このたび初の単著となる『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』というちょっと風変わりな本を刊行することになりました。版元は東京創元社、発売日は12/18です(奥付上は2023年12月15日なので、早いところでは本日店頭に並んでいるかもしれません)。
 第二次世界大戦後に編纂された100近くにもなる翻訳ミステリの叢書・全集の中から個性豊かな顔立ちのものを訪れて、誕生の経緯や編纂の意図、収録された作品と作家にまつわるあれやこれやを徹底的に調査し味わい尽くした研究書兼ブックガイドです。と同時に翻訳ミステリとの半世紀近い付き合いを振り返り自分自身の体験を交えつつ、戦後日本で海外のミステリがどのように受容され浸透していったかを眺め考察したクロニクルでもあります。
 この本を書くに至った経緯や執筆意図、そしてどんな認定基準に基づいてミステリの叢書・全集であると判断したかについては、〈Web東京創元社マガジン〉に掲載されている「『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』まえがきにかえて[全文]」の中で詳しく語っておりますので、ぜひご一読ください。
 
 探訪した叢書・全集は以下の通りです。ご覧いただくとわかるように翻訳ミステリの叢書・全集と言われて真っ先に頭に浮かぶようなメジャーなものはあまり取り上げておりません。今年創刊70周年を迎えた世界最大級のミステリ・シリーズである〈ポケミス〉こと【ハヤカワ・ミステリ】も、古典ミステリ再評価の先鞭を付けた国書刊行会及び藤原編集室の【世界探偵小説全集】も本文中で何度も言及していますが、敢えて単独で俎上に載せることはしませんでした。というのも既に多くの先達によって様々な角度から調査・言及されてきたものや編者自身の口から編纂意図が詳しく語られているものよりも、翻訳ミステリ紹介史という側面から見て、これらのメジャーな叢書・全集と同じくらい重要であるにもかかわらずこれまでほとんど顧みられることのなかったシリーズに心引かれるからです。
 とは言え目次を眺めてみても馴染みのない名前が並んでいるだけですとあまり興味をもたれないのではないかと思いますので、各叢書ごとのキャッチコピーを考えてみました。

【異色探偵小説選集】
 ――退潮していた海外ミステリ紹介の動きをリブートした立役者。「新青年」という梁山泊で活躍した猛者たちが再結集した夢の砦

【六興推理小説選書〈ROCCO CANDLE MYSTERIES〉】
 ――あり得たかも知れない〈ポケミス〉のもう一つの姿。派手さはないが風情があり味わい深く堅固で隙がない燻銀

【クライム・クラブ】
 ――海外ミステリの新たな波を呼び込んだ“知的スマート”なセレクトに“洒脱スマート”な装釘。二人の異才・植草甚一と花森安治の奇跡のコラボ

【世界秘密文庫】
 ――収録作の原題も著者もすべて不明!? 色と欲に根ざしたサスペンスフルな犯罪小説に特化した、監修者の執念を養分に密かに咲いた妖しい花園

【Q-Tブックス】
 ――小鷹信光も企画に絡んだハードボイルドとスパイ小説になぜかSFが同居する不思議。B級の魅力に満ちた“キューティー”ならざるブックス

【ウイークエンド・ブックス】
 ――冒険小説、スパイ小説からブラックユーモア、性愛文学まで。六〇年代を席巻したエンターテインメントを素早く取り揃えた大手出版社の挑戦

【ケイブンシャ・ジーンズ・ブックス/ヒッチコック・スリラーシリーズ】&【松本清張編・海外推理傑作選】
 ――“サスペンスの巨匠”の名前を冠したアンソロジーをベースに日本で独自に編まれた対照的な二つの試み

【ゴマノベルス】
 ――装幀のインパクトは全ミステリ叢書中No.1。実用新書の雄が目指した「事実以上の“真実”を感じさせる」「“小説でない小説”」とは?

