すいません、まずは宣伝させてください。来週末に『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 』(日経文芸文庫)が発売されます。現在手に入る本の中から選んだ「今まさに読むべき100冊のミステリーガイド」、読書のお供に役立てていただければ幸いです。書店でお見かけの際には手に取ってみてください。

 そして明日は「杉江松恋のガイブン酒場」を開催いたします。これは、ミステリー・プロパーの読者である杉江が、世界のさまざまな文学を読むことに挑戦してみたいと考えて始めたイベントです。その月以降に出る外国文学を早読みし一足先に内容をご紹介するという趣旨で、河出書房新社、新潮社、白水社、早川書房の各社にご協力いただいて開催をしております。

 おなじみ作家特集、今月はミュリエル・スパークです(一時、ジョン・アーヴィングとご案内しておりましたが、11月に延期いたしました)。ちなみにこれまで採りあげた作家は、5月がリチャード・パワーズ、6月ドン・デリーロ、7月コーマック・マッカーシー、8月ジャック・ケルアックで、9月には先日来日したウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』刊行記念特集でした。

 ミュリエル・スパークは1918年スコットランド、エディンバラの生まれです(〜2006年)。夫の仕事の都合でローデシア(現ジンバブエ)に滞在したり、晩年はパートナーとともにイタリアに移住したりと、その生涯にはコスモポリタン的な側面が目立ちますが、1954年にローマン・カソリックに改宗したことで、精神の大きな支柱を得たといわれています。第二次世界大戦中はイギリスに帰国し、外務省情報局(MI6)で勤務していたこともあります。

 今回河出書房新社から刊行される『バン、バン! はい死んだ』は彼女の作品の中から珠玉の短篇を選んで編まれた傑作集、その中には幻想小説あり犯罪小説ありで、この作家ならではの不思議な読み口が味わえます。スパークの長篇には『運転席』『邪魔しないで』などブラックユーモア的な作風のものが多いのですが、短篇はさらにエッジが鋭く研ぎ澄まされており、読者の感性を危なっかしく刺激します。本書には9篇の初訳作品が収録されていますが、表題作や「首吊り判事」に漂う香りは官能的ですらあります(そしておおいに笑える)。既訳長篇もご紹介しながら、その魅力に迫りたいと思っております。

 その他、今回は5冊の新刊を紹介します。

 まず、早川書房から2冊。1冊目は先日初期長篇の『チャイルド・オブ・ゴッド』が訳出されたコーマック・マッカーシー『悪の法則』です。これは小説ではなく映画脚本。なんとマッカーシー自身が映画会社に売り込む目的で執筆したもので、完全なオリジナル・プロットのものです。リドリー・スコット監督作品が11月に日本でも公開されるのでご存じの方も多いでしょう。キャスティングもマイケル・ファスベンダー、キャメロン・ディアス、ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、ブラッド・ピットと豪華絢爛。内容はあの『血と暴力の国』を思わせるもので、暴力の描き方が相変わらず衝撃的です。映画を観る前にぜひどうぞ。

 もう1冊はパオロ・ジョルダーノ『兵士たちの肉体』です。ジョルダーノのデビュー作『素数たちの孤独』はイタリア最高峰の文学賞であるストレーガ賞、カンビエッロ文学新人賞など数々の文学賞を獲得、同国内で200万部を越すメガヒットを記録しています。数学小説であり恋愛小説であった前作とはガラリと変わり、『兵士たちの肉体』はアフガニスタン派兵をテーマとして扱った戦争小説です。エピグラフでレマルク『西部戦線異状なし』が引かれていますが、その作風にはヘラー『キャッチ−22』を思わせる個所も多く、若い兵士たちの群像がユーモラスに描かれています。そうした筆致が何を意味するのかは小説の後半で判明する仕掛けで、ぐいぐいと惹きつけられてしまうストーリーテリングの魅力も備えた作品です。

