけない人物の名が浮かんで……というもので、読み始めてからの吸引力とドキドキは今月ナンバーワン。いやもうホント「気づけよ!」とショーベリたちの肩を掴んで揺さぶりたかったね。その後に待ち受ける結末と言ったら……おおぅ。

 ただ、シリーズ過去作から持ち越されてる問題とか、ショーベリ警視チームの個性とか、そのあたりがクローズアップされるので過去作読んでないとイマイチわかりにくいところがあるかもしれません。

 続いてはシェリー・コレール『ひびわれた心を抱いて』(藤井喜美枝訳・二見文庫)。テレビレポーターを狙った連続殺人事件をめぐるロマサスで、脇キャラがすごくいい! 特に靴マニアの巡査部長ロッティー(黄色い水玉の濃紺のハイヒールとか、チーター柄のハイヒールとか)(ヒョウ柄ではなくチーター柄なんだ)と、目が不自由なのにやたらとパワフルな70代の退役軍人スモーキー・ジョー。このふたりが光りまくり! 事件もエキサイティングで飽きさせない。文章も読みやすくてくいくい行けます。

 ただ、主役ふたりと犯人の背景や感情に関しては「テンプレの大盤振る舞い」になってて、ツーマッチな印象。まあ、盛り込み過ぎってのは第1作にはよくあることだし、しばらく追いかけましょう。これはどうやらヘイデンが所属する「十二使徒」と呼ばれるエキスパートグループのメンバーが順に主役になるシリーズらしく、今回チラリと出てくる他の十二使徒はなかなかいいキャラだったもんでね。

 ロマサスをもう一冊。エリザベス・ミシェルズ『愛は偽りの出会いから』(野村恵美子訳・マグノリアロマンス)。古道具屋で懐中時計を買った伯爵のあとをつけてきた謎の女性。伯爵はその女性と一夜のロマンスを楽しむが、目を覚ますと時計とともに彼女は消えていた……という、出だしななかなか面白そうだったんだけど、そこからの展開が雑! 泥棒(ヒロイン)と被害者(伯爵)が再会したのに、ヒロインは開き直るし、伯爵は激怒してた割に取り返そうとはせず、舞踏会で踊ったりして、えーっと、もうちょっと辻褄というものをだな。

 読みどころといえば、兄がヒロインを政略結婚させようと連れてきた四人の婚約者候補を、伯爵があの手この手で潰す過程かな。ラスボスとの戦いはかなり大掛かりな上、「ああ、そこにつながるのか!」というサプライズもあっただけに、設定の雑さが残念。ディテールさえ詰めればけっこう面白いものを書きそうな新人さんという印象。

 今月のコージーはM・C・ビートン『アガサ・レーズンの幻の新婚旅行』(羽田詩津子訳・原書房コージーブックス)。前作で、夫と離婚しないままジェームズと結婚しようとしていたことがばれ、ついに捨てられてしまったアガサ。しかも新婚旅行で行くはずだったキプロスにジェームズがひとりで旅立ったと聞いて、慌てて追いかけたが……。コージーのシリーズが続くと必ず入ってくる「旅行の回」ですね。なのでお馴染みの村人たちはほぼ出番なしだけど、キプロスでの長期バカンスのあれこれは興味深かった。トラベルミステリーとして読むが吉。

 しかも今回は『アガサ・レーズンと貴族館の死』に登場した準男爵がアガサと急接近! ジェームズにはベタ惚れだったアガサだけど、準男爵とは最初から喧嘩腰で、でもロマンスだとそういう始まりの方が往々にして……なんだけどさあどうでしょう? それにしても、あいかわらずイチイチ感情の起伏が激しくて疲れるわアガサ。五十路の女性が振られた男にいつまでもしがみつくって、冷静に考えるとあんまりかっこいいもんでもないぞ。

 はい、久しぶりに出ましたよ、ジェマ&キンケイドが! デボラ・クロンビー『警視の因縁』(西田佳子訳・講談社文庫)。ここに来て骨太な社会派テーマが目立つようになってきた本シリーズ、今回は移民問題がテーマ。

 夫と二歳の娘を残し、忽然と姿を消したイギリス人の母。妻を探すパキスタン人の夫も行方がわからなくなり、後日他殺体で発見される。先に失踪した妻はどうなったのか? そして遺児の運命は? というのが今回のストーリーで、なかなかにおぞましい展開に胸を揺さぶられるけど、読みどころはむしろサイドストーリーにある。特に、結婚式に悩むジェマ!

 ジェマ&キンケイドは双方子連れでの事実婚だけど、いよいよ正式な結婚が見えてきた。ところが親の望む結婚式と自分のしたい式が食い違い、すっかりマリッジブルー……って、わあ、まさか13作目でそんな二十代みたいな問題が登場するとは(笑)。だってほら、読者はふたりと20年付き合ってるわけで、脳内では酸いも甘いも噛み分けたベテラン夫婦に近かったんだもん。でもここまで辛いことが多かったから、これはこれで長年の読者としては幸せ気分。このシリーズ、意外と途中から読んでもどうにかなるから、試しにどうぞ。

 そうそう、読み終わって殆どの読者が叫んだであろう一言を書いておきます。「そうなる気がしたよ!」

 ネレ・ノイハウス『悪女は自殺しない』(酒寄進一訳・創元推理文庫)は、『深い疵』『白雪姫には死んでもらう』から遡る刑事オリヴァー&ピア・シリーズ第1作。飛び降り自殺に偽装された女性の死体の謎にオリヴァーと、夫と別居して警察に戻ったばかりのピアが挑む、コンビとしては初の事件ですね。既刊2冊に比べると事件は小ぶりでシンプルな印象。でも丁寧な作りで、その分読みやすい。てか登場人物は多いんだけど、これ以上複雑にするとワケわかんなくなるというギリギリのところで止まってます。なんとなくこれまでノイハウスを読んでなかったという人も、時系列的には最初のこれから手を出してみるってのはありかも。しかもオリヴァーが過去の恋愛を引きずってたりするよ! ピアがまだ離婚してないよ! 馬好きさんにもオススメだよ!

