三連休の最終日になりました。杉江松恋です。
実は毎年、この連休にはキャンプに出かけていたため、海の日を自宅で過ごすのは8年ぶりです。思いがけずゆっくり過ごしてしまいました。
さて、告知を致します。「杉江松恋のガイブン酒場」は、ミステリー・プロパーの読者である杉江が、世界のさまざまな文学を読むことに挑戦してみたいと考えて始めたイベントです。その月以降に出る外国文学を早読みし一足先に内容をご紹介するという趣旨で、河出書房新社、新潮社、白水社、早川書房の各社にご協力いただいて開催をしております。また、前々回からは一人の作家を取り上げ、その作品を全部読んで新刊をレビューするという作家特集も行っております。5月はリチャード・パワーズ、6月はドン・デリーロの作品を読みました。今回7月はコーマック・マッカーシー特集をお届けします。
そのコーマック・マッカーシーの新作『チャイルド・オブ・ゴッド』(早川書房)は新作ではなく、1973年に書かれた旧作です。マッカーシーは代表作といわれる〈国境三部作〉以前にも何作かの長篇を発表しており、特に第3、4、5作に当たる三冊は傑作だとのこと。それがこの『チャイルド・オブ・ゴッド』と1979年のSuttree、そして1985年の『ブラッド・メリディアン』(早川書房)です(12年で3作。寡作ですねえ)。
WEB本の雑誌に書評を寄稿したのでぜひそちらも参照していただきたいのですが、『チャイルド・オブ・ゴッド』は震えがくるような傑作です。マッカーシーは2005年の『血と暴力の国』(扶桑社文庫)で一切の慈悲を与えることなく運命のような死をもたらす非情な殺人者を登場させています。しかし、非情という言葉が人間としての情を欠くという意味では本書も負けていません。
これはレスター・バラードという男がその性格ゆえに共同体から追われ、他人には理解されない理由から殺人を繰り返すようになるまでを描いた、一種の犯罪小説です。ジョイス・キャロル・オーツ『生ける屍』(扶桑社文庫)の独自の論理で動く殺人者、ジム・トンプスン『おれの中の殺し屋』の、内なる殺人者を飼い慣らそうとする主人公などを思い出してみてください。あるいはジェイムズ・エルロイ『キラー・オン・ザ・ロード』(扶桑社文庫)の、不気味なエイリアンのようにロードマップ上を移動していく殺人者を。レスター・バラードは、そうした作品の殺人者たちと同等の、いや、もしかするとそれ以上の恐怖を読者に与えるかもしれない登場人物です。これはぜひ読んでいただくしかない。
当日はマッカーシー翻訳者の黒原敏行さんが来場してくださる予定です。黒原さんに『チャイルド・オブ・ゴッド』の翻訳秘話についてお聞きするチャンス。この機会を逃さず、ぜひ!
さて、二冊目としてご紹介するのは新潮クレストブック新刊『イースタリーのエレジー』です。作者のペティナ・ガッパは、ジンバブエ出身の作家です。ジンバブエ大学を卒業したのち、オーストリアのグラーツ大学、イギリスのケンブリッジ大学に留学し、ジュネーブの世界貿易機関で働き始めました。2009年に発表した本書が彼女のデビュー作で、「ガーディアン」紙のファースト・ブック賞を受賞、フランク・オコナー国際短篇賞の最終候補にも残りました。
ジンバブエが激しいインフレーションのさなかにあることは、通貨ジンバブエ・ドルがはなはだしく価値が下落し、時にジョークの対象にもなりさえすることからもみなさんご存知でしょう。ガッパが描くのは、そうした狂った経済状況、30年以上も国家元首が交替していないという歪んだ権力構造です。さらにガッパは、ジンバブエの希望が国外にしかないという事実についても描いています。出国者が外貨を獲得して送金することが、国内で暮らす一族にとっての命綱となる。そうした状況を、自らも国外生活者である(2010年に帰国)ガッパは皮肉を交えて書いていきます。そこには絶望しかないように見えるのに、なぜかその筆致は柔らかく、笑いも絶えない。そうしたガッパのしたたかさが本書の鑑賞どころだといえるでしょう。
三冊目にご紹介するのは、河出書房新社から『海底バール』です。作者のステファノ・ベンニは、以前に長篇『聖女チェレステ団の悪童』(早川書房)が翻訳されたことのあるイタリア作家です。本書は連作短篇集なのですが、序章からして変わっています。ある男が埠頭で、中年紳士が海に飛び込んでいく現場を目撃します。慌てて後から飛び込むと、海底に一軒のバールが営業しているのが見える。彼はいつの間にかそのバールの客となり、一風変わった先客たちから不思議な話を聞かされることになるのです。
そのお話というのが変なものばかり。法螺話が好きな方にはたまらないことでしょう。一例を挙げると「アキッレとエットレ」というお話はこんな感じです。自転車乗りに憧れるアキッレとエットレの仲良し二人は、ある日森の中から暴れ自転車が飛び出してくるのを発見します。なんとかそれを取り押さえた二人は、どっちがその所有者になるべきかという口論を始める。それを決するためにとったのが、悪口合戦、息吐き合戦、ワインとソーセージ合戦(要するに大食い)で、二人は最終的にとんでもない量のソーセージを腹に収めることになるのです。ちなみに息吐き合戦というのは、ニンニクなど悪臭を放つものをたらふく食べた後の息を相手にぶつけ、倒したら勝ち、というもの。二人の息のすさまじさに村長が「西洋世界の安寧を守る」ため対決を中止させる、というのがおかしい。
こんな具合のお話が20篇以上も入っています。これ、読むしかないでしょ?
というわけで、3冊のご紹介+マッカーシーに関するトークというメニューでお待ちしております(本はもしかするともっと増えるかも。未定です)。おもしろい本、何かないかなー、という方はぜひご来場ください。お待ち申し上げております。
[日時] 2013年7月19日(金) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿
東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分
・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
[料金] 1000円 (当日券200円up)
※終演後に出演者を交えてのフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します。参加費は2800円です(当日参加は3000円)。懇親会参加者には、入場時にウェルカムの1ドリンクをプレゼント。参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。
※懇親会に参加されない方は、当日別途ドリンクチャージ1000円(2ドリンク)をお買い上げください。
※領収書をご希望の方は、オプションの「領収書」の項目を「発行する」に変更してお申し込みください。当日会場で発行いたします。