「読んでから観るか、観てから読むか」

 映画とその原作小説を語るときにこんなことをよく言いますよね。作品の内容だったり読む(観る)人の感じ方だったりでどっちがいいかなんてコロコロ変わるものだからもちろん正解なんてないんですけど、ついついこんな話題になってしまうのもやっぱり作品に対する期待の表れだと思ったりするわけです。

 でも実際のところ、ふつうに仕事をしていると、劇場で映画を観るということへのハードルというのはそれなりに高いのかなあと思っていて、というのも作品によっては近くの映画館でかかってないこともありますし、かかっていても上映時間が合わなくてなかなか観に行くことができないということもありますよね。観たいのに観ることができないストレスを抱えつつTwitterのタイムラインに感想が流れていくのを眺めるつらさ、「小説読んじゃったから映画のほうは別にいいかな……」などと言って観られない悔しさをごまかす虚しさ、そんな気持ちをこねくり回しているうちに公開が終わってしまうということもけっこうあるある……と思ってるのは自分だけでしょうか。

 今回ご紹介する作品は、ジョナサン・エイムズ『ビューティフル・デイ』(唐木田みゆき訳 ハヤカワ文庫NV)、昨年6月に公開された同名映画の原作小説です。映画公開の時ではなくこのタイミングでのご紹介になったのは、先月メディア化されたことにより、公開時に観逃した人も観られるようになったから。どちらが先かなんてどうでもいいんです。本作の場合はっきりしているのは一方だけだと損しますよということ。小説と映画両方味わうか、あるいはまったく触れないかの二択しかありません。すでに一方を読んだ(観た)人はぜひもう一方もお楽しみいただきたいと思います。

 主人公のジョーは6フィート2インチ、190ポンド。100回の腕立てと100回の腹筋を日課として毎朝こなしており、頭髪は薄くなっているものの無駄な脂肪はなく、肌の張りからも48歳という実年齢を感じさせません。海兵隊で第一次湾岸戦争に従事、FBIでは性的人身売買対策本部で覆面捜査官を12年つとめたあと、今は合法非合法を問わず、性的奴隷とされた少女を救い出す仕事をフリーで請け負っています。

 仲介役のマクリアリーから仕事の連絡を受け、ジョーは上院議員ヴォットに会いに行きます。行方不明となったヴォットの13歳の娘、リサを見つけだしてほしいという依頼です。手がかりは匿名のメッセージのみ。ジョーはメッセージに書かれていた娼館に踏み込みリサを奪還、ホテルに連れて戻りますが、ヴォットはそこにおらず、逆にジョーは3人の警官の襲撃に遭い、再びリサは連れ去られてしまいます。ヴォットがホテルにいなかったことも含め、つじつまの合わなさを感じ取ったジョーは、いったい今何が起こっているのかを知るためにマクリアリーの元に向かう――というストーリーです。

 全体で100ページちょっと、短めの中編あるいは長めの短編とでもいうくらいの長さの作品で、行動、台詞、情景、すべての描写を極端に削ぎ落としているにもかかわらず物語の流れはとても濃密。ストーリーそのものから立ち上がる暴力性と、ジョー個人の心情を反映した静謐さともの悲しさのコントラストが、作品の味わいを深めています。

 一方、映画のほうは、原作と同様の設定ながらもストーリーを一部変更。結末もまったく違う形になっていますが、作品から立ち上ってくる雰囲気はまったく変わりません。むしろ映像になった分、無駄のなさが強調され、ソリッドな印象をより強めているように感じます。台詞が極限まで削られているので、観客は映像と音楽で今何が起こっているのか、あるいは何を考えているのかを脳内で補完しながら観ることになるのですが、情報はミニマムに、しかし想像力にはマックスで訴えかけてくるこの演出が実にすばらしいのです。

 映画を先に観た人は、小説を読むことで(映画ではほとんど描かれない)ジョーのバックグラウンドを知ることになりますので、彼の心情をより理解できると思いますし、小説を先に読んだ人は、映画を観て《映像で語る》ということの凄みを感じることになると思います。あとがきによれば、本作はもともと2013年に電子書籍として刊行されたのが最初のようで、その後紙版となり、リン・ラムジー監督の元に届いたようです。その間に20ページほど書き足されているようですが、個人的には、2013年に書かれた小さい物語が、この映画の完成をもって真に完結したのだと考えています。

 小説は100ページちょい、映画も90分とコンパクトです。まだ寒さが厳しい折、週末家にこもって楽しむにはちょうどいいんじゃないかと思います。ぜひ。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。