すっかりおなじみになった「君にも見えるガイブンの星」イベント、7月開催の前回からは、奇数月が新刊紹介、偶数月が作家特集という形にモデルチェンジいたしました。

 新刊紹介の回では、杉江松恋と倉本さおりがそれぞれ作品を分担し、テーマに沿って1冊ずつ本を紹介してお客さんに「どちらが読みたくなったか」の審判を問う、というバトル方式を取り入れています。ちなみに今回は5勝負やって3対2で倉本さおりの勝利。全作品中いちばん読みたくなった本は、という投票にお客さんはポール・オースター『闇の中の男』を選んでくださいました。

 では、簡単ですが作品レビューをご覧ください。(杉江)

1)近現代史の事実を応用した素敵な物語

■トルコ版『百年の孤独』の底知れない可笑しさ(杉江)

ラテフィエ・テキン『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』(河出書房新社)

〈乳しぼり娘〉とはトルコにおいては勤勉な若い女性の象徴です。女性たちが因襲と変わり行く社会との間に板ばさみになるさまが、乾いた笑いによって描かれる小説でした。男たちも印象的でしたが、やはり主役は女性。トルコ現代史がぎゅっと濃縮された物語です。

■ネコとネズミの友情物語(チーズ風味)(倉本)

カーメン・アグラ・ディーディ/ランダル・ライト『チェシャチーズ亭のネコ』(東京創元社)

“ネズミが食べられない”という秘密のせいで孤独に生きてきたネコが、そのネズミたちとの交流を通じコミュニティの意味を理解する——ほっこり必至の萌え設定の一方、殺鼠シーンが妙に血生臭くてスリリング。小さき者への愛情と〈物語〉への信頼に溢れた作品。

2)事件小説の最先端を行く

■これが現代版『災厄の町』+『アラバマ物語』(杉江)

エリザベス・ストラウト『バージェス家の出来事』(早川書房)

白人男性の無自覚な行動が移民の尊厳を傷つける。そのことが持つ意味が次第に大きくなっていき、彼の一家の中に波風が立っていきます。穏やかな筆致が逆に揺れ動く事態の重さを感じさせる一篇でした。ヘイト・クライムについての小説でもあり考えさせられます。

■便箋を重ねるごとに秘密が濃くなるミステリ(倉本)

エレーヌ・グレミヨン『火曜日の手紙』(早川書房)

男と女、そして母と娘をめぐる愛憎劇が時代を超えて便箋の中で絡み合う。誰が嘘をついいるのか? 真実はどこにあるのか? 手紙が届くたび、主人公・カミーユの目に映る世界が二転三転していく過程に肌が粟立つ。〈語り/騙り〉の力にしたたかにヤられます。

3)芥川賞作家と未来の芥川賞作家の翻訳対決

■見たこともない手段で「今」を肯定する(杉江)

チャールズ・ユウ『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』(早川書房)

「ドジっ子」属性の人工知能が出てくるというのに胸を打たれました。何か命令すると、「きっと失敗します」って嬉しそうに言うんですよ。何それ! 可愛いなおい!引きこもり青年が時間旅行の論理的意味に向き合う小説であり、円城塔は訳者としてはまり役です。

■悪魔的にキュートで意地悪なジュブナイル(倉本)

カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』(河出書房新社)

独創的すぎるジュブナイル短篇集。だって“生活力のないミノタウロスを父に持った少年”に“全寮制の女子校で人間に矯正させられる狼少女たち”ですよ? 奇天烈な境遇の彼女らに共通するのは幼さゆえの率直さと沁みるほど鮮やかな無力感。この残酷な明るさ、最高。

※本作品『狼少女たちのルーシー寮』で9月15日に読書会を開催します。詳しくはこちら

4)安心印・藤井光の二つの顔

■世界が暴力に充満しているということを描く(杉江)

セス・フリード『大いなる不満』(新潮社)

非常に不穏な短編集で、「フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺」が最高。「政治は何をやっとるのか」(byねずみ男)と文句を言うだけで市民が何もしないとひどいことになるという真実を異常な手法で諷刺しています。「筆写僧の嘆き」はコスプレ小説。汗だく!

■絵筆のようなテクストに横溢する詩情(倉本)

ポール・ユーン 『かつては岸』(白水社)

韓国南部の架空の島を舞台にした連作短篇集。戦争と別離、そしてゆるやかに続く人の営みの美しさ、尊さが、まるで絵筆のようなテクストでなぞられていく。いずれも遠く過ぎ去った時間を描いているのに、その筆先は思わず声をあげそうになるほどみずみずしい。

5)翻訳界の良心・柴田元幸からのプレゼント

■YA読者の心胆を寒からしめる怪物小説(杉江)

ケリー・リンク『プリティ・モンスターズ』(早川書房)

ぐらぐらする足場ばかりの危険な領域に世間知らずの少年少女たちがやってくる。表題作は若者の無軌道な肝試しを描く小説なのですが、そのうちの一人が妙にタナトスを感じさせるロマンス小説を読んでいて、という構造がぞわぞわと不安を増幅させます。

■世界は下手な小説よりずっと破綻に満ちている(倉本)

ポール・オースター『闇の中の男』(新潮社)

もしも9.11が起きなかったら——パラレルワールドの米国で不条理な内戦に巻き込まれた架空の男の物語を、傷ついた老作家が夢想する入れ子構造。ばかげた世界で男が懸命にもがくほど、ありふれた現実を生きる痛みが重層的に浮かび上がる。打ちのめされるような傑作。

 そして、これは別格として……。

■ストレンジ・フィクションの極み(倉本)

レイ・ヴクサヴィッチ『月の部屋で会いましょう』(東京創元社)

皮膚が宇宙服になって地球から飛び立ってしまう病気(!)やら、恋人が編んだセーターを着る途中で迷子になっちゃう悲劇(!!)やら、悶絶するほど素っ頓狂で笑える状況にもかかわらず、根っこは普遍的でしみじみせつない。岸本佐知子・市田泉ペアの偉業に拍手を送りたい。

【所感】

今回のテーマは松恋氏曰く「ものすごく絶望的な状況だけどなぜかとんでもなく笑えてしかもちょっと泣ける」。まさにそのとおりの、しかもよりすぐりの作品が集まりました。加えて同じ藤井訳でもセス・フリードとポール・ユーンでは作品の質感もテクストの語感も全く違う。改めて翻訳の力を見せつけられた気がします。

ライブ型のレビューバトルのポイントは、目の前にいるお客さんの反応を確かめながらプレゼンを軌道修正できる点。待ったなしのテクストで行うレビューの潔さもいいけれど、それぞれに好みの違う読者の方々のツボを直接探り当てる楽しさもたまらんです。(倉本)

 次回「君にも見えるガイブンの星」レビューバトルは9月19日(金)に決定!(詳しくはhttp://boutreview.shop-pro.jp/?pid=79958986) ぜひご来場ください。

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