【イフ・ノベルズ】
 ――古典ミステリの短編集から最新映画のノベライゼーションまでが入居する雑居ビル。七〇年代後半の不穏で不可思議な世相の燦めきを放つ玉石混淆のモザイク

【ワールド・スーパーノヴェルズ/北欧ミステリシリーズ】
 ――《マルティン・ベック》シリーズのヒットからヘニング・マンケル上陸までの空白期間を埋める、北欧諸国ミステリを初めてまとめて紹介した貴重な取り組み

【海洋冒険小説シリーズ】
 ――生頼範義による美しくダイナミックな表紙絵。八〇年代初頭に冒険小説ブームを牽引した「海を愛し、海とたたかい、海に逝く――行動する海の男たちの鮮烈な人間群像!!」

【河出冒険小説シリーズ】
 ――《読まずに死ねるか!》シリーズの内藤陳の似顔絵によるオススメマークが帯に光る、“冒険小説の時代”を象徴する冒険小説愛が詰まったおもちゃ箱

【フランス長編ミステリー傑作集】
 ――フランス・ミステリ人気が低落した八〇年代半ばに、版元とフランス・ミステリとの深い縁が造りあげた洒落たガジェット

【シリーズ 百年の物語】
 ――博覧強記の人・瀬戸川猛資が、「百年たってもその輝きを失わない不滅の物語」だけを選りすぐって編んだ夢想のしるし
 
 いかがでしょうか。本格ミステリからハードボイルド、サスペンス、スパイ小説、冒険小説まで幅広く探訪した『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』。担当編集者による「書斎の迷宮に眠る叢書という小宇宙が、著者独自の調査を経てここに全貌をあらわす。翻訳ミステリのブックガイドであり、戦後から現代に至る翻訳ミステリ叢書の研究であり、果ては戦後日本における翻訳ミステリの受容史を概観する画期的大著」という渾身の内容紹介は、やや面映ゆいものがありますが、これまでに類書がない本であることは保証します。興味を持って頂けた方は、ぜひ手に取ってみてください。

川出正樹(かわで・まさき)
 1963年愛知県生まれ。慶應義塾大学卒。翻訳ミステリを中心に文庫解説や書評などを多数執筆、2009年からは〈翻訳ミステリー大賞シンジケート〉サイトにて「書評七福神」の一人としても活動、毎月翻訳ミステリの新刊ベスト1を紹介する。共著に瀬戸川猛資編『ミステリ・ベスト201』『ミステリ絶対名作201』、池上冬樹編『ミステリ・ベスト201 日本篇』、村上貴史編『名探偵ベスト101』、書評七福神編著『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』、杉江松恋監修『十四人の識者が選ぶ本当に面白いミステリ・ガイド』などがある。

 

■担当編集者よりひとこと■


 思い出話から始めることをお許しください。
 かつて東京創元社から隔月刊誌〈ミステリーズ!〉が発刊されていた頃、入社して間もない私は、まさか書籍化の編集作業をまかされるとは露とも知らずに、一読者として本書の連載を読んでいました。他方では、当時〈webミステリーズ!〉(現〈Web東京創元社マガジン〉)で、小森収さんの「短編ミステリ読みかえ史」が連載されていました。両連載は、いまや顧みられる機会のなくなった作家や作品に再び光をあてるだけではなく、【クライム・クラブ】や江戸川乱歩編『世界短編傑作集』(現『世界推理短編傑作集』)など伝説的な叢書・アンソロジーの存在のみで止まっていた翻訳ミステリ史をそれぞれのアプローチで更新する試みも有していました。作家や作品を個々の星として眺めるのではなく、いわば星座のように線を引いて繋げていくと、見慣れたはずの星々にもまた違ったイメージが生まれます。その面白さを教えてもらった私が、以前にもまして古書店や図書館に通う羽目になったことは言うまでもありません。
 小森さんの連載は『短編ミステリの二百年』という全六巻からなるアンソロジーとして結実しました。そしてこの度、川出さんの連載は『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』として一冊の書籍にまとまりました。
 
 連載時の印象は、次から次へ知らない叢書・作家・作品が飛び出してきて、広大な書斎の迷宮を案内されながら遊覧するかのようでした。大幅な改稿と再構成を経た本書は、その楽しさは変わらず、翻訳ミステリがいかに翻訳されて、書籍となり、読まれてきたか――その受容史までも浮かびあがらせる刺激的な大著となって眼前に現れました。川出正樹さんの初の単著となる本書に連載時は読者として、書籍化に際しては編集者として携われたことを得がたく感じました。
 これから本書を手に取る読者のみなさまが、読みたい本が次々にふえていく、あの恍惚と不安に苛まれることを思うと、この文章を書いている今も思わず笑みがこぼれてしまいます。みなさまの書架に長く残り続け、折にふれて頁を繰る度に新たな本との出会いや発見を促す一冊となることを願っています。ここから私たちの調 査インヴェスティゲーションが始まるのです。

(担当編集者 ) 


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