去る4月4日、新宿BiriBiri酒場において「君にも見えるガイブンの星」イベントを開催しました。

 作家特集として新訳版『フラニーとズーイ』が刊行されたJ・D・サリンジャーをとりあげましたが、以下はその際に配布したレジュメです。2013年に刊行された最新の評伝、ケネス・スラウェンスキー『サリンジャー 生涯91年の真実』(晶文社)で明らかにされた情報などを盛り込み、未発表原稿などのタイトルも含めたサリンジャーの作品リストになっています。漏れがあるかもしれませんが、その場合は後から補っていきます。

 なお、このイベントの模様は音声化されています。興味のある方は、こちらからお聴きになってください(無料ですが、投げ銭ブログになっているので、気が向いたら幾許かを投げていただけると幸いです)。

「君にも見えるガイブンの星」、次回は5月9日(金)に開催予定です。ご期待ください。

1940年(21歳)

「若者たち」The Young Folks(「ストーリー」3、4月)1939年末脱稿

・スノッブな都会の大学生たちを対象とした諷刺掌篇。早くも見える会話の冴え。

未発表「生き残った者たち」The Survivors

「エディーに会いな」Go See Eddie(「カンザス市立大学紀要」12月)1940年3月脱稿

・男を翻弄する悪女・ヘレンを描いたスケッチ。煙草など細部の描写がある。

1941年(22歳)

「じき要領をおぼえます」The Hang of It(「コリヤーズ」7月12日)1941 年3月脱稿

・古参軍曹と新兵のO・ヘンリー風のユーモア小説。

「できそこないのラヴ・ロマンス」The Heart of a Broken Story(「エスクワイア」9月)※1941年5月

・「コリヤーズ」風の恋愛小説をメタ視点で批判。作者「ぼく」が登場する。

未発表「ヒンチャー夫人」(または「ポーラ」)Mrs.Hincher

未発表「釣り人」The Fisherman

未発表「水っぽいハイボールにひとりごと」Monologue for a Watery Highball

未発表「ぼくはアドルフ・ヒトラーと学校へかよった」I Went to School with Adolf Hitler

1942年(23歳)

未発表「ライリーのキスもない気楽な生活」The Kissless Life of Rilly

未発表「バスに乗ったホールデン」Holden on the Bus

未発表「最後で最高のピーターパン」The Last and Best of the Peter Pans

「ルイス・タゲットのデビュー」The Long Debut of Louis Tagget(「ストーリー」10月)1941年9月脱稿

・大人になりきれない女性が数多の苦い体験を経てようやく成長するまでを描く。

「ある歩兵に関する個人的なおぼえがき」Personal Notes of an Infantryman(「コリヤーズ」12月12日)1942 年?月脱稿

・第二次世界大戦に向けて高まる愛国心を察知して書いた、時宜を得た小説。

未発表「薪小屋のカーティスに何がとりついた?」What Got into Curtis in the Woodshed?(散逸?)

未発表「ヘミングウェイぬきの男たち」Men Without Hemmingway

未発表「海をこえて行こうぜ、20世紀フォックス」Over the Sea Let’s Go,Twentieth Century Fox

1944年(25歳)

未発表「崩壊した子供たち」The Broken Children

「ヴァリオーニ兄弟」Varioni Brothers(「サタデー・イヴニング・ポスト」7月17日)1944年脱稿?

・芸術家と資本主義の世界の絶望的な断絶を描く。ヴォリオーニ兄弟はサリンジャー的「天才」の初期スタイルであり、ヤヌスの鏡のように作家の矛盾する二つの顔を反映している。

未発表「火星のレックス・パサード」Rex Passard on the Planet Mars

未発表「ビッツィ」Bitsy

「二人で愛し合うならば」Both Parties Concernd←「雷が鳴ったら起こしなよ」Wake Me When It Thunders(「サタデー・イヴニング・ポスト」2月26日)

・大人になりきれない男の幼児性をその男の視点から描くという皮肉な手法。妻・ルーシーの絶望がさりげなく表現されている。破局の予感を漂わせた作品。

「やさしい軍曹」Soft-Boiled Seagent←「ある兵士の死」Death of a Dogface(「サタデー・イヴニング・ポスト」4月15日)1942〜1943年脱稿?

・純粋な善性・父性を発揮する人物は長く地上に留まることができない。作中にウーナ・オニールとの破局の影響がある。

未発表「子供たちの部隊」The Children’s Echelon(「開戦直前の腰のくびれなんてない娘」の原型)

未発表「ボウリングボールでいっぱいの海」The Ocean full of Bawling Balls

未発表「ふたりの孤独な男」Two Lonely Man

未発表「魔法のタコツボ」The Magic Foxhole

未発表「テネシーに立つ少年」Boy Standing in Tennessee

未発表「うぬぼれ屋の青年」A Young Man In a Stuffed Shirt

未発表「偉大な故人の娘」Daughter of the Late and Great Man

「最後の休暇の最後の日」Last Day of tye Last Furlough(「サタデー・イヴニング・ポスト」7月15日)1944 年夏〜秋脱稿(コールフィールド家もの)

・戦争体験者は自身の従軍経験に関して口をつぐんでいるべきだという有名な主張が行われる。イノセンスの体現者であるマチルダとベーブの関係も重要。

「週一回なら参らない」Once a Week Won’t Kill You(「ストーリー」11月、12月)1944 年脱稿

・戦争に赴く者と残される家族の関係を描く。

1945年(26歳)

「フランスのアメリカ兵」(「サタデー・イヴニング・ポスト」3月31日)1944年脱稿(コールフィールド家もの)

