バレンタインのチョコを買い、贈答品代で領収書を貰った奥様、こんにちは。友チョコ義理チョコの大量買いの中、最も高いスペシャルなチョコを自分用に買ったお嬢様、ごきげんよう。すっかりご無沙汰してしまいました。さぼってた間に『ジェゼベルの死』『侍女の物語』『ウィンブルドン』が復刊されたり、デュ・モーリアやジル・チャーチルやジョアン・フルークといった女子ミス王道作品が出版されたりしましたが、そこらはさくっと飛び越えて(ごめんね)、1月度から再開ですよ。

 今年最初の紹介はシャノン・マッケナ『このキスを忘れない』(二見文庫)。いや奥さん、文庫で1680円て! しかも京極夏彦並の直立する厚さ。最近のロマンスは上下巻モノが多いけど、そうすると各巻1000円近くなるので、たとえ持ちにくかろうが重かろうが1巻でお安くという版元の意気やよし。直立マッケナ、どんと来いだ。

 ロマサスの中でもホットな描写で知られるマッケナのケダモノブラザーズ、マクラウド兄弟シリーズの7作目。ななななんと、18年前に死んだと思われていたケヴィンは生きていた! しかも記憶喪失という衝撃の幕開けです。話の流れとしては4作目『真夜中を過ぎても』に続く形。でも、これが最初でもなんとなくわかるよ。

 薬物を投与し特殊なヘルメットをかぶせることで被験者の脳内に自分の意志を送り込み、自在に体を動かすという恐るべき実験! 夢の中で出会っていた二人がリアルに顔を合わせた途端に燃え上がる愛の炎! 迫る敵、張り巡らされた罠、一分一秒を争う危険、でもせっかくベッドがあるんだから一回だけ……という意味不明の情熱! ツッコミどころは64GBくらいあるけども、そんなこたあ気にするな。読み出したら一気だぞさすがに巧いぞ。そしてめちゃくちゃホットな割に構成が緻密なのがマッケナだ。曼荼羅の凧なんて、それ前の作品に出てきたよ伏線だったのかよビックリだわ。

 ヒロインのエディが強情で客観的判断ができないのには辟易したけども、まあお約束の範疇でしょう。さあ、これでこれでマクラウド兄弟全員の話が出揃ったぞ。

 M・C・ビートン『アガサ・レーズンの結婚式』(原書房コージーブックス)はシリーズ5作目です。お隣のジェームズとついに結婚することになったアガサ。ところが、死んだとばかり思っていた(思いたがっていた)夫のジミーがそこに登場、ジェームズは怒り、結婚は白紙に。ところが翌日、ジミーが死体で見つかり、当然アガサに疑いがかけられて──。

 いや、夫の消息くらい調べようよアガサ。前作『アガサ・レーズンと貴族館の死』の最後を読んだときから、こうなることはすべての読者が知ってたよ。調べている間にジェームズの気が変わるのが怖かったからって、ティーンエイジャーか。五十過ぎてんだから落ち着けよ。アガサの行動原理って、基本、嫉妬と見栄なんだよなあ。

 でも実はそれこそがポイント。コージーには詮索好きで出しゃばりなヒロインが付き物けど、それを美点として書いてる作品が多い。それってヒロインに感情移入できないとけっこうイラつくんだよね。翻ってアガサみたいに最初から欠点だらけのヒロインの方が、実は読んでいてストレスがないのよ。というか楽しいのよ。「だからダメなんだよアガサ!」って友達感覚になれるからなんだろう。そうそう、アガサの生い立ちが本書で初めてきちんと本人の口から語られる。そこも読みどころ。

 ノルウェーの法務大臣だったという異色の経歴を持つアンネ・ホルト『凍える街』(創元推理文庫)は、犯罪捜査官ハンネ・シリーズの第7弾。これまで1〜3作が集英社文庫から出て、間をとばして今回創元推理文庫に初登場となりました。クリスマスも近づいたオスロの高級住宅街で、海運会社の社長と妻、長男、そして身元不明の男の四人が殺された殺人事件を、その推理力でオスロ市警の伝説と謳われているハンネが追います。

 シリーズ中途ということでそれなりに多いレギュラーメンバーと、めちゃくちゃ多い事件関係者。序盤は早いペースで場面や視点が変わるので、「誰だっけ」「何だっけ」と何度か行きつ戻りつしたけども、途中からノって来た。レギュラーメンバー、味あるわあ。登場人物の過去の話なんかもちょこちょこ入ってくるけど、ここから読んでもいっさい問題無し。っていうかこのラストにはビックリしたわ!

 本書の特長は、ヒロインのハンネがレズビアンで、恋人のネフィスと一緒に住んでるってこと。レズビアンのヒロインと言えばサンドラ・スコペトーネ『狂気の愛』他の私立探偵ローレン・ロラーノ、メアリ・ウィングズ『彼女は遅すぎた』のエマ・ヴィクターなどがいるけど、警察官という公職についてるって設定は珍しい。本作の他には Katherine V. Forrest の Kate Delafield(”Amateur City” 他)くらい?