 そして白水社からは刊行が始まったロベルト・ボラーニョ・コレクションの第一弾『売女の人殺し』を。ボラーニョの作品には地下水脈のようなつながりがあり、一冊を読むとさらにもう一冊と次のものが読みたくなる麻薬のような味わいを持っています。本書には作家の自伝的な側面を持つ作品を多く収録されており、その中には『2666』などの過去作に連結部を持つものも少なくありません。『売女の人殺し』でその魅力に取り憑かれ、ボラーニョ世界へと旅立っていってしまう読者も多いことでしょう。独立した短篇にも、サッカー選手が出会った謎めいたチームメイトについての小説「ブーバ」など、短篇ならでは完成した世界を見せてくれるものがあり、陶然とさせてくれる作品集です。ご期待ください。

 河出書房新社からはもう一冊、アントニオ・タブッキ『いつも手遅れ』をご紹介します。全収録作が書簡形式で書かれた不思議な短篇集ですが、どの「書簡」においても過去の事実についての記述は明確な形をとらず、いつも韜晦や諧謔、不必要な比喩のレトリックなどとともに語られます。ここに書かれた17の文章は出されずに放棄された幻の手紙なのかもしれず、書き手の逡巡、内的世界における果てしない逍遥が筆記された文章の形で表出されてようにも見えます。とすればここにあるのは書簡の形を借りた壮絶な内的独白か。一篇だけを読んでも楽しめますが、作品集全体を視野に入れることで異なる様相が見えてくる本でもあります。この不思議な味わいをぜひお分けいたしたく。

 最後にご紹介するのは東京創元社、ランサム・リグズ『ハヤブサが守る家』です。ページを開くとそこには幾葉かの写真が。衣服の首が存在すべきところに空白がある人物やどう見ても空中に浮遊している少女。これらの写真は主人公が子供のころ、祖父から見せられたものでした。時が経ち、写真と祖父が語った物語を架空のものとして片付けられるほどに主人公は成長しました。その矢先、祖父は何者かに体を切り裂かれて壮絶な死を遂げてしまいます。その現場近くで、主人公は見たのでした。口から異様な触手をはみ出させた怪物の姿を——。

 この小説についてはあまり予備知識を持たずに読むのが吉かもしれません。不思議な写真が多数挿入された、少年の物語。それだけお伝えしておきましょう。どうしてもその先を知りたい方は明日、ガイブン酒場の会場にて。これもおもしろいです!

 というわけで、今月もおもしろい小説についてのおしゃべりをお届けします。今回登壇いただくのは、「週刊金曜日」書評委員などのお仕事で活躍中の倉本さおりさんです。倉本さんとの小説談義にもどうぞご期待ください。終了後にはいつも通り懇親会もあります。ぜひ残ってお話していってください。

[日時] 2013年10月18日(金) 開場・19:00 開始・19:30

[会場] Live Wire Biri-Biri酒場 新宿

     東京都新宿区新宿5丁目11-23 八千代ビル2F (Googleマップ

    ・都営新宿線「新宿3丁目」駅 C6〜8出口から徒歩5分

    ・丸ノ内線・副都心線「新宿3丁目」駅 B2出口から徒歩8分

    ・JR線「新宿」駅 東口から徒歩12分

[料金] 1000円 (当日券200円up)

※終演後に出演者を交えてのフリーフード&フリードリンクの懇親会を開催します。参加費は2800円です(当日参加は3000円)。懇親会参加者には、入場時にウェルカムの1ドリンクをプレゼント。参加希望の方はオプションの「懇親会」の項目を「参加する」に変更してお申し込みください。参加費も一緒にお支払いただきます。

※懇親会に参加されない方は、当日別途ドリンクチャージ1000円(2ドリンク)をお買い上げください。

※領収書をご希望の方は、オプションの「領収書」の項目を「発行する」に変更してお申し込みください。当日会場で発行いたします。

 ご予約はこのサイトからお願いします。

過去の「ガイブン酒場」の模様はこちらから!

青山南さんをゲストにお迎えしたジャック・ケルアック特集!※ポッドキャスト

現代文学のミッシング・リンク、ドン・デリーロを語りつくす!※ポッドキャスト