ハーラン・コーベンというアメリカの作家、みなさん当然ご存知ですよね。一九九七年の『沈黙のメッセージ』(中津悠訳)が本邦初訳ですが、それ以降十冊以上訳されており、あちらでは新刊を出すたび、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに載り、ほぼ一度は一位にもなる大変な人気作家です。
 そういうこととは別に、このサイトをお読みの方にはおなじみの作家でしょう。翻訳家の三角和代さんがこれまでに何度も紹介してくださっていますから。
 ついこのあいだも、【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの? でほかでもない本作を取り上げてくださいました。
 まさにコーベン愛、本作の主人公ウィン愛あふれるすばらしい紹介文で、ここで私が屋上屋を架すような真似をすることもないのだけれど、とにもかくにも読んでいただきたい一心で、改めてお薦めしたいと思います――物語は、まずNCAA男子バスケットボールの決勝シーンから始まり、そのあとすぐ、優勝を争ったチームのコーチをウィンがぼこぼこにする――それも被害者に障害が残るほど――場面へと移ります。
 ウィンがそんなことをするのにはもちろん理由があるからですが、それだけでなく、そもそも暴力が好きなんです、この人。そこのところは本人も認めています、人に痛めつけられるのは嫌だが、人を痛めつけるのは大好きだと。加えて、これまた本人が認めてるんですが、セックスが大好きです。それも心のともなわない、ただ体だけのセックスがたまらんと。さらにさらに、恋愛感情なんぞはまるでおれには理解できん、とうそぶきさえしています。
 みなさん、もうすでに引きはじめちゃってます?
 わかりました、では、そこへ最後のひと押しを加えちゃいます。このウィン坊ちゃま、暴力フリーク、セックス・マニアというだけでなく、名家の出で、胸くそ悪いほどの大金持ちで、おまけにいい男で、モテモテなんです。
 こんな主人公、好きになれます? 
 普通なら、勘弁してくれよとなるところでしょう。
 ところがどっこい、そうはならない。ま、なる人もいるかもしれないけど。
 いずれにしろ、このウィンという主人公の特異なキャラそのものが本作の一番の読みどころで、そんなウィンのおしゃべりにつきあうだけでも、本作は一読の価値ありです。
 それにそもそも話が実に面白い。コーベン作品は全部面白いけど、本作はそんな中でも面白パワー全開の一冊です。話の先が読めないのは言わずもがな、加えてツイストてんこ盛り。そうそう、ワタシ的にはいわゆる全共闘世代の犯罪が描かれているのもなんかわけもなく、懐かしく嬉しかったです。
 巧みに張られた伏線が最後に見事に収斂し、ああ、そういうことだったのか、と気持ちよく驚きもし、安堵もする。これぞミステリー、これぞエンタメ!
 まあ、騙されたと思って読んでください。絶対損はさせませんから。解説はもちろん三角さん。解説でもウィン愛だだ洩れです!

田口俊樹(たぐちとしき)
 ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズ、バーニイ・ローデンバー・シリーズを手がける。趣味は競馬と麻雀。

 

■担当編集者よりひとこと■


 お待たせしました!
90~00年代にハヤカワ・ミステリ文庫から7作が紹介され人気を博した、「マイロン・ボライター」シリーズのスピンオフ小説『WIN』を、シリーズ最終巻の『ウイニング・ラン』からなんと20年の時を経て、日本の皆さまにお届けします。

 思えば4年前、弊社文庫からコーベンさんの作品を初めて刊行したのがノンシリーズの傑作『偽りの銃弾』。解説を書いて下さった堂場瞬一さんは実は大のマイロン・シリーズファンで、依頼をしたときも「あのマイロン・シリーズの!」と、二つ返事でご快諾下さいました。実際、解説の3分の1ほどはマイロンの話になり、末尾は「マイロン・シリーズの未訳部分も、また読みたい。日本未紹介のままで終わらせてしまうには惜し過ぎるシリーズ」と締めくくられ、半端ないシリーズ愛にこちらも胸を打たれたほどでした。

 今回の解説の冒頭で「マイロンとウィンならウィン一択」と言い切られた三角和代さんも、シリーズ愛では負けていません。推しへの愛が溢れんばかりの解説は、「これまでの長い歴史がさらりと詰めこまれた一冊が、あたらしいウィン推しをたくさん獲得することを心から願う。みんな、こっちにおいで」という呼びかけで結ばれ、もっともっとたくさんの人とウィン愛をわかち合いたい!という思いが伝わってきてじーんとしてしまいました。

 編集をしてみて、今さらながらいかに愛されているシリーズか、いかに日本再上陸を待ち望まれていたかを再認識し、それに携われる喜びと責任もひしひしと感じています。

 本作の魅力については、すでに田口先生が先に書いて下さったので多くは語りませんが、なんと言ってもウィンのキャラクター! これはもう、反則レベルです(笑)
 法で裁けない悪人を得意の武術でやっつけてしまうかっこよさに惚れ惚れする一方で、「この状況でもするんかーい!」と思わずツッコみたくなる、律儀にセックス好きなところなど、完全無欠の「冷血王子(by 三角さん)」が40代になり、いい感じに熟成され、ちょいちょい「人間くささ」を醸しだし、そのギャップ萌えたるや。
 もちろん、お洒落で粋なコーベン節を見事な日本語へと変換させ、一歩間違えると嫌味キャラになりかねない主人公を愛すべき存在にしてくださった田口先生の訳文も、ぜひお愉しみ頂きたいです。

 かつて胸キュン(←死語)した方も、お初にお目にかかりますという方も、この極上のスピンオフ小説は必読です。読まないときっと後悔しますよ、本当に!

(小学館 文芸編集室 皆川裕子) 



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