暑い夜にはミントを利かせたモヒートを嗜む奥様、こんにちは。リーデルのビールグラスがお気に入りのお嬢様、ごきげんよう。人類がこの世界に誕生したのは6千万年前と言われています。月になおせば7億2千万ヶ月です。その悠久の歳月を思えば、4ヶ月の違いなんて無いに等しい。そうは思いませんか? 思うでしょうそうでしょう。ということで5月分です。何の問題もありません。ええ、ありませんとも。

 でもこの間、無為に過ごしていたわけではありません。いえ、言い訳じゃなくて! えーっと、宣伝していい? 『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)が発売になりました〜!

 本コーナーで紹介するような作品に加え、ミステリ趣向のある少女小説・女性文学、実は女子読み可能な名作ミステリー、ジェンダーに関する小説、BL風味、かっこいい男たちがたくさん出てくる小説など、女性のときめきポイントに満ちたブックガイドになりました。ミステリ好きの奥様お嬢様、そしてそんな奥様お嬢様をお持ちの旦那様お父様、ぜひお手にとってみてください。

 その中でも紹介したのが、この5月に文庫化された往年の名作、パトリック・レドモンド『霊応ゲーム』(ハヤカワ文庫)です。文庫化だから金銀女子ミスの対象にはならないけど、永遠の20140923091321.png金の女子ミスですよこれは。文庫解説を頼まれた際、「ええええ文庫化っすか!」と電話口で飛び上がり、直後、すでに決まっていたマストリード100のラインナップを無理やり差し替えたね。

 イギリスのパブリックスクールを舞台にした、少年たちの物語。腐要素をお持ちの方もそうでない方も、決して素通りしないでください。邪悪で強烈で張り詰めた、独占欲と嫉妬の嵐。しばらくうなされるくらい残ります。霊応ゲームこじらせ女子が増殖中です。詳細は♪akiraさんの『読んで、腐って、萌えつきて』にてどうぞ。

 さて、5月の女子ミスですが、今月はめちゃくちゃ豊作! ぜんぶ紹介するスペースはないので、ミネット・ウォルターズ『悪魔の羽根』(成川裕子訳・創元推理文庫)、バリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』(満園真木訳・創元推理文庫)、ジェニファー・ヒリアー『歪められた旋律』(上下巻・高山真由美訳・扶桑社ミステリー)、V・M・ジャンバンコ『闇からの贈り物』(上下巻・谷垣暁美訳・集英社文庫)、ルネ・ナイト『夏の沈黙』(古賀弥生訳・東京創元社)ってあたりはタイトルだけの紹介にとどめますが、どれも面白いよ! 七福神で紹介されたのもあるし、これら、他の月なら金銀レベルっすよマジで。あ、ミネット・ウォルターズは『読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100』にももちろん入ってます。取りあげた作品は、3F的女性私立探偵小説っぽい造形のアレだ! どれだ! 読めばわかる!

 ということで以下、ここまで他の記事に登場していないものをメインに紹介しますね。

 ジェーン・K・クリーランド『落札された死』(高橋まり子訳・創元推理文庫)は『出張鑑定にご用心』に続く、アンティーク鑑定士ジョシーのシリーズ第2弾。オークション会場で青酸カリ入りのワインを飲んだ女性が死に、警察はまずジョシーを疑います。ついで浮上した可能性が、犯人の狙いは被害者ではなくジョシーだったのではないかということ。はたして?

 アンティーク鑑定士というと昨今流行りのお仕事コージーっぽいけど、これはキャラクタやお仕事情報やロマンスがミステリの邪魔をしない、とても姿勢のいいミステリです。ジョシーはいきあたりばったりで人を疑って詮索したりしません。好奇心だの正義感だので丸腰で危険な場所に入り込んだりしません。うじうじ悩むところはあるけれど、弁護士に相談し、ボディガードを雇い、常識的に行動します。何より、探偵ごっこに飛び回ったりせずちゃんと仕事をします。すべて当然のことだと思うんだけど、コージーでは意外と少ないのよねえ。これだけで余計なストレスなく読める! テンプレキャラ設定のお仕事コージーにうんざりしてる人におすすめ。

 ジュリー・ハイジー『厨房のちいさな名探偵』(赤尾秀子訳・原書房コージーブックス)は《大統領の料理人》シリーズ第1作。お料理コージーは多々あれど、ホワイトハウスのシェフが主人公ってのは他と一線を画すアイディア。和物だと、小早川涼の文庫書き下ろし時代小説『将軍の料理番 庖丁人侍事件帖』(角川文庫)のシリーズのファンにオススメ。いやあ、これが予想以上に良かった。

