夏のワンピをクリーニングに出した奥様、こんにちは。ネイルを秋仕様に変えたお嬢様、ごきげんよう。地方読書会合同合宿「熱海でポン!」への参加表明はもう出しましたか? 『ゴーン・ガール』『航路』という二作の女子ミスと、女子もうっとりのクールなヒーロー『ゴーストマン 時限紙幣』があなたを待ってますよ。

 さて8月の女子ミスは大豊作。ということで拡大版として、前後篇に分けてお送りします。20140923091321.png20140923091323.png銀の二作は後篇にて!

 今月は最初に七福神でも大人気だったダニエル・フリードマン『もう年はとれない』(野口百合子訳・創元推理文庫)からいきましょう。シニカルで豪快で痛快な米寿のおじいちゃんバック・シャッツが金塊強奪事件に巻き込まれ、元刑事の血がたぎって孫息子を助手に暴れ回るというなんとも楽しい冒険劇。でもただエキサイティングなだけじゃなくて、老いというものに直面した男の抗いみたいなものがまぶされてて、なんとも切なかったり。

 面白いのは間違いないんだけども、ええ、ちっとも「女子ミス」ではありません。じゃあなんで紹介したかというと──いやあ、おじいちゃんミステリって、おばあちゃんミステリと根本的に違うんだなあとつくづく感じ入ったからなのよ。

 たとえば引退したクイーン警視が活躍するエラリイ・クイーン『クイーン警視自身の事件』もそうなんだけど、おじいちゃんものって「年をとったけど、ワシ若い頃と同じようにまだまだやれるよ!」という話になるのね。バック・シャッツも事件に巻き込まれたら、元刑事として、現役のときにやったように事件にあたる。つまり、昔とった杵柄勝負

 翻っておばあちゃんは──コリン・ホルト・ソーヤー「海の上のカムデン」シリーズが典型的なんだけど、ミス・マープルにしろブロンクスのママにしろミス・シルヴァーにしろ、年を重ね経験を重ねた今だからこそ出来る推理と対応策で勝負するのよ。現役のように、じゃなくて、ずっと現役ってのが大前提にある。

 老いの受け止め方も違う。バック・シャッツは抗うのよね。老いは厳然としてそこにあって、本人もいやってほどわかってるんだけど、それでも認めたがらない。でもおばあちゃん探偵たちは、頭も体も衰えていくのを受け入れた上で笑い飛ばし、ときには利用したりもする。〈海の上のカムデン〉で老人ホームに住むキャレドニアは、若い頃には戻りたくない、いろんなことから自由になった今がいちばんいい、と言う。

 面白いなあ、この違い。もちろん、どっちの方がいいって話じゃなくてね。どっちにも夢と現実の両方があるわけだし。「男は仕事」っていう時代がずっと続いてきたからこそ、定年後の男を描くとこういう形になっちゃうんだろうけど、ということは、ですよ? 男女共に生き方が多様になってきた現在、これからのおじいちゃん・おばあちゃんミステリはこれまでとは違った構図のものが出てくるんじゃないかしら。

 ──あ、そういえば、まだおじいちゃんてトシじゃないけど、妻の趣味のテディベア作りを、休職中の刑事である夫が一緒にやり始めてハマっちゃうコージーのシリーズがあったっけ。そういうの、これから増えるかもね。ちょっと愉しみ。

 レスリー・メイヤー『新聞王がボストンにやってきた』(高田惠子訳・創元推理文庫)はティンカーズコーブ・シリーズ第10弾。シングルもしくはバツイチお仕事ウーマン全盛のコージー界にあって、夫と四人の子を持つ兼業主婦という昨今では珍しいこのシリーズ。地に足の着いた、抑制の利いた作風が好きだったんだけど、なんとシリーズ10冊目の本書を持って日本での出版は一区切ですってよ奥さん! 本国では20冊以上出てるというのに、なんとも残念。

 今回はティンカーズコーブを出て、ボストンが舞台になる。新聞社の年次総会に出ることになったルーシーはそこで殺人事件に巻き込まれ──というもの。話そのものは小さなエピソードまで含めてとても面白く読めたんだが、一週間の出張に出るにあたって、夫はいい顔をしないだろうとか、家はめちゃめちゃになるだろうとか、娘は犬は息子はとか、出かけた先からもあれこれ気になって電話したりして、ああもう、わかるのよ、でもわかりすぎてつらいのよ。出ちゃえば残された者がなんとかやっていくもんなんだけど、でも「自分がいないと」と思ってしまう主婦のサガ。つらい。読んでてもう、身につまされ過ぎてつらい。そういうリアルを踏まえた上で、爽快に吹き飛ばしてくれるものをコージーには期待してるんだけど、このシリーズ、巣作り願望が強いからなあ。

 ただ、だからこそ読者に最も身近なところにあるシリーズだったのだ。自分だって仕事をしたい仕事で認められたいという思いを持ちながら夫の顔色が気になったり、息子や娘に問題が起きると自分が外で働いてるせいじゃないかと気に病んだり、そういうのをひとつずつ折り合いをつけていくルーシーはホントに身近だった。その模索がまだ途中だっただけに、ここで訳出が終わるのは実に残念。

