第十五回翻訳ミステリー大賞受賞者のコメントが届きましたので掲載いたします。ク・ビョンモ『破果』を翻訳された小山内園子さんからの、受賞のおことばです。
贈賞式の壇上でお話しいただいている受賞作の訳者氏のお姿を想像しながら、お読みください。
初めて『破果』原書の1ページ目を読んだとき、長いセンテンスが漂わせる独特の濃厚さに魅せられました。誰もが<老女>と疑わない姿を擬態しつつ、人を殺して、また自分の日常に帰っていく。濃厚でいて、さらり。その章を読み終わった時、絶対にこの文体を日本語で再現してやる、と意気込んだことを覚えています。作業は簡単ではなく、それは出版にこぎつけるまでの旅程も同じでした。いつ日本に紹介できるかもわからないのに、食うための仕事を終えた真夜中、ひたすら本作の訳文を推敲していました。密かで孤独で豊かな時間でした。
『破果』は、個にして孤、の生きざまを描く物語でもあると理解しています。老境にさしかかって、自分のものだと思っていた感情や身体さえ、思うようにはならない。その時あじわう「一人」という感覚や孤独の深さを、殺し屋という一般社会に背を向けた究極の「個にして孤」の職業を通じて描いているのだと。誰に読んでもらえるかもわからないままに訳文を推敲していたあの時間は、本作の訳者としては必要不可欠な作業だったと、改めて思っています。
多くの方にク・ビョンモ著『破果』を読んでいただけたこと、翻訳ミステリー大賞にお選びいただいたことを、深く感謝いたします。韓国文学である本作が大賞を受賞した意義もまた、噛み締めています。
今後も多くのすばらしい作品をお届けできるよう、翻訳者として精進を重ねてまいります。まずは、近々刊行予定の『破果』の外伝、ク・ビョンモ著『破砕』で、10代の爪角(チョガク)の物語をお楽しみいただければ――。
このたびは、本当にありがとうございました。
小山内園子
●第十四回大賞受賞作
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