 ところで『悪女は自殺しない』の被害者は、あちこち敵だらけの嫌われ者で殺される理由がグロスでありそうな悪女イザベル。悪女とくれば連想するのはジェゼベルで、あれ?と思ったけど、ジェゼベルはイゼベル(Jezebel)でイザベル(Isabelle)とは違うのね。

 でもって悪女ジェゼベルといえばクリスチアナ・ブランドの代表作『ジェゼベルの死』が浮かぶけども、実はブランド作品の中で最も女子ミス度が高いのは『猫とねずみ』『ハイヒールの死』の二作だと思うの。どっちも入手不可だけど。でも、その『猫とねずみ』のキャラクタが再登場する作品が本邦初訳とあっては、これは読まずにはいられますまい!

 それがクリスチアナ・ブランド『薔薇の輪』(猪俣美江子訳・創元推理文庫)。たぶん舞台は70年代。ロンドンの人気女優エステラは、その美貌と、障碍を持つ我が子との交流をを新聞に連載することで人気と富を得ていた。ところがアメリカで服役中だったその子の父親が出所して会いにくるという。そしてその子を預けている農場で事件は起きた……。

 もうね、この作品に関してはストラングル成田さんのクラシック・ミステリ玉手箱「推理のグルーヴの果てに」をお読みください。推理してつぶされて推理してつぶされてという、これぞブランド本格の醍醐味。『猫とねずみ』のチャッキー警部とその夫人(わぁい!)が出てきたときはニヤニヤしちゃった。ひとつだけ、完全に個人的な好みを言わせていただければ、古い作品なんだから、バターつきパンじゃなくてそこは「バタつきパン」と表記して欲しかったなあ!

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 6月の銀の女子ミスロン・ラッシュ『セリーナ』(峯村利哉訳・集英社文庫)に決定!

 1929年、ノースカロライナで材木業を営むジョージ・ペンバートン。彼の新妻セリーナは、欲しいもののためには手段を問わない冷酷な女性。毒蛇を退治すべく鷲を手懐け(鷹匠か!)ヒグマを倒すんだぞ、なんだその造形! でもって彼女の周囲では次々と人が死んで、あからさまに彼女の関与が読者に仄めかされる。

 これね、普通だとセリーナの目的は何なのかとか、過去に何があったのかってところに話がいきそうだけど、そういうの一切なし! 彼女はただ非情な野心家としてしか描かれない。そこを物足りないと感じるかクールと感じるかで評価が分かれそう。後半、彼女の殺人ターゲットは一組に絞られます。その理由がミソ。セリーナのターゲットとなった人物の逃避行は手に汗握るぞ。

 それと興味深いのは、当時のアパラチアの材木業の様子。どんだけ命知らずな力仕事かと! しかも読んでくとね、「あ、こいつ次に殺されるぞ」てのがわかるのよ。でも、殺人シーンは出てこない。次に出てくるときはもう死体。もしくはそれすらない。でもセリーナが何をしたかは読者にはわかって、しかも殺される方法がみんな違うというね……。いやあ、これはたいしたノワールですよ。ラストシーンは荘厳ですらあったわ。

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 さて皆さん。6月最大の女子ミス的ニュースといえば……セーラ・ケリング・リターンズ! 刊行を決めてくれた編集者さんへの感謝を込めて、19年ぶりのシリーズ新刊、シャーロット・マクラウド『おかしな遺産』(戸田早紀訳・創元推理文庫)に金の女子ミスを進呈します。

 いやあ、よくぞ出してくださった! 90年代コージー全盛期の読者は必ず通った、代表格のようなシリーズで、これでコージーの面白さを知ったという人も多いんですのよお嬢さん方。金の女子ミスにしといてこういうこと言うのもアレだけど、決してシリーズ上位の出来というわけではないんだが(こら)、コージーの邦訳がどんどんストップする中で、まさか今になってセーラに会えるなんて……長生きはするもんです(感涙)。もうこれだけで金の女子ミスの価値があるでしょ。

 今回は、過去にちょっと関わりのあった人物が亡くなり、遺言執行人にセーラが指名されるというお話。単なる通りすがりの関係でしかなかったのになぜ? 残念ながら本書では夫のマックスは海外出張中、従兄夫妻も旅行中。久々のセーラ・シリーズだというのに馴染みの顔が少ないのはかなり残念。特に推しキャラNo.1のシオニアが出てこないなんて! でもマックスの姉一家や親戚の助けを借りて見事に事件を解決するセーラには、まったく変化なし。謎解きと生活感がみごとにブレンドされたコージーのお手本です。

 ただ、このシリーズの醍醐味は人間関係の変化にあるので、これだけ読んでも面白さは半分くらいしか味わえない。しかも過去作での事件がベースにあるから(一応、これだけでもわかるように書かれてはいるけど)、置いてけぼり感も否めない。私が書いた文庫解説でここまでのおさらいはしましたが、やっぱり続けて読んでナンボなんですよこれは。

 ということで、9月には第1作『納骨堂の奥に』が復刊されたので併せてお読みください。でもね、なんといってもセーラ・ケリング・シリーズが本格的に始動するのは第二作『下宿人が死んでいく』からなのよこれが傑作なのよいちばん好きなのよ! 復刊プリーズ!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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 書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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