みなさま、こんにちは。フランス発ミステリー、『死者の雨』をご紹介します。前作『氷結』(訳者は土居佳代子さん)に続く、セルヴァズ警部シリーズの2作目です。

 主人公のセルヴァズは、フランス南西部の都市トゥールーズの司法警察に勤める警部。1作目の『氷結』では、衝撃の“殺馬事件”を皮切りに起きた連続殺人事件を、まさに体当たりの捜査で解決しました。
 今作でも、セルヴァズ警部の体当たりの捜査は健在です。むしろグレードアップしたと言ってもいいでしょう。事件が起きて幕が下りるまでの約1週間、セルヴァズはとにかく動いて動いて動きまくります。あまりに密度の濃い1週間に、訳しながら「これはベルナール・ミニエ版『カラマーゾフの兄弟』なのだろうか?」と心のなかで突っ込んだほどでした。

 あらすじを少しだけお伝えすると――前作の『氷結』から1年半後。フランス南西部の静かな学園都市で、名門高校の女性教師の変死体が見つかります。容疑者として捕まったのは、現場にいた教え子の17歳の少年。実は、この少年は、セルヴァズがかつて愛した女性の息子でした。それだけでも複雑な事情なのに、捜査を進めるうちに、悪名高い連続殺人鬼の影もちらつきはじめます(『氷結』を読んだ方にはおわかりですね。そう「例のあの人」です)。そのうちに第2の恐ろしい犯行が起き、新たな容疑者も浮上して……。いったい犯人は誰なのか? 死体に施された「演出」の意味は何なのか? セルヴァズは真実を求めて突き進みます。

 こうした謎解きと絶妙に絡み合いながら、本作ではセルヴァズ警部の過去も明らかになり、「人間セルヴァズ」の部分も実によく伝わってきて、それがまた面白い! セルヴァズという人は、優秀なくせに、ときどき情けないところがあって、そこもいい味だったりするのです。捜査のために潜水をしたいと自分から強く希望していたのに、いざ潜るとなると怖じ気づき、どんどん潜りたくなくなって尻込みしてみたり(ちょっと可愛い)。愛する人に裏切られて傷ついた心を、別の女性に癒してもらおうとして、実際に会いにいってから「いや、こんなことをしてはいけない」とあたふたしてみたり(ダメ男ぶりが妙に可愛い)。
 いえ、もちろん、基本的にセルヴァズ警部は捜査においては優秀です! 上層部の命令などどこ吹く風、権力をふりかざす人間に立ち向かう姿も気持ちよく、シリアスな事件の謎に身を呈してぶつかっていきます(そう、事件は非情なまでにシリアスなのです)。ときには無鉄砲にも見える行動をとりながら、真実へと向かっていくセルヴァズ。事件から1週間がたち、すべての謎が解かれたとき、そこには胸をつくラストが待っているはず……。ちなみに、ラスト近くでは3度ほど、泣きながらキーボードを打っておりました。

 最後に、セルヴァズ情報をもう一つ。これは前作の『氷結』に書かれていますが、セルヴァズ警部の星座はやぎ座です。確かに、あの粘り強さはやぎ座っぽい。ついでに、血液型は何だろうと想像してみたのですが、あの行動力から判断するに、O型ではないかと勝手に推測しています。はたして、みなさまのなかのセルヴァズは、やぎ座の何型になるでしょうか?
 ということで、『死者の雨』、どうかお楽しみいただけますように。

訳者注:もちろん、登場人物はセルヴァズ一人だけではありません。ここでは紹介できなかった魅力的な人たちがたくさんいます!】

坂田雪子(さかた ゆきこ
 苦手なものは毛虫と日本の怪談。外国の怖い話は遠いところの出来事なので、安心して読める。好きな動物はカピバラ。去年、『アルパカ探偵、街をゆく』(喜多喜久著/幻冬舎文庫)を見つけて以来、どこかでカピバラ探偵も誕生してくれないだろうかとひそかに願っている。
■担当編集者よりひとこと■

 ベルナール・ミニエといえば、いまやフランス国内で押しも押されもせぬ人気作家のひとり。警部セルヴァズの事件ファイル第1弾『氷結GLACÉ)』は、優れた新人に贈られるコニャック・ミステリ大賞を受賞、今年1月にはフランスのテレビ局M6によって同作が連続ドラマ化され、セルヴァズ・シリーズを含む過去5作品の国内発行部数は累計150万部にのぼるという。
 雪と氷に閉ざされた山間の村が舞台の『氷結』ではどことなく北欧ミステリーのにおいをまとっていたミニエですが、今作『死者の雨』は一転、英国オックスフォードあたりが舞台の正統派ミステリーを思わせる雰囲気。さらに本編中、セルヴァズの高校生の娘が活躍するシーンでは青春小説のような一面も垣間見えます。この多面性はどこからくるのだろう? そう思って著者ウェブサイトを覗くと、バイオグラフィに好きな作品や影響を受けた作家たちの名前がずらり。たとえば――

1967/68:『ロビンソン・クルーソー』と出会って「作家になる!」と啓示を受ける。
1976:アイザック・アシモフ、コナン・ドイル、フィリップ・K・ディック
1982:スペイン時代。カミーロ・ホセ・セラ、ミゲル・デ・セルバンテス。
1984:パリに移住。ジョン・ル・カレ、ジェイムズ・エルロイ

 ――といった具合。純文学からミステリー、SFまで幅広く網羅したミニエの好みが作品に投影されているのだなと合点がいきました。
“こじらせ警部”セルヴァズをはじめとする個性的なキャラクター陣がシリーズをつなぐしっかりした糸になっていて、決してぶれることないのにマンネリすることなく毎回新鮮な驚きを感じさせてくれる。そのあたりが、ミニエの大きな魅力のひとつなのかもしれません。
 余談ですが、著者ミニエのインスタグラムのアカウントを見ると、綺麗どころの読者が自身の作品を持った投稿へのいいね!がバンバン…これぞフランス男? 興味がある方はぜひ覗いてみてください。

(ハーパーコリンズ・ジャパン 担当O)




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