※読書会参加者有志のみなさんによる「海外読書会」のレポートが届きました。お楽しみください。
また、自発的、自然発生的な読書会やファンイベントについて、レポート等掲載のご希望があればご相談ください。(事務局)
その日、名古屋読書会の二次会会場で有志による「登山部」が生まれた。
しかし生まれたのは「登山部」だけではなかった。
「彼らが山に登るなら、私たちは海を越えよう」
そう。「海外読書会」も同じ日の同じ会場の片隅でこっそり誕生していたのだ。
着実に練習を重ね、ついには富士山頂で読書会をした登山部の陰で海外読書会は苦難の道を歩んでいた。
参加予定者の希望で開催場所を台湾と決めたものの、課題図書にと考えていた第3回島田荘司ミステリー大賞の受賞作が出版されない…。
受賞作は日本での出版が約束されているはずなのに何の音沙汰もない。
海外で読書会を開催するのならば、その国の作家の作品を課題図書にしたい。それが無理ならば、せめてその国が舞台の作品を…という拘りを持つ世話人は参加予定者に度々催促され、ついには開催地の変更を決め、恐る恐る打診する。
「香港じゃダメ?」
予想外に皆の反応が良く、第1回海外読書会は香港に会場を移し開催されることになった。
課題図書は香港を舞台にした「仏陀の鏡への道」(ドン・ウィンズロウ著 東江一紀訳)。
現地集合現地解散というハードルを物ともせず、集まった参加者は5人。世話人入れて総勢6人での読書会開催である。
ちなみに台湾読書会での課題図書と考えていた本は、その後クラウドファンディングを経て無事出版が決まった。よかったよかった。(ここ伏線!)
香港読書会当日の11月28日。
朝早くホテルの最寄り駅のホームに集合した一行はそのまま地下鉄で終点まで、さらにミニバスに乗り継いで山の中腹の村に向かいます。
課題図書に出てきた、ニール君がベン・チンに連れて行かれた「親爺たちが小鳥を連れて集まる茶樓」を体験するためです。
かつて香港には街中にバードストリートと呼ばれる通りがありましたが、再開発の波に呑まれ移転、そして縮小。今やそこで茶を嗜むなど望むべくもないのです。
ということで我々は遥々郊外の茶樓まで足を運びました。
確かにそこには親爺たちが鳥籠を手に集まっていました。が。
茶樓(飲茶屋)ということで色をなす参加者たち。目に映るのは鳥籠じゃなくて蒸籠。あれもこれも食べたいと蒸籠がどんどん積み上がっていきます。
ああ、そういえば香港に到着してからの参加者のツイートが料理の画像だらけで、今回日本で我々の読書会を見守っている方々から散々「食い倒れツアー」との謗りを受けていたんだった。それを自ら証明してどうするよ…。
「みんな!少し落ち着いて鳥の鳴き声を…」
「ビーーーーーーー!」「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「うるさい…」
確かにうるさいです。鳥。可愛らしく囀るとか、ないです。鳥ですから。鳴きたい時に鳴きたい様に鳴くだけです。
「ニールはもう少し鳴き声を聞いて癒されたいって言ってたよね…」「全然癒されないんだけど…」
ニール君の感性に疑問を抱いたまま我々一行は次の目的地に向かいます。
ペンドルトンと李藍が隠れていた甘肅(カンスー)街、油麻地(ヤウマテイ)。ドアマンに先導されながら歩いた彌敦道(ネイザン・ロード)を経て、ニール君が監禁された九龍塞城(ウォールド・シティー)跡へ。
悪名高い九龍塞城は取り壊し後公園になり、現在はその一角で当時の様子がわかる資料を展示しています。
九龍塞城は「どこにも属していないので法の手が及び難い場所」で、決してその全てが悪の巣窟だったわけではありません。悪い面ばかりが強調されがちですが、お店もあれば工場もあり、大抵は無資格だけど医者だっていて、自警団だって組織されていたのです。
「普通の人がここで働いたり暮らしたりしてるんだね」「老人ホームもあったんだ」「お寺も」「もっと恐ろしい所だと思ってた」「だいたいニールは土に穴掘ったようなところに監禁されてるって想像してたもんね」「私も!」「壁も床も土だと思ってた」
いやいや、カタコンベじゃないんだから。タコ部屋ぐらいで勘弁してやって下さい。