・最後にマチルダの名前が出てくる構成に仕掛けがある。サリンジャー自身の悲惨な従軍経験が反映された作品。

「イレーヌ」Elaine(「ストーリーズ」3、4月)1943年初夏脱稿

・事態から目を背けて自閉している一家の物語。イノセンスは現世では歪んだ形でしか存続を許されない。

「マヨネーズぬきのサンドイッチ」The Sandwich Has No Mayonnasisse (「エスクワイア」10月)1944年脱稿(コーンフィールド家もの)

・戦争に打ち負かされ、無力を感じている主人公。軍隊に対するさりげない批判。

「よそ者」The Stranger(「コリヤーズ」12月1日)1944年7月脱稿(コールフィールド家もの)

・退役した軍人が純真無垢な少女の力を借りて現世に戻ってこようとする。少年少女のイノセンスなしに正気を保てなくなった人間の小説。

「気ちがいのぼく」I’m Crazy(「コリヤーズ」12月22日)1944年9月脱稿(コールフィールド家もの)

・はじめてホールデンが主人公となる。『ライ麦』の部品となった作品。

1946年(27歳)

未発表「男らしい別れ」The Male Goodbye 1945年夏脱稿

未発表「誕生日の青年」Birthday Boy 1945年夏脱稿

「マディソン街はずれの小さな反抗」Slight Rebellion off Madison←「テーブル6の鈍感な少女」The Lovely Dead Girl at Table Six(「ニューヨーカー」12月21日)1941年8月脱稿(コールフィールド家もの)

・ホールデンを主人公とする作品の最初のもの。長く没状態で放置されていた。

1947年(28歳)

「大戦直前のウェストの細い女」A Girl in 1941 with No Waist at All(「マドモアゼル」5月)1946年11月脱稿

・大戦前の洒脱な作風に回帰した作品。戦争前の世代との断絶も描かれる。

「倒錯の森」The Inverted Forest(「コスモポリタン」12月)1946年12月脱稿

・「詩は書くのではなく発掘するものだ」という主張。シーモア的天才が世俗と歩調を合わせることができずに脱落していく。

1948年(29歳)

「バナナフィッシュにうってつけの日」A Perfect Day for Bananafish(「ニューヨーカー」1月31日)1947年1月脱稿

・シーモアが主人公。衝撃的な結末を迎えるが、その動機が議論の対象となる。

「ある少女の思い出」A Girl I knew←「ウィーン、ウィーン」Wien,Wien(「グッド・ハウスキーピング」2月)1947年脱稿

・サリンジャーのヨーロッパ滞在の思い出を反映。親切心の欠如が恐ろしい悲劇を産む。

「コネティカットのひょこひょこおじさん」Uncle Wiggily in Connecticut(「ニューヨーカー」3月20日)1948年脱稿

・今は頽落した状況にある主人公が自らが喪ったイノセンスを思い咽び泣く。

・映画『愚かなり我が心』原作

「対エスキモー戦争の前夜」(「ニューヨーカー」6月5日)Just Before the War with Eskimos

・自己中心的な主人公が尊敬すべき年長者と出会って意識を変える。

「ブルー・メロディ」←「ガリガリいうレコードの針」Needle on a Stratchy Phonograph Record(「コスモポリタン」9月)1947年脱稿

・人種差別がさりげなく織り込まれている。実在のジャズ歌手をモデルにした小説。やはり少年少女のイノセンスが大人を凌駕する。

1949年(30歳)

「笑い男」The Laughing Man(「ニューヨーカー」3月19日)1948年脱稿

・奇譚に挑戦した作品。意外なほどの探偵小説趣味。

・シャーウッド・アンダソン「わけが知りたい」I Want to Know Whyからの影響。

「小舟のほとりで」Down at the Dinghy←「小舟の殺し屋」The Killer in the Dinghy(「ハーパーズ」4月)1948年脱稿

・ブーブー登場篇。人種差別に傷ついた子供と母親による再生の小説。

1950年(31歳)

「エズメに——愛と汚れをこめて」For Esme—with Love and Squialor(「ニューヨーカー」4月8日)1949年10月脱稿

・イギリス従軍時代の体験を反映。大人を賦活するエズメはサリンジャーの理想か。

1951年(32歳)

「愛らしき口もと目は緑」Pretty Mouth and Green My Eyes(「ニューヨーカー」7月14日)

・過去の作風に復帰した作品。コキュ小説。

『ライ麦畑でつかまえて(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』The Catcher in the Rye(リトル・ブラウン/7月16日)

1952年(33歳)

「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」De Daumierr-Smith’s Blue Period(「ワールド・レヴュー」5月)

・天才を僭称する主人公を真の天才と対比して皮肉に描く。意外なほどのユーモア。

1953年(34歳)

「テディ」Teddy(「ニューヨーカー」1月31日)

・東洋思想への傾倒が如実。後の「ゾーイー」を思わせる対話場面がある。

『ナイン・ストーリーズ』Nine Stories(リトル・ブラウン/4月6日)

1955年(36歳)

「フラニー」Franny(「ニューヨーカー」1月29日)

「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」Raise High the Roof Beam, Carpenters,「ニューヨーカー」11月19日)

1957年(38歳)

「ゾーイー」Zooey(「ニューヨーカー」5月4日)

1959年(40歳)

「シーモア——序章」Seymour: An Introduction Stories(「ニューヨーカー」6月6日)

1961年(42歳)

『フラニーとゾーイー』Franny and Zooey(リトル・ブラウン/9月14日)

1963年(44歳)

『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア——序章』Raise High the Roof Beam, Carpenters, and Seymour: An Introduction Stories(リトル・ブラウン/1月28日)

1965年(46歳)

『ハプワース16、1924』Hapworth 16, 1924(「ニューヨーカー」6月19日)