こんにちは。杉江松恋です。
いつもありがとうございます。
「杉江松恋のガイブン酒場」は、ミステリー・プロパーの読者である杉江が、世界のさまざまな文学を読むことに挑戦してみたいと考えて始めたイベントです。その月以降に出る外国文学を早読みし一足先に内容をご紹介するという趣旨で、河出書房新社、新潮社、白水社、早川書房の各社にご協力いただいて開催をしております。第六回の今回から、東京創元社さんも参加してくださることになりました。
今回紹介する新刊は2冊です。少数精鋭ですが、内容濃くいきますよ。
まず1冊めのリチャード・パワーズ『幸福の遺伝子』(新潮社)は、1985年に『舞踏会へ向かう三人の農夫』でデビューを飾って以来、もっとも重要な現代アメリカ作家の1人として注目を集め続けている作家の最新邦訳長篇です。
これまで邦訳されてきたパワーズ作品の特徴は、複線的なプロットにありました。デビュー作がそうであったように、時間の異なるストーリーが複数同時進行で語られ、それぞれの結びつきがどこにあるのかが読者にとっての重要な関心事となっていきます。デビュー作と第2長篇の『囚人のジレンマ』では第二次世界大戦を挟んでそれが行われている点にポイントがあり、過去と現在で呼応する登場人物を配置することにより、作者は戦争の歴史が持つ意味を浮き彫りにする効果を狙ったように見えます。そこに絡み合わされているのが現実と虚構の不均衡な関係で、小説の中で見えているものはそのまま現実ではない。虚構という装置を通して、さらにいえば文章によって世界を把握することの意味を、パワーズは絶えず読者に意識させようとする作家なのです。
散りばめられた情報が多く、読者は時として自分のいる位置を見失ってしまいがちになりますが、パワーズの作品は構成は意外なほどに物語的です。小説の最後にはちゃんと着地点があり、読者に景色を眺めさせてくれるようにできているのです。邦訳版元が新潮社に移ってからの2作『われらが歌う時』『エコー・メーカー』の2作はさらにその要素が強まり「偉大なるアメリカ小説」としても読めるような性格が備わってきたように私は感じました。そこで『幸福な遺伝子』です。
訳者あとがきにもある通り、これまでのパワーズ作品中、もっとも読み解きやすいのがこの作品でしょう。冴えない作家崩れの男が芸大で文章講座を持つところから話が始まります。彼のクラスには光輝を放つような存在感の女子学生がいた。その彼女を中心として物語は進んでいきます。これまでの作品と同様複線的で、かつたびたび謎の語り手が登場し「ストーリー」の意味について言及するなど、過去のパワーズらしさは失われていません。しかし圧倒的に読みやすく、ドラマティックでもあります。この本をテキストに、私はパワーズの世界についていろいろと考えてみました。恥ずかしながら今回がパワーズの最初の読書であるため、もろもろ読み間違いや、理解の及ばない部分もあるかと思います。それも含めてパワーズ入門としてトークをお聞きいただければ幸いです。話の相手役として、今回から新進評論家の矢野利裕さんにも加わっていただきます。どうぞお楽しみに。
そしてもう1冊はパトリック・デウィット『シスターズ・ブラザーズ』(東京創元社)です。舞台となるのは1851年のアメリカ。ゴールドラッシュの狂乱が国土を埋め尽くし、欲望に目の眩んだ人々がカリフォルニアを目指して殺到していた、あのころなのです。チャーリーとイーライのシスターズ兄弟は、ある日雇い主の〈提督〉に命じられ、面識もない1人の山師を消すためにサンフランシスコへと派遣されます。冷酷な仕事師として忌避される存在である2人の後はまさに死屍累々。そのアナーキーな暴力の描かれ方が笑いさえも呼び込む仕掛けです。シスターズ兄弟に課せられた使命の真意はどこにあるのか、というのが物語を牽引する謎ですが、彼らの野卑なる魂は本当に見かけどおりのものなのか、という問いがその下には忍ばされている。ロード・ノヴェルとして、一種の犯罪小説として、そしてもちろん一級の西部小説としておもしろく、読み応えのある作品です。こちらもぜひご期待ください。
今回も歯応えのある作品を取り揃えてお待ちしております。一緒に文学の世界を探検しましょう。
詳細は以下のとおり。お待ちしております。
[日時] 2013年5月17日(金) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿
東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分
・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
[料金] 1000円 (当日券200円up)
※終演後に出演者を交えてのフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します。参加費は2800円です(当日参加は3000円)。懇親会参加者には、入場時にウェルカムの1ドリンクをプレゼント。参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。
※懇親会に参加されない方は、当日別途ドリンクチャージ1000円(2ドリンク)をお買い上げください。
※領収書をご希望の方は、オプションの「領収書」の項目を「発行する」に変更してお申し込みください。当日会場で発行いたします