翻訳家・越前敏弥さんと福井在住の作家・宮下奈都さんを特別ゲストにお招きし、12月15日(土)読書会を開催しました。金沢市生まれの越前さんですが、物心ついてから(越前さんなのに)福井には来たことがないとのことで、(無理やり?)福井での開催を決行しました。『元年春之祭』で話題沸騰中の作家・陸秋槎さんも金沢からご参加。司会・進行担当の北田絵里子さんはじめ金沢読書会の面々にもご協力いただき(前夜の金沢、謎屋珈琲店でのトークイベントにも多くが参加なさったそうです)、地元からは4名のみでしたが、石川、富山はもとより、愛知、滋賀、大阪、兵庫、千葉からも駆けつけてくださいました。お天気にも恵まれ、全員が早々に揃い、なんと定刻5分前の開始となりました。
課題書は、越前さんの訳書から、スティーヴ・ハミルトンの『解錠師』
【これってミステリー?】
海外ミステリーはあまり読まない、カタカナの名前が頭に入ってこないので翻訳ものは苦手という人からも、今回の課題書は、ミステリーっぽくなくて、残酷な要素もなく読みやすかった、海外ものなのに違和感なく読めた、日本の小説を読んでいるような感覚だったという感想がでました。他方で、どこかにミステリーがひそんでいるに違いない、叙述トリックが仕込まれているのでは? と深読みした人もちらほら。日本語がよみやすいのはもちろん越前さんの手腕ですが、いい意味で予想を裏切られる、ともかく満足感の高い作品だったようで、翻訳もの初心者にもおすすめの一作といえそうです。
【時系列】
本書は、現在、過去、大過去の3つの時を行きつ戻りつしながら、平行してストーリーが進行しますが、それに関して、ややこしい、混乱するという声も聞かれましたが、見事な構成、何があったのかと興味をかきたてられ、どんどん続きが読みたくなるという好意的な感想が多数。時系列に読んでみたい衝動に駆られたけど断念した人もいるなか、実際まとめて読んでみたという強者もいて、エピソードがうまくつながらないところがあった! という鋭い指摘も。主要なストーリー(1.アメリアとの出会い 2.ゴーストのもとでの修行 3.トラウマの原因)を分散させ、山場が何度もくるようになっているとの意見には、みなさん激しく同意。
越前さんからは、時系列をいじることで、読者の興味をつなぐのが本作の最大のミステリーではないか、とのご意見。作品の構造を解錠していくのもこの作品の楽しみのひとつですね。
【解錠シーン】
注目が集まったのは、やはり解錠・金庫破りシーン。語彙が専門的でイメージがしづらかった、という感想もありましたが、描写が魅力的(官能的という方も)、うっとりしてしまう(文字を読んでこそ!)、金庫破りを書きたくて書かれた小説ではないかという人も。越前さんによると、解錠場面は詩のように読んでもらいたくて、リズムを意識して翻訳されたとのこと。
本書に刺激を受け、ネット上の動画を見ては解錠にチャレンジしてみました、とダイヤル錠をじゃらじゃら取り出す参加者も。今回はその場で実演とまではいきませんでしたが、福島読書会では金庫での実演もあったそうですね。
【美少年キャラ】
主人公がイケメンだったから読みがいがあった、イケメンだから許されるけど、これって犯罪だよね~などと俄然盛り上がったのがこの話題。設定がアニメ的で「キャラ萌え」する作品だと熱く語られたのは陸さん。だから日本人にも受けるんですね。緘黙の美少年、絵を描く才能をもち、どんな鍵でも開けられる、ここまでキャラが立っている人物は「よほど勇気がないと書けない」とは宮下さん。
現在販売中の文庫版カバーには、幼いマイクルが出ていますが、「ハヤカワ文庫の100冊フェア」(2014年)用カバーには、ラノベ風イケメン青年(=〝現在″のマイクル)が登場(画像検索してみてください!)。当時3~40歳台の読者が増えたとのことですが(表紙デザインの影響力大ですね!)、この雰囲気だと「ロック・アーティスト」(原題より)のほうがしっくりくる感じ。越前さんもおっしゃっていましたが、たしかに「解錠師」だとちょっと「おやじくさい」ですよね。
