梅雨ですね。雨と言えばマリリン・ウォレス『嘆きの雨』がお好きという奥様、こんにちは。「九マイルは遠過ぎる、ましてや雨の中となれば」というセリフを思い出すお嬢様、ごきげんよう。雨だと洗濯物も干せないし買物も億劫、しかもプロ野球は順延といいこと無しですが、本を読むにはウッテツケ。今月も遅れに遅れてしまいましたが、雨天順延ということでお許し下さい。女子ミスの時間ですよ〜。

 M・C・ビートン『アガサ・レーズンと貴族館の死』(羽田詩津子訳・原書房コージーブックス)はシリーズ4作目。コージーの中でも貧乏お嬢様と並んで楽しみなシリーズです。ヒロインのアガサは54歳、早めのリタイアで憧れの田舎暮らしを始め、幾つか事件に巻き込まれたり解決したりするうちに少しずつ受け入れられて──というところ。今回は村のハイキング・クラブのリーダーが殺されるという事件です。今回ミステリ部分はやや弱めながら、犯人の造形にゾゾ気が来るよ。しかも物語の中枢にあるのはイギリスの階級社会の問題。このあたりの毒や社会性も本書の魅力。

 このシリーズがいいのは、何と言ってもアガサ。五十歳を過ぎても若い頃と同じような失敗を繰り返して、その度に後悔したりしょげたり。でも人って何歳になっても反省してやり直せるんだよね、と思わせてくれるのです。しかもアガサの恋がもうキュートでキュートで! 今回はビックリの展開と、あきらかに次回の仕込みと見られる箇所もあり、読み逃せません。ここから読んでも設定はわかるよ!

 リチャード・ニーリィ『リッジウェイ家の女』(仁賀克雄訳・扶桑社ミステリー)のサプライズ&サスペンスにはハマった! 大富豪の未亡人(という表現は嫌いなんだけど、ちょうどいい言い換えがないんだよねえ)とそのひとり娘、それぞれに結婚を考える恋人ができる……とくれば当然財産目当てを疑うよね? でもどっちが? 「それ予想してたもんねー」と思う度ににひっくり返されるという絶妙な捻りが堪能できます。200ページを過ぎてからは怒濤!

 でもこれ、それぞれのカップルが出会って成立する過程が、もうそこらのやっすいロマンス小説よりもはるかにお手軽でビックリ。必要な設定とは言え、「ないないない」と思いながら読んだよ。そこもうちょっとさー、リアリティと説得力が欲しいのよー。あと母と娘の確執も、どえらいサプライズを挟んでいい感じに流れそうなところでぶつ切られちゃったし。そこらのドラマは主眼じゃないのはわかるけど、女子ミス的にはそこもう一声!

 予定より大幅に遅れて、やっとヴィヴェカ・ステン『煌めく氷の中で』(三谷武司訳・ハヤカワミステリ文庫)が電子になりました。スウェーデンのシリーズです。紙の発売から3ヶ月空くとさすがにちょっと新刊気分は抜けるんだけど、でもこのシリーズ、やっぱりいい! 待った甲斐があるってもんです。

 いつ壊れてもおかしくなかったノラとヘンリケの夫婦ですが、序盤でいきなりヘンリケの浮気発覚! 「出ていけ!」てな形での別居が始まります。一方トーマスの方は離婚した元妻と再会、こちらはこちらで何やら変化がありそうな。夫婦の形、というのが裏テーマなのよねこのシリーズ。

 物語としてはまず若い女性のバラバラ死体の一部が見つかり、1920年代の話と現代が行ったり来たりする趣向で、これがどう繋がるのかがが最大の読みどころ……なんだけどもアンタ、このラストにはもう事件の真相なんかどうだっていいってくらいひっくり返ったぞ! はあああ?って声に出たぞ。ちょ、4巻早く!

 なお、既刊のネタばらし全開なので、順にどうぞ。数少ない生活感溢れる北欧ミステリのオススメシリーズです。

 北欧つながりでフィンランド・ミステリをば。レーナ・レヘトライネン『要塞島の死』(古市真由美訳・創元推理文庫)は刑事マリア・カッリオ・シリーズの第3弾(本国では6巻目)、前作ラストで無事出産したマリアが、一歳になった娘イーダと夫のアンティと三人でリゾート向けに解放された要塞島に行くところから始まります。後日、そこで事件が起きてマリアは関係者と再会。フィンランドの社会問題を絡めつつ、多くの事件に忙殺されるマリアの活躍が読みどころです。

 ねえ奥さん、知ってました? フィンランドって専業主婦がほとんどいなくて、給付金つきの産休育休たっぷりなんですってよ? 夫婦のどっちかは子どもが3歳になるまで休む権利があって、しかもそれで職を失うことはないんですってよ? ホントにさあ、議員さんはしょーもない野次飛ばしてる暇があるならこういう法整備をしろってのよ。

 前作は妊娠中なのに走り回ったり冷える場所に行ったりしてたマリアに「妊婦自重!」とイライラしたけど、今回は管理職としてなかなかの采配ぶり。安心して読めます。ま、ちょっとばかし「人妻自重!」って部分はあるけどね。あと、さすがフィンランド、1歳児に『ムーミンパパ海へ行く』を読み聞かせてたよ!