 ホワイトハウスを揺るがす侵入者事件と、厨房内での次期エグゼクティブ・シェフ争いの二本立てで、料理のレシピ、ホワイトハウスの厨房の内幕(「厨房はいつも誰かがみじん切りをしている」ってのは巧い表現!)、ロマンス、サスペンスのどれをとっても標準以上の出来と言っていいんじゃないかな。パワーゲームでの敵役はあからさまに「嫌な奴」だけど、コージーの場合は最後にはちゃんと溜飲が下がるようにしてくれるので、安心して読めます。

 そうそう、クライマックスのロマンス場面に登場した名(迷?)セリフがこれ。「あなたがたとえテフロン製でも、わたしはたぶん焦げつくわ」──ごめん、コーヒー噴いたわww。

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 今月の銀の女子ミスは、エミリー・ブライトウェル『家政婦は名探偵』(田辺千幸訳・創元推理文庫)。楽しい! 面白い! 善人だけど捜査能力はからっきしのウィザースプーン警部補。そんな彼を助けるべく、ウィザースプーン家の家政婦ジェフリーズ夫人を筆頭に、料理人、御者、従僕、メイドで結成された「使用人探偵団」が走り回る。メンバーの集めた情報をジェフリーズ夫人が組み立て、真相を推理して、ウィザースプーン警部を誘導。いいですか、ここ大事ですよ。教えるんじゃないんです、警部補が自分で気づいたと思わせるように誘導するんです。

 使用人が謎を解くってのは、黒後家蜘蛛とかディナーの後とかたくさんあるけど、基本、使用人が主人より賢いという逆転の構図を楽しむケースが多い。その賢さの証明として彼らは話を聞いただけで神のような推理をきらめかせる安楽椅子探偵として活躍する。でもね、本書は違うの。使用人たちが、大好きなご主人様のために、それぞれが自分の得意分野で懸命に情報を集めるのよ。この探偵団もみんな個性的で、探偵仕事が大好き。「こんな情報入手したよ、どうよ!」とドヤ顔で報告するのが可愛いやら微笑ましいやら。

 4月度のこの項で紹介したM・C・ビートン『メイフェアの不運な花嫁 英国貴族の結婚騒動』(桐谷知未訳・ラズベリーブックス)と構造は似てるけど、あっちはロマンス、こっちはコージーミステリ。読み比べてみるのも楽しい。いやあ、これは楽しみなシリーズが始まりましたよ。続編は、本書に登場した強烈なおばちゃんも仲間に加わるらしくて、今からワクワク!

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 ここまでコージーで来たけれど、ぐっと趣向が変わって今月の金の女子ミスサマンサ・ヘイズ『ユー・アー・マイン』(奥村章子訳・ハヤカワミステリ文庫)に決定! これすごいよひっくり返ったよ!

 臨月の妊婦が腹を裂かれるという猟奇的な殺人事件が発生。ちょうどその頃、まもなく女児が誕生予定という家庭からの求人を受けて、ゾーイと名乗るベビーシッターが現れた。彼女はなかなか優秀なシッターだったが、何か企んでいるらしいことが読者にだけほのめかされる……。

 いやあ、これは言えない。具体的なことが何も書けない。でもね、あのね、すっげー色々ほのめかされるのよ。はっきりとはわかんないけど「こういうことなのかなー」ってのがなんとなく見えてくるのよ。で、終盤に入ったとき……「へ?」って声が出たね。慌てて数ページ戻ったね。うわあ。女子ミス云々というより、一般的なミステリとしてまず面白い。心拍上がる。騙される。

 その上で、女子ミス的読みどころとして、「子どもが欲しいのにできない」「子どもなんか要らないのにできた」「育てられないのに生んだ」「育てたかったのに生まれなかった」という、さまざまな環境の女性たちが登場して、それが混じり合ってぶつかりあって、でも表面的には和やかで、なんかもうね……うぐぐぐ。驚くとともに理解できちゃうのは、それらは女だけの問題として描かれること。男(夫)の存在感なし。ここにも著者の意図が見えます。

 でもってそんな事件の捜査をする二人の刑事が夫婦っていうのも面白い。ここは夫の一度の浮気を妻はずーっと許してなくて、しかも娘が家出してという問題家庭。びっくりするようなミステリ的仕掛けと、「夫婦」「出産」というものに対する問題提起が、実に高いところで融合した作品です。今年はこれを読み逃しちゃダメだゾ!

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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