【映像的な作品】
美しいのは主人公だけではありません。作品自体が映像的で、とりわけアメリア登場シーンの美しさには絶賛の声。ばっちり映像が浮かぶシーンがあって、そこがたまらない、変わったところでは作品中「匂い」を感じたという鼻がきく人も。映像化を望む声はやはり多く、「マイクル役はだれ?」ネタでも、女性陣を中心にひとしきり盛り上がりました(詳細は控えますが……)。
【漫画】
マイクルとアメリアの漫画を通したやりとりが大好評で、ほほえましい、どきどき、きゅんきゅんする、まさに青春、せつない~といったコメントが寄せられました。交換日記みたい、懐かしい~と遠い目になっていた女性も。漫画そのものを読んでみたかった、という声に同調する人多数で、本文中に挿入してあったらよかった、日本語版特典でどうでしょう? という提案まで飛び出しました(編集者に伝えます、と越前さん)
【成長物語】
青春小説としても楽しめる作品ですが、主人公の成長する物語として、宮下奈都作『羊と鋼の森』を引き合いに出される方も。師匠のもとで修行を積む、感覚をとぎすませ、神経を集中しておこなう仕事という点では、解錠師とピアノ調律師はたしかに似ています。そういえば宮下作品はどれも成長物語ですね、という声を受けて、ご本人からは、作中人物が成長していかないと意味がない。書くのも読むのもつらい。とのコメントが(語り手マイクルがいかに「すこやか」であるかについても熱く語ってくださいました)
【おすすめ青春小説】
越前さんによると、MWA最優秀長編賞受賞作品(『解錠師』もそのひとつ)は、だいたいミステリーらしくないものが多く、はずれはないとのことですが、一押しは、ジョン・ハート『ラスト・チャイルド』、『川は静かに流れ』。ほかの参加者からは、ケイト・モートン『秘密』、『忘れられた花園』などもあがりました。
25人とかなり大規模な読書会で、おひとりずつ感想を述べてもらうだけで(ここでは紹介しきれませんでしたが、それぞれユニークな25通りの感想が出ました)、あっという間に時間が過ぎ、まだまだ話題は尽きず、といった感じでお開きに。
その後は会場を移動し、「越前敏弥×宮下奈都トークイベント」へ。こちらも県内外から多数のご参加をいただき、書籍販売、サイン会も大変な盛り上がりようでした。読書会から懇親会までフルコースの1日。みなさん、どうもありがとうございました。
ゲストのおふたりからご感想をいただきました。
*宮下奈都さんから*
興味深い時間でした。全国各地からわざわざ福井まで馳せ参じてきた読書の猛者ばかりの会で、これほどさまざまな(お互いに相容れないような)意見や感想が出てくることに衝撃を受けました。そこが読書会の醍醐味なのでしょうが、小説の書き手側からすると、どんなに細心の注意を払って書いても、人は読みたいようにしか読まないのだという事実を突きつけられた気がしたのです。とても勉強になりました。もはや人の意見や感想を気にする必要はないのだと、あらためて感じました。どうもありがとうございました!
*越前敏弥さんから*
全国から集まってくださったみなさん、ありがとうございます。ずいぶん前に訳した作品ですが、こうやって課題書にしてもらえると、いろいろな思いがよみがえります。『解錠師』にかぎらず、読書会などで読みつづけてもらうことで、作品は新たな生命を与えられていくのだと思います。
お忙しいなか特別参加してくださった宮下さんは、あまり感想を言えずにいる参加者にさりげなく声をかけるなど、予想どおりにやさしくすてきな人でした。陸さんはとてつもなく博識で、かつ、予想どおり、とてつもなく変なやつでした(笑)。
ぜひまた福井でも金沢でも、読者のみなさんとお話ししたいです。