 ぐっと南下してお次はイタリアが舞台。ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』(青木悦子訳・創元推理文庫)は古い友達を殺された63歳のヴァイオリン職人・ジャンニが、その専門知識で警察に協力して真実を探る物語。

 これ面白い! 「銀の女子ミス」にするかぎりぎりまで迷いました。ヴァイオリンという楽器の、音楽ツール・伝統工芸・投資物件としての三つの側面がこんなにスリリングなミステリになるなんて。展開や謎解きもさることながら、主人公のヴァイオリンへの愛情、ヴァイオリニストへの愛情がじんじん伝わってくるの。知識先行ではない、その手で木を触ってきた人ならではの観察眼と洞察力。キレイごとじゃない部分までちゃんと知ってて、それですべてを飲み込んで楽器を愛する主人公の、ダンディでステキなことといったら! 天才肌のかっこいい名探偵もいいけど、経験に裏打ちされた熟年の渋い推理は気持ちがほどけていくような心地よさです。

 ヴェネチアの運河をたゆたうゴンドラ、イギリスの田舎のコテージ、クレモナの博物館などなど、ヨーロッパ歴史散歩的な描写もまた楽しい。行った先々でいろんな料理を味わうのもポイント(イギリス料理への偏見に大笑い)。還暦過ぎたらロマンスだって穏やかで、落ち着いて読める。いいですよ、これ。マーティン・ウォーカーの〈警察署長ブルーノ〉シリーズが好きな人は特にお勧め。

 さて今月の銀の女子ミスは、メヒティルト・ボルマン『沈黙を破る者』(赤坂桃子訳・河出書房新社)だ! 重厚にしてリリカルなドイツミステリです。いやあ、これすごく心を持っていかれた。

 亡き父親の荷物から出て来た、別人の身分証明書と見知らぬ女性の写真。息子はこれが何なのか疑問に思いますが、実はそこには戦中戦後の悲しいドラマが隠されていた……というお話です。1990年代の話に1930〜50年代の話が挿入され、過去に何があったのか、少しずつわかってくる。戦前のドイツに暮らす仲のいいティーンエイジャーの男女6人が、ナチや戦争といったものに引き裂かれ、翻弄され、洗脳され、あるべき未来が徐々に崩れていく。成就しないロマンス、裏切り、策略。戦時中だから──という言い訳は、戦後すべてを無にします。

 特に文章の素晴らしさ! たとえばもう戦争がすぐ近くまで迫っていて、けれど少年少女たちはまだ自分たちの友情を確信している、そんな状況を描写したこんな文。

 町のあちこちに居すわっていた「戦争」という言葉が席を立って行進をはじめたとき、空は低く垂れ込め、カキの内側のようだった。銀色と鉄色のあいだから、バラ色とスミレ色がかすかにこぼれていた。

「戦争」という言葉が席を立って行進をはじめる、というところでゾクっと来ました。でもって、カキの内側! なんという比喩でしょう……(うっとり)

 サプライズ、という点ではややまだるっこしい部分があるかもしれないけど、これはミステリとしての趣向を味わうより、その真相に至るまでの道筋をじっくり味わいたい作品。お薦めです。

 そして今月の金の女子ミスは、メアリ・ロビネット・コワル『ミス・エルズワースと不機嫌な隣人』(原島文世訳・ハヤカワ文庫FT)に決定! 摂政時代(1810年代)が舞台のファンタジーですことよお嬢様。ファンタジーつってもハイ・ファンタジーじゃなくてエヴリデイ・マジックの方ね。普通のリアルな舞台設定に、ちょこっと魔法だの不思議だのが入ってくるタイプ。

 で、イギリス摂政時代のお屋敷に暮らす、良識があって賢く芸術や魔術に優れるも見た目がイマイチな姉ジェーンと、人目を引く美人で明るくて奔放、ただしオツムや手先はチト微妙という妹メロディの、恋のあれこれ──というと、そう、おわかりですね。分別のある姉と多感な妹、ジェーン・オースティン『分別と多感』の設定そのままなんですよ! ただこちらの世界は魔法があるってだけで。完全にオースティンへのオマージュ。

 魔法ってどういうのかというと、空気中の「エーテルをつまんで襞を作る」というもの。その襞が映像になったり音楽になったりというもので、たとえば絵の中の景色を動かすこともできれば、自分の出っ歯を「修正して見せる」なんてことも可能。舞踏会へのドレスを仕立てに行って、お店の人と「こんな感じ?」って空中に襞を寄せてサンプルデザイン相談したりもできる(このショッピングの場面、大好き!)。

 姉妹は仲がいいんだけど、実は心中互いにコンプレックスを抱いてる。そこに無骨で無愛想な隣人が登場して……という、まあ骨子だけ見ればベタなんですが、魔法という設定の使い方が絶妙で、「あ、それがそこで生きてくるのか!」というミステリ的な仕込みがとても心を掴みます。しかも小道具だのエピソードだの会話だの人間関係だの、こういう話にお約束のキャラだののディテールがもう、いちいち女子心を刺戟しますのよ。いやもうダンカーク氏の当て馬感ハンパねえww

 個人的に感銘を受けたのは、魔術師にして芸術家のヴィンセントが芸術談義をするくだり。「知識のある観客の方が絵を作り出す努力を充分に評価できる」というジェーンに「努力だの技術だのを考えて欲しくない。俺は観客を別の場所に連れていきたいんだ」というヴィンセント。ヴィンセントは「一か所で作った魔術が複写され他のところでも見ることができるようになれば、金持ちだけでなく、誰でも教養を高められる」とも言います。これって小説も同じだよな、と。一部の階級だけでなく、誰もが自由に手にとって、評価だの技術だの考えずにただその世界を味わう楽しみ、そこから何かを得る楽しみ。それを彼らは語っているのだなあ。

 芸術は魔法。小説は魔法。鬱陶しい梅雨も本の魔法で吹き飛ばして、さあ、物語の世界で遊びましょう。

大矢 博子(おおや ひろこ)

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  書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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