 高田惠子さん、ここまでの訳出、ありがとうございました。続きを読める機会がくることを願ってます。

 ぞくっとしたのはA・S・A・ハリスン『妻の沈黙』(山本やよい訳・ハヤカワ・ミステリ文庫)。ある夫婦の妻サイド・夫サイドの視点が交互に出てきて話が進む。この夫がさ、若い女の子と浮気してるわけよ。でもって浮気相手が妊娠しちゃうのね。妻に不満があるわけじゃない、っていうか妻はすごくよくできた女性なんだけど、浮気相手は妊娠をきっかけに「当然奥さんと別れてあたしと結婚するよね?」という態度になるし、それにずるずる引きずられていく夫。それを他人から知らされ、けれど夫には一言も言わない妻。うわあ。

 徐々に高まるサスペンスが何とも言えずゾゾっと来るわけですが、いやもう、この夫、ダメ過ぎ! 浮気相手と結婚することになり、妻にも別れを告げるんだけど、でも今後も妻とはちょくちょく会えるといいなあなんてバカみたいに呑気なこと考えてる時点でどんだけダメかと。で、浮気相手との結婚が近づくにつれて彼女のアラが見え始めて、「あー、失敗したー、この女より妻の方がよかったわー」とかって思うんだけど、でも何もしないというね。ホントダメ。ここ数年で読んだ中で屈指のダメ男です。世の男性は自分を振り返りつつ読むべし。

 それにしても、知ってるのに何も言わない妻ってホント怖いよね。この夫婦はいったいどうなるのかよりむしろ「自分だったらどうするか?」を考えずにはいられない。既婚者で読書会やると盛り上がりそう。まあ少なくとも言えることは、浮気はするなと。するならきちんと片をつけろと。それと、事実婚は、若いうちはいいけど先々のことを考えると籍を入れといた方が何かと楽かもよ、ってことかな。

 痛快だったのがルー・バーニー『ガットショット・ストレート』(細美遙子訳・イースト・プレス)。刑務所を出たばかりの主人公シェイクが、昔の義理で車をラスベガスまで運転していくという仕事を引き受けたら、その車のトランクに女性が入っていた、というところから物語が始まります。そこから地元の悪玉親分〈クジラ〉相手に逃げたり騙したりまた逃げたりというクライムノベル。

 ヒロインのジーナがもう、最初はあまりのバカっぷりというか手前勝手ぶりに抵抗があってノレなかったんだけど、いつの間にかそのキャラにハマってしまって尻上がりに面白くなっていくから不思議。そしていつの間にか「いや、こいつ実はバカじゃないぞ?」てのが見え始めると更に面白さが増していく。クライマックスシーンはいっそファンタジックなほどにバカバカしくて大好きだ! だって物語の核が「百枚の包皮」って!

 基本ドタバタ要素が強くてツッコミどころがないわけじゃないんだけど、もう細かいところなんてどうでもよくなるくらいテンポがよくて、こっちでドヒャー、あっちでウヒャーと事態がひっくり返る。楽しい小説であることは間違いなし。一ページ先に何が待ってるかわからないワクワク感。女子好みのキャラとして〈クジラ〉の部下のジャスパーがポイント高し。注目アイテムは電話帳だ!

 てっきりレシピ付きコージーの新シリーズだと思ったらリージェンシー・ロマンスでびっくりしたのがアンドレア・ペンローズ『スペシャリテには罠をひとさじ』(和爾桃子訳・ヴィレッジブックス)。没落した貴族令嬢のアリアナが父の仇を討つために、とある関係者の屋敷にフランス人の男性コックのふりをして入り込む。ところが彼女が作ったチョコレートのデザートを食べた皇太子が毒に倒れ、彼女は追われる身に。そこで彼女をかくまったのは、謎めいた黒髪の伯爵だった──って、わお、ホットな場面は皆無だけども、これはもう完全にロマサス設定ですわ。コージーじゃなかったわ。ついにロマサスにレシピがつく時代になりましたか!

 ヒロインが自分の力を過信してる上にかなり感情的なキャラで、大事な情報を隠しまくるのにヤキモキ。もっと伯爵と信じ合おうよー。第一印象最悪から恋に発展するのがお約束とは言え、いやもう焦らすこと焦らすこと。その結果、予想通りの危機に遭うしさっ。でもクライマックス近くの大立ち回りはエキサイティングですよ。ヒロインが料理と数学に強いってのも魅力的だし、続編を読みたいと思わせるに充分。

 食べるチョコレートが珍しい時代ってのがあったんだ、ということには膝を打った。そうか飲み物だったんだよねチョコレートって。さらに驚いたのがレシピの載せ方。いろんなチョコレート菓子のレシピが、巻末でも章終わりでもなく、ページの左右に枠をとって載ってるのよ。これね、読みながらチョコが食べたくなる危険度倍増。

 どうでもいいことなんだけど、この『スペシャリテには罠をひとさじ』と、ジェームズ・M・ケイン『カクテル・ウェイトレス』(来月取り上げます)の表紙イラストの構図がそっくりなのに笑ってしまった。こういうポーズ、どうして斜め後ろからなんだろうね?

 ということで、20140923091321.png8月の金銀女子ミス20140923091323.pngは、ここまでに出て来てない作品ということになりますにゃ。続きは後篇で!

(編集部:後篇は本日夕刻以降の更新を予定しています。乞うご期待!)

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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