2024年2月24日(土)、ミン・ジン・リー『パチンコ』(池田真紀子訳)を課題書として、大阪翻訳ミステリー読書会を開催いたしました。
三連休の中日、前日も翌日もみぞれ混じりの冷たい雨が降ったというのに、参加者のみなさまがふだんから善行に勤しんでいるおかげで、なんとこの日だけめでたく晴れました。
課題書『パチンコ』は、オバマ元大統領の推薦本としてアメリカで大ベストセラーとなり、ドラマ化もされて大きな話題を呼んだ一冊。
物語が幕をあけるのは、日本が朝鮮半島を占領しつつあった1900年前後の釜山。
漁港で生まれ育ったソンジャが恋に落ちて、16歳で妊娠する。ところが相手の男に妊娠を告げると、「大阪に、妻と三人の子供がいるんだ」という返事がかえってきた。そこで別の男と結婚し、夫の兄を頼って海を渡る。日本に来れば豊かな暮らしができる。そう思っていたのに、大阪での生活は苦しく、しかも戦争が激化する……
と、ソンジャ一家に襲いかかる波乱を四代にわたって描いた大河小説です。時間軸でいうと、日清・日露戦争の頃から昭和が終わる1989年まで、朝鮮半島と日本の現代史を網羅している長編なのですが、参加者のほぼ全員が口をそろえて
・すごく読みやすかった、すいすいと読み進めることができた
と語っていました。
・ひとりひとりの個人をていねいに描いていることが印象に残った
との声も。この物語のキーワードのひとつが〈ディケンズの小説〉なのですが、『パチンコ』自体もディケンズの小説のように、三人称多視点で描かれています。数多い登場人物の内面が細かく描写されているのですが、まったく混乱することなく心情が頭にすっと入ってくるので、
・最初から日本語で書かれた小説のように読むことができた
という感想が多くあがりました。とくに登場人物が韓国語で話しているときは標準語で訳しているのに、日本語で話しているときは大阪弁で訳しているところに感服いたしました。
大河小説という要素にくわえて、「移民として受ける差別」がこの物語の大きなテーマであり、ソンジャの子どもたちが日本の学校でつらい思いをする場面も心に残ります。
・コリアタウンの近くで育ったので、学校でも在日のクラスメートとともに過ごしてきたが、それぞれが受けてきたであろう差別についてあらためて考えさせられた
と述べた参加者もいらっしゃいました。
・物語の終盤では、マイクロアグレッションが気になった
という意見も。あからさまな差別は減っても、無意識の差別や偏見はまだまだ社会に残っています。それでもこの物語の大きな特徴として、
・極悪人は出てこない
・いい人/悪い人という二元論で人間を判断していない
・日本を単純に批判する内容ではなく、日本人のなかにもいい人もいればそうではない人もいると登場人物が語っているところがよかった
と、公平な視点が貫かれている点に多くの参加者が好感を持ったようでした。
ネタバレになるので詳細は書けませんが、ある登場人物の悲劇、この小説のクライマックスとも言える事件について、どうしてそうなってしまったのか、回避できなかったのか? と全員で考えて、
・自分ではないものになろうとしたから悲劇が起きたのではないか
という意見に納得しました。そこから続いて、ラストはこれでいいのか、尻切れトンボではないか? と語り合い、たいへん興味深い議論になりました。
タイトルの「パチンコ」の意味についても考察しました。もちろん、登場人物がパチンコ屋に就職するからなのですが、物語のなかで釘を調整する場面があるように、パチンコ玉が釘に当たって右や左に転がり、思いもよらぬ方向へ進む……という光景が、人生や運命の象徴としてタイトルになっているのだろうと意見が一致しました。
1980年代になって、登場人物がアメリカを夢みる場面が出てくるのですが、アメリカが憧れの象徴だった時代を知らない若い参加者からは、「どうしてアメリカに憧れるのか理解できなかった。日本より差別がひどいのに」との疑問も。
好きな登場人物について尋ねたところ、ソンジャの義姉キョンヒが圧倒的に人気でした。また、この物語の鍵を握るコ・ハンスについても、意外にも好意的な意見が多かったです。
心に残った場面としては、食べものにまつわるくだりが多くあがりましたが、外国人登録に行くエピソード、そしてソンジャの母ヤンジンのあの衝撃的な台詞といったら……などなど話が尽きないまま、あっという間に二時間が経過。
ということで、最後に〈『パチンコ』の次に読むべき一冊〉を、みなさんにあげてもらいました。
- 三浦綾子『氷点』(角川文庫)
- つかこうへい『広島に原爆を落とす日』(光文社文庫)
- 紫金陳『検察官の遺言』(大久保洋子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)
- デニス・ボック『オリンピア』(越前敏弥訳 北烏山編集室)
- ウェイ・チム『アンナは、いつか蝶のように羽ばたく』(山本真奈美・冬木恵子訳 アストラハウス)
- 深沢潮『ひとかどの父へ』 (朝日文庫)
- グカ・ハン『砂漠が街に入りこんだ日』(原正人訳 リトル・モア)
- ゼイディー・スミス『ホワイト・ティース』(小竹由美子訳 中公文庫)
- ク・ビョンモ『破果』(小山内園子訳 岩波書店)
読書会のあとは鶴橋へ移動。地元で翻訳小説の聖地巡礼ができる貴重な機会です。
大阪コリアタウン歴史資料館では、まさにコ・ハンスが乗っていたと思われる済州島と大阪の連絡船の写真や、大阪に朝鮮人街が作られて現代に至るまでの歩みが展示されていました。
それからコリアタウンを散策しました。人気のキムチの店やホットクやトッポギの屋台には長い行列ができ、韓国コスメやK-POPアイドルの店は若者でごった返していました。一見、ソンジャが暮らしていた時代から様変わりしたように思えますが、路地を一本入ると、戦争や差別の記憶がまだ色濃く残っているのでしょう。
懇親会ではチヂミに韓国風おでん、サムギョプサルなどを食べて、さらには韓国風のおむすびに仰天しつつ、『パチンコ』の世界を隅から隅まで堪能した一日でした。
さて、次回の大阪翻訳ミステリー読書会は7月を予定しています。
毎度毎度言っていますが、読書会初心者も常連の猛者も大歓迎ですので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
大阪読書会世話人
信藤 玲子 (tX(旧ツイッター)アカウント:@RNobuto)