■悪女VS悪女、リリーとミランダの闘いが魅力■

~ピーター・スワンソン『そしてミランダを殺す』



 
この小説はありきたりの殺人ミステリじゃない」――ネルソン・デミルによるそんな賛辞に心惹かれて、原書を読みだしたときは、大いに期待がふくらむ一方、「どうだかね」と疑う気持ちもかなり強かったのですが……。
 やられました! 一度目は「えーッ! どうなるんだ、どうなるんだ、どうなるんだ~ッ」と一気読み。二度目に読んだとき、つまり、翻訳したときは、その組み立てのみごとさに、しばしばキーボードを打つ手を止めて虚空を見つめ、「よくできてる……」と感嘆。そこには、絶妙に設計された美しい建築物を見ているような感動がありました。原書カバーでは、Clevery written (巧妙に書かれている)と評されていたけれども、私はこれを Beautifully written と讃えたいと思います。
 物語は、男女四人のモノローグによって進行します。語り手が交代すると、ひとりの人物、ひとつの出来事の新たな側面が見えてきて、立体パズルのように全体像が構築されていく仕組みです。よくある手法ですが、本作においては、その手法がこれ以上ないくらい効果的に使われていて、いやがうえにもサスペンスを盛り上げるのです。

 では、どんなストーリーなのかというと――

 出張帰りの男が空港のバーで知り合った女に、ゆきずりの気軽さから、妻の浮気を知ってしまったことを打ち明ける。見知らぬその女、リリーは「愛を裏切る者は死に値する」と言い切り、やがてふたりは男の妻ミランダの殺害計画を立てはじめる……

 偶然の出会いから赤の他人同士のあいだに共犯関係が生まれるというこの設定に、パトリシア・ハイスミスの『見知らぬ乗客』を思い出す方も多いのではないでしょうか。それも当然。作者のピーター・スワンソンはハイスミスの大ファンで、本作は『見知らぬ乗客』へのオマージュなのです。設定以外にも、ハイスミスの影響を感じさせる部分はあちこちに見られます。読んでいるあいだ、私の頭には絶えず『愛しすぎた男』のイメージが去来していました。ミステリ・ファンならば、そんなところにも興味を惹かれるのではないかと思います。
 
 と言っても、ハイスミスの影響が本作の売り、というわけでは決してありません。『そしてミランダを殺す』には独自の面白さがたっぷり詰まっています。偶然出会った男女の殺人計画に端を発する、殺す者と殺される者の攻防、先の読めない展開は、実にスリリングですし、男女四人のモノローグは各人各様の語り口でぐいぐい読み手を惹きつけます。特に、序盤から中盤の加速がすばらしい。リリーの語りで、彼女がどういう女であるかが明かされていく過程は、目が離せません。
 そしてさらにすばらしいのが、ふたりのヒロインの人物造形です。セクシーで欲深で利己的なミランダ。霊的な美しさを持つ孤高のリリー。ともにソシオパシックながら、陽と陰、俗と超俗をイメージさせる対照的なこのふたりは、どちらも忘れがたい魅力に満ちたキャラクターです。ふたりとも自らの特異性を自覚し、それに伴う孤独を受け入れ、誰にも理解を求めず、誰もあてにしない。その潔さには悪なりの美しさを感じてしまいます。
 本作のいちばんの読みどころは、この悪女と悪女の闘い。ぜひ、作者の繰り出す時間差攻撃や陽動作戦に翻弄されつつ、リリーとミランダの、そして、彼女らとかかわった男たちのたどる道をはらはらドキドキ追いかけてください。
 
『そしてミランダを殺す』は、ピーター・スワンソンの二作目の長編小説です。本作で語り手たちが回想するいくつかのエピソードは、この作家が優れた短編小説家にもなりうることをうかがわせます。確かまだ三十代と若い作家ですので、これからいろいろ書いてくれそうで、私は期待しつつ注目しているところです。

務台夏子(むたい なつこ)
 翻訳家。訳書:オコンネル『クリスマスに少女は還る』、デュ・モーリア『鳥』『いま見てはいけない』『人形』(いずれも東京創元社刊)など。好きな小説家:いまはとにかくピーター・スワンソンに夢中。また、タイプはぜんぜんちがう作家ですが、Allen Eskens という人の作品を追いかけて読んでいます。さらに、デュ・モーリアの長編のなかに数点、翻訳をめざしている好きな作品があります。

 

■担当編集者よりひとこと■

20120628124233_m.gif  『そしてミランダを殺す』は、務台先生が「訳したい!」と思ってわたしに企画を持ち込んでくださった作品です。翻訳者さんから持ち込みを受ける機会はよくありますが、運よく翻訳権が空いていて、企画として成立することは珍しいです。
 
 務台先生から持ち込みをしたいですというご連絡をいただき、まずは作品の概要をまとめたもの(レジュメ)を読ませていただきました。あらすじの冒頭からすごく興味を惹かれ、たくさんラインマーカーを引きつつ夢中で読みました。そして最後まで読んで、ミステリとしての出来のよさにうなりました。レジュメの紙の隅には「とてもよい! ぜひやりたい」と走り書きがしてあります。
 
 務台先生に「すごく面白そうですね」という内容のメールをお送りしたところ、「もっとこの作品について語りたいです! と言っていただきまして、弊社会議室で魅力をさらにたっぷりと教えていただきました。
 
 その後、翻訳作業が終わって訳稿を読ませていただいたときに、「これはすごい!」と感じたのと同時に、「イベントで紹介できないだろうか?」と思いつきました。ここ数年、弊社では2月に「東京創元社 新刊ラインナップ説明会」というものをおこなっています。一年の目玉となる作品について編集者がプレゼンをおこない、ゲストに著訳者のみなさんをお呼びして魅力を語っていただく、というイベントです。このラインナップ説明会でぜひ本書を紹介したいな! と思い、務台先生にご相談して、ゲストとして参加していただくことになったのでした。出席をご快諾してくださり、ほんとうに感謝しております。
 
 そしていろいろ調整した結果、2018年2月21日の説明会当日、会場の物販コーナーで発売日に本が買える! という希望どおりのタイミングにもっていくことができました。この原稿を書いている段階ではいよいよ来週が発表会なので、とてもとても楽しみです。
 
 翻訳者さんと担当編集者が全力で取り組んだ作品です。ぜひたくさんの方に読んでいただけますとうれしいです! 

(東京創元社・S) 

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