翻訳ミステリー名古屋読書会登山部
木曽駒ケ岳『シブミ』読書会レポート〈後編〉
(前編はこちら)
冒険小説の金字塔『シブミ』。
ミステリー小説でありながら、囲碁、スポーツとしての洞窟探検ケイヴィング、バスク問題なども掘り下げられ、主人公の暗殺請負人ニコライ・ヘルの世界観が語られる不思議な作品である。
最近中央モンゴルの砂漠に植樹に行ったTさんが口火を切った。
「面白くなくはない」
なかなか慎重な出足。
「岸川さんとニコライのかかわりがよい」
「バスク人のル・カゴがファンタジー小説に出てきそうなキャラクターである」
そして
「ベッドシーンがちょっと……すぎ?」
ベッドシーンは結構出てくるが、普通のベッドシーンを期待して読んだら困惑するかもしれない。
全身グランパス君のCさん。
「空港銃撃戦のビデオ検証のところが面白かった」
「上海時代はさくさく進んだが、その後はちょっとしんどかった」
「日本の女性をすごく理想的に描きすぎ」
われわれ日本女子達は、深く頷く。
「日本の文化に憧れがあるのだろうか」
かくれ赤ヘルKさん。
「前半と後半で印象がちがう」
そう、『シブミ』は上下2冊の長編なのだ。
「岸川さんはモデルがいるのではないか」
岸川さんいい味出してました。
「バスクの特徴がよく出ていた」
「ラスト、人が……過ぎ。面白かった」
ラストは山田風太郎的との声が。
夜必ずジムに姿を現すIさん。
「冒頭で良い人と悪い人の区別がつかなくて少し混乱した」
始まりは濃いおじさんたちの作戦会議からで、確かにこちらも踏ん張りどころである。
「おもてなしに自分の女を差し出すのはどうよ」
われわれ登山部女子も非難ごうごうであるが、あらゆる方面から非難される行為であろう。
「グリーンボールってなに?」
食べ物であるが、誰もこの答えを知らなかった。
さてさて「シブミファンクラブ」隊長Kさん。
「おれはこのシブミの説明している箇所が好きだ」
「この説明している文には本当に心を打たれる」
「登場人物のセリフも菊池光調で実に良い」
セリフの語尾が「〜なのだ」で終るバカボンパパ風の事なのだ。
「読みにくさを感じないでもない翻訳も自分は好きである」
それが好きか嫌いかは読者が決めたらいい、ときわめて真っ当な感想なのだった。
それからフリートークで当時のイスラエルの立ち位置や、バスク人のル・カゴについて話す。
知っているバスク人をひとり上げよ、と言われたら皆ル・カゴと答えるだろう。
そしてK隊長は自分の好きな部分を1ページほど朗読して、皆それにしんと聴き入ったのである。
すがすがしい空の下、神聖な木曽駒ケ岳の頂上で敬愛する作品の朗読。
K隊長は気持ちよかっただろう。
ざっくりまとめとして、『シブミ』はストーリーの進行がちょっとバランス悪くイライラさせられるところもあるが、日本その他の文化を緻密に掘り下げて書いた作者への敬意の気持ちを感じた読書会であった。
なお姉Mさん、カメラマンYさん(重い機材を背負ってくれて本当にありがとう)は「ほほえみ頷き隊」として参加された。
お二人は是非札幌読書会に参加して欲しい。
登頂、読書会のミッションも無事終了し下山。
下山の途中、デンジャラスな岩山宝剣山に4人が挑戦。
上級者向けの尖った恐ろしげな山である。
鎖を使いながら、3点確保を片時も忘れずによじ登る。
『シブミ』で登場する洞窟探検ケイヴィングと同じだ。
上に行くか下に行くかだけのちがいである。
そして砂漠に植樹のTさんとK隊長が見事登頂成功。
尖った頂からの眺めは、さぞすばらしかったにちがいない。
きっと叫んだだろう。
山が(ミステリーが)すきだーっ!
<Kより補足>
覆面作家トレヴェニアンが1979年に発表した『シブミ』は、全編を通して日本への限りないリスペクトに溢れた話である。ちなみに僕が木曽駒ヶ岳頂上で朗読したのは、岸川将軍が主人公ニコライに「詫び」「寂び」「渋み」とは何かを語る場面(上巻P119あたり)。何度読んでも震える名文であり名訳だと思う。
2011年にはドン・ウィンズロウによる続編『サトリ』が発表されました。
さて、登山部は来年、初めて参加者を募集して長野県阿智村で「星空読書会」の開催を予定しております。
目指すは標高1,739メートルの富士見台。でも、「登山はちょっと……」って方にはロープウェイという手もあります(世の中たいていの問題は金で解決できる)。
読書会して料理して宴会して星空を堪能してご来光を拝んで帰ってくるというスペシャルな一泊コース。あなたの参加をお待ちしています。
きくちか @kikuchika1209 |
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札幌在住。趣味は読書、ダンス、太極拳、時々登山。 特技はなし。無職。ちまちました遊び人です。 好きな言葉「あっしには言い訳なんぞござんせんよ」(木枯し紋次郎) |