はじめまして、中国語のミステリを読み、日本で紹介する活動を行っている稲村文吾と申します。今回はこの場をお借りして、新しく翻訳が発表される中国語ミステリのご紹介ができることとなりました。

 台湾を拠点とした「島田荘司推理小説賞」の開催、2009〜2010年に六冊のアジアミステリが日本語訳された「アジア本格リーグ」の刊行などを通して、中国語圏においても盛んにミステリが書かれているということ自体は日本でもある程度知られるようになっていると思われます。しかし、注目すべき作品も一定数書かれているにもかかわらず、日本語で読むことのできる作品はまだまだ多いとは言えないのが現状です。

 そこで、現代の中国語ミステリの姿を日本の読者の方々により知っていただくため、短篇作品4作の翻訳をAmazonの提供する電子書籍出版サービス、Kindle Direct Publishingを通し出版する運びとなりました。この文章をお読みの翻訳ミステリを愛する皆様も、これを期に中国語で書かれたミステリへの関心を深めていただければと思います。

 さて、ここからは四作の作者、そして作品について簡単に紹介していこうと思います。

御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」

 初めにご紹介するのは、御手洗熊猫(みたらいぱんだ、ユウショウシー ションマオ)の「人体博物館殺人事件」です。彼の詳しい情報については、まずはWikiepdiaのページ(wikipedia:御手洗熊猫)を一読していただくのが手っ取り早いかと思います。「二十角館の首なし死体」、『島田流殺人事件』などのタイトル、「御手洗濁」「鴉城仙冬」「天城一二」という登場人物のネーミング、不可能犯罪に異様な情熱を注ぐ大胆な作風から、日本においてもその存在だけはある程度知られていましたが、今回が作品の初紹介となります。

(あらすじ)若き芸術家小栗虫子が運営する、人体を素材とした芸術品を展示する博物館。その開業前に、五人の愛好家たちが観覧の招待を受けた。招待客が揃った夜、世を騒がす怪盗の梅澤から、博物館の一番の宝であるファラオの面を盗み出すとの予告状が届く。そして予告の夜が明けると、客の一人が水とガラスによる二重の密室の中で殺されているのが発見された!

 注目すべきは、本作は作者が小栗虫太郎黒死館殺人事件』を読んで感銘を受けた結果書かれた作品だということです。あの濃密な世界が、あらゆる面において破天荒な御手洗熊猫自身の作品世界と出会った結果、全体を覆うグロテスクな趣味、凝りに凝った密室トリック、前代未聞の「読者への挑戦」などの要素が過積載された、この鬼才にしか生み出し得ない一篇が生まれました。怖いもの見たさでひとつ覗いてみるのも良いのではないでしょうか。

水天一色「おれみたいな奴が」

 中国大陸では2000年前後から、若いミステリの書き手がインターネットを介し世に出る大きな流れが生まれていました。水天一色(すいてんいっしき、シュイティエンイースー)はその最初の世代を代表する作家の一人です。日本でも2010年に刊行された、唐代を舞台にした長篇『蝶の夢 乱神館記』はクリスティ風の堂々たる本格ミステリで、『2011本格ミステリ・ベスト10』海外編でも14位相当にランクされ、かなりの健闘を見せました。

(あらすじ)有名な研究所に勤めてはいるが、学もなく無能な故に鼠の飼育を押し付けられている老靳(きん)。うだつが上がらないながらも平凡に日々は過ぎていくはずだったが、同じ姓を持つ大物の研究者が所に異動してきた日から、老靳の人生は大きく狂い始める。

おれみたいな奴が」は、北京偵探推理文芸協会が主催する賞、全国推理小説大賽第五回(2011年)において最優秀短篇賞を受賞してもいる作品で、現代を舞台にどこまでも情けない男の破滅を容赦のない筆で描いていく倒叙ミステリの秀作です。「推理小説としてしか読めない作品を書きたくはない」と語る作者らしい冷たい人間描写が冴える作品であり、無駄のない構成が光ります。

林斯諺「バドミントンコートの亡霊」

 林斯諺(りんしげん、リン スーイェン)は台湾生まれの作家で、台湾推理作家協会賞(当時の名称は「人狼城推理文学賞」)、島田荘司推理小説賞などに入選歴があります。また、比較的寡作な推理作家が多い台湾ですが、彼は現在刊行が決定しているのを含めると8作の長篇を発表しており、作品の質量両方から見て華文ミステリのトップランナーの一人と言うことができるでしょう。

(あらすじ)ある大学で起きた殺人事件の謎が、哲学の研究者でもある名探偵、林若平(りん じゃくへい)のもとに持ち込まれた。唯一犯行が行えたはずの容疑者が殺人を告白し自殺しているのだが、捜査員の一人はその解決に納得が行かないのだという。

 エラリー・クイーンを敬愛する林斯諺が堅固な密室を扱った「バドミントンコートの亡霊」は、彼が第二回台湾推理作家協会賞(2004年)を受賞した記念すべき作品です。また本作は、米国Ellery Queen’s Mystery Magazine2014年8月号に”The Ghost of the Badminton Court”として訳載され、同誌に掲載された始めての台湾ミステリとなりました。

寵物先生「犯罪の赤い糸」

(上記リンクが不調の場合は下のURLをクリックして商品ページへ)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00O3WI06C/honyakumyster-22/

 寵物先生(ミスターペッツ)は、綾辻行人島田荘司東野圭吾といった日本のミステリを敬愛する台北生まれの作家です。第一回島田荘司推理小説賞を受賞したSFミステリ『虚擬街頭漂流記』は2010年に邦訳され、『2011本格ミステリ・ベスト10』海外編では12位相当にランクされました。

(あらすじ)アマチュアの小説家、寵物先生が取材のために訪れたのは、数奇な馴れ初めを持つというある夫婦の家だった。彼の求めに応じ、二人は出会いのきっかけとなった十年前の「二つの犯罪」について語り出す。

「バドミントンコートの亡霊」と同様に、「犯罪の赤い糸」は寵物先生が第五回台湾推理作家協会賞(2007年)を獲得した作品です。過去に起きた誘拐事件を二つの視点から回想していく凝った構成で、ロマンスを交えた軽快な筆致は、小説を書き始めて二作目だったとは思えない完成度を見せています。

 今回の出版が良い反応をいただけるようでしたら、まだ日本で知られていない中国語ミステリを今後も紹介し続けようと考えています。興味を持って下さった方は、ぜひ応援をよろしくお願いいたします。

稲村 文吾(いなむら ぶんご)

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中国語ミステリ愛好家。国内の本格ミステリばかり読んでいたはずが、いつの間にか現代中国語ミステリを読み進める日々に。

Twitterアカウント: http://twitter.com/inmrbng

Blog: http://kochotei.blog.fc2.com/

現代華文推理系列 第一集

(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

(上記リンクが不調の場合は下のURLをクリックして商品ページへ)

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