現在絶賛書き下ろし作業中です。杉江松恋です。
え、この間も書き下ろし作業中だって書いてなかったかって? その通り、まだぜんぜん終わってないのです。書いても書いても終わらないシーシュポスの岩のような原稿なのですが、どんなものにも終わりはあるはず……と心を鼓舞しながら書いています。
そんな中今月も「杉江松恋のガイブン酒場」は、休まず開催いたします。これは、ミステリー・プロパーの読者である杉江が、世界のさまざまな文学を読むことに挑戦してみたいと考えて始めたイベントです。その月以降に出る外国文学を早読みし一足先に内容をご紹介するという趣旨で、河出書房新社、新潮社、白水社、早川書房の各社にご協力いただいて開催をしております。最初は新刊をとりあげて紹介するだけでしたが、現在は作家特集もその中に織り交ぜています。対象となる作家の作品を全部読んで新刊をレビューするというもので、5月はリチャード・パワーズ、6月はドン・デリーロ、7月はコーマック・マッカーシーをそれぞれ特集しました。8月の今回は、なんとジャック・ケルアック特集です。8月30日から彼の代表作『オン・ザ・ロード』の映画化作品が公開されますが、新作『トリステッサ』も刊行されるのです。
ケルアックのファンの方ならば、彼のロード・ノヴェル『オン・ザ・ロード』の第四部で、美しくメキシコの街が描かれていたことをご記憶でしょう。同じく『ダルマ・バムズ』では彼が傾倒していた仏教が重要な要素になっていたことも。本書はそれらと少しずつ接点を持った物語です。文体は刹那的な恋愛を描いた『地下街の人びと』と類似点が多いように思うのですが、『トリステッサ』もある女性をめぐる物語です。
私はケルアックについてまったく詳しくなく、今回のイベントを機に勉強をしているぐらいの俄かファンなのですが、このへんの他作品との関連について考えていくといろいろ収穫がありそう。当日はなんと、『オン・ザ・ロード』に続いて翻訳を担当した青山南さんが来場してくださいます。青山さんに、いろいろ教えていただこうと思っているので、興味ある方はぜひいらしてみてください。
その他、3冊の新刊を紹介します。メキシコつながりということでは謎の作家マーク・ボジャノウスキのデビュー作にして現時点では唯一の作品『ドッグ・ファイター』があります。第二次世界大戦直後のメキシコの架空の町を舞台に、観客の前で猛犬との闘いを披露する男が主人公の物語です。彼は祖父から暴力に傾倒するよう刷り込み教育を受け、血と苦痛を求めることに偏執的にこだわる人物。その残酷なまでに孤独で、人と交わる可能性を根源的に断たれた主人公が、孤独な魂の隙間を埋めるものを求めるかのように悶え苦しむさまをボジャノウスキは狂騒的な筆致で書き表します。先月マッカーシーの『チャイルド・オブ・ゴッド』に惹かれた方は、本書も要チェックなのではないでしょうか。
もう一冊河出書房新社の新刊では、リュミドラ・ペトルシェフスカヤ『私のいた場所』をご紹介します。ペトルシュフズカヤは旧ソビエト連邦時代から活動を続けていた息の長い作家でしたが、「ソ連の絶望的な状況を描いている」ために発表の機会には恵まれず、ペレストロイカ以前は完全に「禁じられた作家」だったといいます。しかし1980年代以降はその真価を評価されるようになり、現代ロシアを代表する作家の1人として名前が挙げられるまでになりました。本書は短篇集で、死の影に満ちた世界観が幻想的に表現されています。おそらくそれは、旧体制下における作者の諦念や静かな怒りを反映したものなのでしょう。
最後に控えているのは、新潮社の新刊ポーラ・マクレイン『ヘミングウェイの妻』です。1920年代のパリを主舞台として、作家アーネスト・ヘミングウェイと彼の最初の妻ハドリーとの結婚生活が描かれる作品です。視点人物を務めるのはそのハドリーで、作者は文学的想像力によって彼女の内面を構成し、明らかになっている史実との間を充填しようとしています。歴史上の実在の人物が多数登場する恋愛小説として、かつヘミングウェイのパリ時代を描いたドキュメンタリー・ノヴェルとして、広い層の読者にお薦めできる作品だと私は思いました。
というわけで、4冊のご紹介とジャック・ケルアックに関するおしゃべり、という形で今回はお送りします。私の話の相手役として、ライターの矢野利裕さんもいつも通り登壇してくださる予定。矢野さんは音楽に詳しいので、そちらの方面からケルアック作品についても言及していただけそうです。おもしろい本、何かないかなー、という方はぜひご来場ください。お待ち申し上げております。
[日時] 2013年8月23日(金) 開場・19:00 開始・19:30
[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿
東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ)
・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分
・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分
・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分
[料金] 1000円 (当日券200円up)
※終演後に出演者を交えてのフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します。参加費は2800円です(当日参加は3000円)。懇親会参加者には、入場時にウェルカムの1ドリンクをプレゼント。参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。
※懇親会に参加されない方は、当日別途ドリンクチャージ1000円(2ドリンク)をお買い上げください。
※領収書をご希望の方は、オプションの「領収書」の項目を「発行する」に変更してお申し込みください。当日会場で発行いたします。