 でも本書ではLGBTの問題が殊更クローズアップされることはない(ちょっと家族内でのごたごたはあるけど)。過去にはいろいろあったっぽいが、少なくともこの第7作では、ごく普通のこととして書かれてます。

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 今月の銀の女子ミスは、ハンナ・ケント『凍える墓』(集英社文庫)だ! さっきのは街で今度は墓。さっきはノルウェーで今度はアイスランド。北欧、凍えてばっかりだよ!

 1830年にアイスランドで死刑になったアグネス・マグノスドウティル。訳者あとがきによれば、彼女のことは「十代の少年をそそのかして、冷酷にも愛人を殺させた稀代の悪女」として「アイスランド人なら誰もが知っている」のだそうだ。著者はそんなアグネスの内面をあぶりだそうと、本書を著した。ノンフィクションノベル、というカテゴライズでいいのかな。ミネット・ウォルターズの中篇「養鶏場の殺人」みたいな。

 驚いたのは、死刑囚を処刑の日まで行政官の家庭が預かる、という対応だ。そんなことやってたの? と思ったけど、日本でも罪人の「預かり」ってあったわ。赤穂浪士とか。いやしかし、預かる方はたまらんぞ。

 残忍な殺人犯が我が家で暮らすとあって、一家の主婦でありふたりの娘の母であるマルグレットは不安で仕方ない。しかし彼女と、アグネスの教誨師に任ぜられた若き牧師トウティは、少しずつアグネスと会話をするようになり──。

 マルグレットとアグネスの間に芽生えた奇妙な友情に惹かれる。アグネスが来るまでは彼女を怖れ、疎んじていたマルグレットが、垢にまみれて異臭を放つアグネスを見て、居ても立ってもいられず彼女の体を洗う場面がいい。なぜこんなことになったのか、過去を語るアグネスにマルグレットがぽつりとこぼした言葉が印象的だ。「冬にひとりは辛いものね」うわあ、沁みる……。

 これがフィクションなら、実はアグネスは無実でしたとか、あるいは最後には救われて死んでいきました、とかってなるんだろうけど、ノンフィクションがベースだから、そこまで読者に優しくない。ただただアグネスの心中を想像することしかできない。でも、彼女に必要だったのは、味方でも赦しでもなく、ただああして自分の言葉で自分のことを語る、それだけだったんじゃないかと思えてならない。

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 さて今月の金の女子ミスは、サラ・パレツキー『セプテンバー・ラプソディ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)に決定!

 いやあ、3年ぶりですよヴィク。何に驚いたって、ある人物から「五十年前は何してた?」と訊かれたヴィクが「ベビーベッドに寝かされてた」と答えたこと。ヴィクが五十代! 女性私立探偵物って総じて年の取り方がゆっくりで、たとえばスー・グラフトンは「キンジーが更年期を迎えることはない」って何かのインタビューで喋ってたし、ケイ・スカーペッタなんか途中で時空を歪めて二十歳くらい若返った(おかげで姪との年齢差がおかしなことに)けども、ヴィクは普通に年とってる。

 五十代でもヴィクはかっこいい。アクションもやるし銃も撃つ。ピッキングなんかめちゃくちゃ手際がいいし、閉じ込められた地下室からの脱出なんか手に汗握るね。何より、シリーズ初期に比べると、ヴィクってとっても自然体になった気がする。当初の肩肘張ってた感じがなくなって、経験と自信に裏打ちされた余裕が出てきた。やっぱりヴィクって、いいなあ。

 今回、友人のロティから頼まれた人探しの過程で、更に関係者が行方不明になっていることを知り、麻薬密売グループと対峙することになるヴィク。しかし事件の背後にあったのは、戦時中の痛ましいホロコーストに起因する技術競争と、現代の特許紛争だった──。

 いやもう圧倒的っすよ。このシリーズはもとから社会派ではあったけど、9.11以来、はっきりとアメリカの暗部を抉り始めた観がある。今回も第二次大戦のホロコーストだけでなく、愛国法の危うさも俎上に上げている。たとえば今回、ヴィクはiPadを使い、データはクラウドに入れてるんだけど、それは単なる時代に沿った演出というだけじゃなく、国が市民の情報を管理するというテーマにつながってるわけ。ホロコーストに端を発した事件が現代に再燃するという構造も同じ。そういう骨太なテーマに、生活感とアクションとほっとなごむ場面を上手に配置するのもさすがのパレツキー。

 80年代〜90年代に一世を風靡した女性私立探偵物も、大部分が訳出が止まっちゃったけど、ヴィクを出し続けてる早川書房さんに心から感謝。ありがとうございます、出続ける限り応援するZ!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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