そろそろまた、自分でも読書会を主催してみようかしらん。
 せっかくだから会場も、翻訳ミステリー好きな人が関心を持つようなところにしたらいいのではなかろうか。
 そこで会場に縁のある小説を読むと、また楽しさも倍増したりして。

 そんなことを昨年から考え始めておりました。あ、こんにちは、杉江松恋です。
 翻訳ミステリー・ファンが関心を持ってくださって、しかも小説に縁のある場所というと。

 そうだ、大使館だ。

 思いついたが吉日ということですぐに連絡を取ったのがスウェーデン大使館でした。こちらのノーベル講堂では2016年に翻訳ミステリー大賞贈賞式のコンベンションも開催させてもらっており、当シンジケートがたいへんお世話になっているということはみなさんもご存じの通り。そんなわけでお願いしたところ快諾をいただき、2月27日に無事開催の運びになったわけです。お世話になった大使館職員のみなさま、本当にありがとうございます。

 迷った挙句課題作に選んだのはスティーグ・ラーソン『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)でした。超人気作であり、既読の人も多いはずですが、だからこそ集まって本について話し合う楽しみもあると判断し、この本にいたしました。本当のことを言うと、2月に翻訳が出たレイフ・GW・ペーションの「ガラスの鍵」賞受賞作『許されざる者』(創元推理文庫)という選択肢もあったのですが、本が出てから1ヶ月もないというのはちょっと読んでもらうにはきついかな、と考えなおし『ミレニアム1』に決めました。ご存じのとおり〈ミレニアム〉シリーズはスティーグ・ラーソンのデビュー作であり遺作でもあります。本国で爆発的なヒットを記録した後に多数の言語に翻訳され、ミステリー界に北欧ブランドあり、と世界中に知らしめました。

 もうすでに説明の必要はないかもしれませんが〈ミレニアム〉とはシリーズ主人公の一人であるミカエル・ブルムクヴィストが主筆と共同経営者を務める批評誌の題名です。第一作『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』はそのミカエルが破滅一歩手前の窮地に陥り、起死回生の手段としてある謎解きに挑むというものでした。同作で彼の助手的な立場として登場したのが謎めいた女性、リズベット・サランデルです。以降の作品では、彼女がミカエルを押さえて主役の座に立ち、数々の事件に遭遇することになります。『ミレニアム2 火と戯れる女』では彼女の生い立ちにまつわる因縁譚が明かされ、それを断ち切るための闘いが描かれます。続く『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』はその闘争のために刑事裁判の被告となったリズベットを、ミカエル他の支援者が救うという法廷小説的な展開でした。このように、1~3でそれぞれまったく異なるタイプの物語が展開されるのが、エンターテインメント小説としての〈ミレニアム〉の優れた点でもあります。

 ……というようなお話から読書会は始まりました。スウェーデン大使館のアダム・ベイェさんによるご挨拶のあと、会に参加してくださった書評家の川出正樹さんと杉江が導入のトークとして、短いお喋りをしたのです。会場では事前に配ったアンケートの結果を集計したプリントを配布しておりましたので、そのあとは印象的なご回答をくださった方にそれぞれ発言していただく形で、さまざまな意見をご紹介していきました。

 以下にアンケートの設問と、書いていただいたご意見をいくつか抄録します。

1)『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』のご感想

思いが強くて一言では言い表せませんが…強い女性の象徴のようなリズベットだけでなく、周りの女性もそれぞれのたくましさを持っているところがミレニアムの一番の魅力だと思っています。(新井りのさん)

国と個人が濃厚に描かれており、重厚な物語を堪能しました。(はのさん)

うわさには聞いていましたがリスベットがとんでもなく破天荒で、とてつもなく魅力的でした。あの、肉体関係に関するふわっとした気軽さみたいなものは、お国柄なんでしょうか…。(いがさん)

 

2)スウェーデンという国、あるいはスウェーデン・ミステリーに関して感じられたことをなんでも

スウェーデンと言えば、オーロラ、ノーベル賞、美しい街という印象。中学生の頃、スウェーデン刺繍をした事があります。行ってみたい国です。スウェーデンミステリー、暗い印象ですが、ひとつひとつ事件を追っていく過程が魅力的です。(あきらさん)

マルティン・ベックではまだ遠い国だったスウェーデンですが『ミレニアム』を読んで以降ミカエルやエリカの歩く街、暮らす国になりました。(谷口倫子さん)

王室がある国ということで、フワフワした親近感を持っていました。この読書会を機会に、いろいろ知りたいと思うようになりました。(高山由香さん)

 

3)『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』を読んだ方に、次はこれ、と紹介したい本をなんでも

やはり『特捜部Q』シリーズではないでしょうか。特に第四作目の「カルテ番号64」は現代社会が女性に対してどのように向き合ってきたか、という『ミレニアム』にも通じるテーマが潜んでいると思います。(佐々木惣さん)

シニア層には、スウェーデンミステリといえば、マルティン・ベックシリーズ。今でも、コルベリ、ルンらの登場人物は、キャレラやマイヤーなどと同じ様に覚えています。従って、おススメはベックシリーズの代表作「笑う警官」(ヴァールー&シューバル)です。(田中宏さん)

北欧ものならジョー・ネスボのハリー・ホーレ・シリーズ。たっぷり中身を詰め込んだ作品がお好みの方には、『マプチェの女』やデニス・レヘイン『闇よ、我が手を取りたまえ』『愛しき者はすべて去りゆく』を。(リリイさん)

 

 読書会は途中、各テーブルごとに分かれて『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』でいちばんの名場面は何か、を話し合ってもらいました。グループごとに発表していただいたのですが、その中で、

これしかない、と全員一致したのがリズベットの復讐場面だったのですが、他のみなさんの発表を聞いたらまったく出てこなくてびっくり。絶対これしかないよね、とその場面の話しかしていなかったのに!

というご意見があって会場中で爆笑しました。お読みになった方なら「リズベットの復讐場面」が何を指すかはおわかりですよね。

グループに分かれて議論中。どんな場面が好き? とお話ししています。

 

 グループ発表の後はふたたび全体で感想や意見を発言していただき、約1時間半で楽しい読書会は終了しました。最後に再びアダム・ベイェさんからご挨拶をいただきましたが、

本日はスウェーデンについてとてもいいこと、綺麗だとか、いいイメージがあるといったご発言がありました。またその反対に悪いこと、犯罪大国であることを初めて知った、というようなご意見もありました。でもその真ん中、ごく普通の生活というのがみんなの暮らしているスウェーデンですので、ぜひそれについても知っていただきたいと思います。

 というくだりが印象に残りました。なるほどたしかにそのとおり。読書会に参加された方は、自分の目で「普通のスウェーデン」を見てみたい、と感じられたのではないでしょうか。両国の文化交流のためにちょっとでもお役に立てたのであれば、世話人としては光栄です。ちなみに2018年はスウェーデン・日本の外交関係樹立150周年にあたり、さまざまなイベントも企画されています。ミステリー関係でもまた何かお手伝いできることがあるかもしれませんので、その際にはぜひご参加ください。

 以上、「スウェーデン大使館でスウェーデン・ミステリー読書会」のご報告でした。これからも不定期でイベントを開催していこうと思っています。各国大使館のみなさま、では次はうちで、というようなお誘いも期待しております。

今回お世話になったアダム・ベイェさん。手に持っている『許されざる者』の解説は私が書いたのですが、ちらっとベイェさんのことが出てきます。

スウェーデン・日本外交条約締結150周年記念のフラッグ。今年はいろいろなことがある予定なので要チェックです。