春ですね。春と言えば『春を待つハンナ』を思い出すという奥様、こんにちは。春と言えば『スリーパインズ村の無慈悲な春』を思い出すというお嬢様、ごきげんよう。三毛猫ウィンキー&ジェーンのシリーズも、ガマシュ警部のシリーズも、その後ぱったり音沙汰が途絶えてますがどうなってるんでしょう。どうなってるんでしょう。どうなって(以下リフレイン)

 まず先月の取りこぼし分から。論創社からまさに女子ミスの里程標的作家の作品が2冊一気に出ましたよ! アンナ・キャサリン・グリーンの短編集『霧の中の館』(論創社・波多野健、他訳)はすべて本邦初訳。収録作のうち「消え失せたページ13」「バイオレット自身の事件」が、お嬢様探偵バイオレット・ストレンジ物です。バイオレットが登場したのは1915年。女性私立探偵のシリーズキャラクターとしてはおそらく世界初かと。ちなみに世界初の女性警官物は先月のこのコラムで触れたバロネス・オルツィのレディ・モリー、女性素人探偵は後述するメアリ・ロバーツ・ラインハートのミス・ピンカートンこと看護婦ヒルダ・アダムス(もし私に見落としがあったら教えて下さい)。「バイオレット自身の事件」ではなぜお金持ちのお嬢様であるバイオレットがお金を稼ぐために探偵仕事をしているのか、その理由が語られます。

 思わずニヤリとしてしまったのが波多野健氏による解説。芦辺拓・有栖川有栖・小森健太朗・二階堂黎人の四氏による座談会の抜粋が紹介されてるんですよ。アンナ・キャサリン・グリーンは推理小説の母として『リーヴェンワース事件』を始め、明治から昭和にかけて何冊か訳出されていたんですが、『リーヴェンワース事件』は長いと。で、どうしてそんなに長いかというと、芦辺氏曰く「当時の読者はだらだらと家庭の内紛だとか料理の様子、地方生活などが書き込まれたところを楽しんだんでしょうね」

 いや、それって女子ミスの必須要素じゃありませんか! 家庭の問題、料理の様子、地方生活……むしろ大事だから。っていうかまずそれありきだから。ってことは『リーヴェンワース事件』、今の方がウケるんじゃない? 新訳でどうですか?

 もうひとりのマイルストーン作家はメアリ・ロバーツ・ラインハート『レティシア・カーベリーの事件簿』(論創社・熊木真太郎訳)が出ました。ラインハートと言えば『螺旋階段』『ドアは語る』などのサスペンスの書き手ですが、この本は彼女のイメージをがらっと変えるよ? ハイミスのおばさん三人組がきゃんきゃん言いながら謎を解くんだから。特に主役のレティシアはいいトシして車はぶっとばすしローラースケートで後頭部から転ぶしボートは漕ぐし。愉快愉快。いやもう、古今東西、おばさんの世話焼きと出しゃばりは不滅だね。しかも作中に『モルグ街の殺人』やコナン・ドイルへの言及もあったりして、なかなかに探偵小説です。

 表題作は中編で、舞台は病院。とっくに死んで安置所に置かれていたはずの死体が、別の部屋のシャンデリアにぶら下がっているというお話です。このあたりの描写は、本人も看護婦養成所を出てる上に、看護婦探偵ヒルダ・アダムスを生み出した作者ならでは。

 さて現代に戻りましょう。出たよ出ましたよわれらが氷の女王、キャシー・マロリーの最新刊が。キャロル・オコンネル『陪審員に死を』(創元推理文庫・務台夏子訳)。ただね、マロリー・シリーズを読んだことない読者が最初にこれを読むと、彼女がヒロインだとは思わないかも。感情の欠落した俺様な天才クールビューティっぷりは相変わらずだけど、今回はマロリーの相棒であるライカー刑事と、せむしのジョアンナの物語です。

 連続殺人とか劇場型犯罪とかいろいろあるんだけどもさ、女子ミス的最大の読みどころはライカーの断捨離! 腑抜けになったライカーの汚部屋の描写もすごいんだけど、そこを掃除するくだりがいいんだなあ。「何かひとつ捨てるたびに、あなたの荷は少しずつ軽くなるのよ」とか「彼は何ヶ月分もの無気力と悲しみをスポンジで洗い流した」とか、もうすっごくわかる! むしょうに掃除がしたくなった。