最後にユースホステル美荷樓(メイホーハウス)に移動して、併設されている生活展示館で60年代の団地の部屋の狭さを実際に見学。多分、ニール君が監禁されていたのはこんな部屋なのでしょう。当時はこの広さに2〜3人で住んでいたそうですよ。
いよいよ読書会の本番です。会場は美荷樓敷地内のレトロカフェ。
6人中4人がニール・ケアリーシリーズを初めて読んだということで、簡単に人間関係の説明からスタート。
ニールとグレアムの関係を知ると、そりゃあグレアムが来たらドアを開けざるを得ないよねと皆納得の表情。
「でもニールって流されっぱなしじゃない?」「本心が見えないって言うか」「信頼できない語り手だよね」
ナイーブな心を減らず口の陰に隠しているニール君ですからそう見えても仕方がないのですが、本人が耳にしたらナイーブな心がさらに傷つきそうな意見が続きます。
「どうせオレなんてって思ってそう」「絶対に経験不足だよね」「だから簡単に李藍に惚れて追いかけちゃう」「李藍はスパイとしてまったく有能じゃないのに」
…みんな酷い。
ちょっとはニール君を褒めてあげようよ。
「通訳の伍とのやりとりはよかったよね?」
「もしかしてニールに初めてできた友達なんじゃない?」「だから調子に乗っちゃって『決まりき●玉(一応女子的に伏字)』なんて教えちゃったのか」「でも自分が読める本を見つけてアガル気持ちは分かる。この作品にたくさん小説のタイトルが出てきただけで嬉しかったもん」
この辺は本好きには大いに共感できるようです。ニール君、ようやく名誉挽回か?
「でもこんなヤツが友達だったら面倒臭そう」
あああ。ニール君…。きみって人は…(そっと目頭を押さえる)
全体的な感想として上がった「犬の力」と全く雰囲気が違うという意見に、ウィンズロウを順を追って読んできた参加者から「犬の力」の方がそれまでの雰囲気と違って驚いたと言う声も。
社会的なテーマがウィンズロウならではの視点で捉えられているのはどちらも同じ。
そして読書会を一気にシリアスな話に転換させる一言が飛び出します。
「この作品に書かれているアメリカと中国の覇権争いって、現在進行形の問題だよね」
20年前に描かれたにも関わらず、古臭くないのはまさに今目の前で二つの大国が当時と同じように争っているからではないかとの分析です。
食料の生産力向上は即ち経済力の向上な訳で、その象徴であるペンドルトンを奪い合う両者と、その行方。ウィンズロウ慧眼であります。
また、この作品が書かれたのが天安門事件の3年後ということに注目する意見も出ました。
当時はまだそれを小説で大々的に扱うことができなかったので、代わりに中国でも失敗とされている文革を使って思想教育や人民を犠牲にする政治闘争を批判したのではと。
事象や時代の掴み方が巧いウィンズロウ。そんな仕掛けがしてあっても不思議ではないでしょう。本当のところは作者に聞くしかないわけですが、色々考えてしまいます。
だからこそ「視点を変えたサイドストーリーを読んでみたくなる」と言う意見も出るのですね。
中国側から見た今回の事件をウィンズロウはどう書くでしょうか。確かに読んでみたい。
最後にこの小説の重要な小道具となるあの本のラスト1行が気になって、図書館にそれだけを確認に行ったと参加者の一人が告白してくれました。
よかった! そんなことしたの世話人だけじゃなかった。
読書会後は会場近くの料理屋で香港ならではの料理を堪能し、さらにデザート屋に席を移し甘味に舌鼓を打ちましたが、どちらの席でもミステリーどころか本の話題が全く出なかったような…。って、きっと世話人が聞き逃しただけですよね?
以上、第1回海を渡る読書会(香港の部)のレポをお届けしました。
次回は来年ぐらいに、当初予定の課題図書を持って海を渡る予定です。
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よしだ熊猫(よしだ くまねこ) |
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旅と本とご飯を愛するイラストレーター。『楽しく学ぶ数学の基礎』『マンガでわかるメンタルトレーニング』等でイラストを担当。現在はお堅い某業界紙をほんの少し柔らかくするためのイラストを描いています。Twitterアカウント @beargart |