 そしてラストシーンがもう、秀逸! マロリー、あんたつまるところ何も分かっちゃいねえんだよ、と肩を抱いてやりたいね。2秒で殺されるだろうけど。

 さて今月の銀の女子ミスは、ロマサスの旗手、カレン・ローズ『木の葉のように震えて』(扶桑社ロマンス・伊勢由比子訳)だ! できればシリーズ前作の『闇に消える叫び』とぜひセットでお読みいただきたい。

 皆さん、ロマサスってどんなジャンルだとお思い? 一応事件があるにはあるけど、基本的には一目惚れして欲情して事件とラブのどっちが大事なのみたいな話だと思ってませんか? もしそう思ってたらこのシリーズを読むべし。厚めの上下巻なのに、上巻にホットな場面はまっっっったくないんだぞ? 下巻だってほんの2回、いや、何が2回って、その、えっと、とにかく数ページしかないんだぞ? しかも手錠とかなんとか道具立てだけは期待(え?)させといて、ごく普通だぞ(何が?)。

 おまけに本書で扱われる事件は猟奇殺人だの多くの少女を誘拐して陵辱だの、しかも家畜みたいに飼って客に出すとか、人は盛大に死ぬし、操りとかもあったりして、えーっとこれ、ロマンスですよね?と確かめたくなるような話なのだ。いやエグいわー。残虐だわー。作者が女性だけに、女性の嫌がるツボをピンポイントで突いてくるわー。

 ほんの一週間ほどの話なのに実に濃密。話がどんどん進んで場面転換も早くて手に汗握ること請け合い。事件がすごく嫌なものである一方、ヒロインとコンビを組むルーク刑事の家族がとてもステキで、ちゃんと和む場所がバランスよく配置されてるのもマル。

 情報がけっこう後出しなのと、前作『闇に消える叫び』を読んでないとよくわからない部分があるのが気になるけど、この構造はすごい。実はこれ、『闇に消える叫び』とほぼ同時進行の事件なのよ。そのリンク具合といったら、実に周到に緻密に構成されてるんざますのよ。登場人物も重なってる(主役は違う)ので、あの人にこんな面が!という楽しみ方もできるし、前作で解決されたなかったことがこっちで出て来たりします。ロマサス読まず嫌いの男性陣、これ試してみません? けっこう硬派でノワールよ?

 そして今月の金の女子ミスは、チョー気持ちいい大団円を迎えた、J・B・スタンリー『カップケーキよ、永遠なれ』(原書房コージーブックス・武藤崇恵訳)に決定!

 デブの五人組〈デブ・ファイブ〉が団結してダイエットに挑むこのシリーズ、最終巻となった本書では数々のダイエットに失敗した結果、ついに催眠術に頼ることに。

 これまでの五作は正直「素人がうろうろすんじゃねえっ」とか「そんなとこで仲違いしてる場合かっ」とかが気になってたんだけど、いやもう今回は文句ないわ気持ちいいわ。一作ごとにカップルが生まれたり分かれたりした結果、すべてが収まるべきところにきちんと収まるって、いいもんだなあ。殺人事件とか脅迫事件とかもあるけど、でもそれはメインじゃないのね。恋人、友人、家族のつながりがまず第一で、事件はその後。というより、事件がそんな大事なつながりを脅かすから、素人探偵たちは立ち上がる。好奇心に任せて行き当たりばったりの詮索ばかりするタイプとは違うのよ。だから事件を通して彼らの絆はいっそう強まるし、解決後の大団円が実に楽しい。それがコージー。

 四歳の息子が急にベジタリアン宣言をして慌てるパパとママ。未来の姑との静かなる戦い。コミュニティ内の思想の対立。老いた体に襲いかかる急病と、家族友人のサポート。告白やプロポーズ。そんなざまざまな出来事と、糖分を断ってる人にどんな料理を出すかや、ベジタリアン宣言をした息子にどんな食事を出すかといった日常のヒトコマヒトコマが重なる。みんな欠点はあるけど、その人ならではの特技もあって、補い合って日々が巡る。おお、コージー。え、犯人が唐突? 気にすんな。

 でも贅沢を言えば、すべてが収まるところに収まったこの状態での〈デブ・ファイブ〉の活躍が見たいんだけどな。続編、出ないかなあ。

 ということで今月は5冊。ホントは1月出版2月電子化予定だったヴィヴェカ・ステン『夏の陽射しのなかで』(ハヤカワ文庫・三谷武司訳)を取り上げたいんだけど、3月半ばに至るまでまだ電子化されてない。そればかりか紙では三作目『煌めく氷のなかで』まで出ちゃったよ! 早く電子化して下さいよう。新刊レビューじゃなくなっちゃうよう。

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

●↑『リーヴェンワース事件』収録

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