まずは告知から。
「第12回翻訳ミステリー読者賞」の投票が二月二〇日から始まっております。すでに投票していただいたみなさま、ありがとうございます。まだこれから投票しようとしているみなさま、悩みますよねーわかります! でも締め切りには遅れないように! 今回の締め切りは二月二九日となっています!
二〇二三年もたくさんの翻訳小説が刊行されました。そのなかから、あなたが「これを推す!」という作品をひとつだけ投票できる、それが読者賞です。投票できる条件はただひとつ。
昨年中に刊行された翻訳ミステリー小説を一冊以上読んでいること
これだけです。職業も人種も属性もいっさい問いません。たくさん読んでいる人も、たった一冊しか読んでいないという人も、同じように投票してください。そして、みんなでその結果を楽しみましょう。たくさんの読者による投票から作られたリストが、これからみなさんの読書ライフにとって大きな道しるべになることを、事務局一同心から願っています。
◇対象となる作品
2023年1月1日~12月31日に刊行された翻訳ミステリー小説
◇投票について
以下のフォームよりご投票ください(※要メールアドレス)
https://forms.gle/5wPeH4JTDL3Hf8z57
◇受付期間
2024年2月20日0時~2月29日24時
◇結果発表
2024年3月20日(水・祝)14時~
YouTube越前敏弥チャンネルにてライブ配信いたします。
URLはこちら → https://youtu.be/Un4LBDj0GbE
詳細は、翻訳ミステリー読書会のサイトをご覧ください。みなさまの熱い投票を心からお待ちしております!
ということで、今回は一二月から今月にかけて刊行された作品を三つご紹介したいと思います。
フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』(宇野和美訳 早川書房)は、二〇一七年にメキシコで刊行されるやいなや話題となり、その後各国で翻訳され、二〇一九年にはドイツで文学賞を受賞、そして二〇二〇年にはブッカー国際賞の最終候補となっています。日本においては、訳者あとがきにも書かれているとおり、ちょうど三年前の朝日新聞の文芸時評に取り上げられたあたりから邦訳への期待が高まっていました。それがこの一二月にようやくお目見えしたというわけです。
冒頭、メキシコの片田舎で、水路で遊んでいた少年たちが、水に浮かぶ死体を発見します。それは、村人たちに「魔女」と呼ばれ恐れられている謎の人物の腐乱死体でした。村人たちは「魔女」を忌み嫌い、また「魔女」もけっして村人との距離を縮めることはありませんでしたが、村の女性たちからは呪(まじな)い、堕胎、あるいは病の治療などと、密かに頼りにされてきた存在でもあります。そのような人物が、何者かによって惨殺されるという出だしこそミステリーの要素を含んではいますが、著者はこの事件を、一般的なミステリー小説のような展開にはせず、異なる五人の視点で何度も語り直すことで真相を徐々に浮かび上がらせていきます。各章ひとりずつ、そして一章一段落(改行いっさいなし、しかも会話も地の文もいっしょくたという大それた書き方)というとんでもないやり方で描かれる五人それぞれの物語は、個々につながりを持っておらず、おそらくほとんどの読者はしばらくの間、何を描こうとしているのかわからないまま読み進めなければならないはずです。しかしそのうち、ある章に置かれた点とまた別の章に置かれた点がつながり、そんなポイントにいくつも気づき始めると、おのずと「魔女」殺しの全貌が浮かび上がってくるのです。
五人の人物の物語を通して描かれるのは、メキシコの田舎に横たわっている貧困、差別、性暴力、ドラッグなどであり、そのことを著者はこれ以上ないほど「強い」言葉で読者にぶつけてきます。俗語や卑語が頻出する荒々しい書きぶりに拒絶反応を示す読者がいるかもしれません。が、「魔女」に呪いを依頼するなどの迷信が根強く残っている、つまりある意味未成熟な社会にはびこる、極めて現代的な問題を、圧倒的な筆致で書き上げた本作は、やはり傑作だと言わざるを得ません。
訳者あとがきによれば、著者が二〇二一年に刊行した『パラダイス』という作品は、高級住宅地で雑役係として働く母子家庭の一六歳の少年が、仕事先の家の息子によって凄惨な殺人事件に巻き込まれていくという物語なのだそうです。もうね、これだけでも読みたくなってくるわけです。ということで、こちらも邦訳を期待しています!
続いて、ホリー・ジャクソン『受験生は謎解きに向かない』(服部京子訳 創元推理文庫)をご紹介します。こちらは、昨年十一月に配信された『衝撃の展開! ホリー・ジャクソン「向かない」三部作、あなたはどう読む?』のラスト辺りで予告されていた作品で、『自由研究には向かない殺人』から始まる三部作の前日譚となる物語です。配信タイトルに「衝撃」とあるとおり、この三部作は読む人を本当にびっくりさせたわけですが、この前日譚では、初々しいピップが楽しめます。というか、三部作で流れている時間はだいたい一、二年ほどのはずなんですが、考えてみれば三作目のピップにははつらつとした感じがなくなっていたなと、改めて感じさせてくれる中編(あるいは中編に近い長編)です。
夏の試験を終え、自由研究の課題に悩んでいたピップのもとに、友人の家で催される犯人当てゲームの招待状が届きます。時代設定は一九二四年、孤島にある富豪の邸宅で、主が何者かに殺されるという事件が起きます。孤島にいたのは主の誕生日を祝うために集まった四人の家族と二人の使用人だけ。つまり犯人は必ずこのなかにいるというわけです。いったい誰が主を殺したのか、ピップとその友人たちの六人は、誰が犯人かわからないまま(つまり自分が犯人かもしれない)で、この犯人当てゲームに挑むという趣向です。ピップと仲間たちが、互いを疑いつつ真剣に謎解きに取り組む様子は、ゲームを楽しんでいるという力の抜けた雰囲気と、それぞれが与えられた役割を演じきらなければという使命感がほどよく絡み合っていて、全体としてはとても楽しくて爽やかな謎解き小説になっています。
三部作の前日譚ですし、前作までの大きなネタばれもありませんから、本作から読んでもかまわないといえばかまわないのですが、この時点ですでに『自由研究には向かない殺人』で取り上げられる事件は起こっており、そのことに触れる場面も出てくることを考えると、やはりこれは一作目から順に読んでいったほうがいいのではないかなーと思います。とはいえ、三部作を読まず、本作で初めてピップに出会う人もいるでしょう。それでも心配はいりません。だって本作を読めば必ずその先を読みたくなるはずですから。そう言いきれるくらい、本作のラストは実に見事です。
最後にご紹介するのは今月刊行されたばかり、ロバート・ベイリー『ザ・ロング・サイド』(吉野弘人訳 小学館文庫)です。ボーセフィス・ヘインズ(ボー)シリーズの二作目にして最終作ですが、主要な登場人物は、『ザ・プロフェッサー』から始まるトム・マクマートリー四部作にも登場していますので、これらをひとつのシリーズとして認識している読者も少なくないかもしれません。
ジャイルズ・カウンティ高校のフットボールチームが、ライバル校を相手に歴史的な勝利を飾り、試合後のスタジアムでは地元の人気バンド「フィズ」がコンサートを開催、プラスキの町が熱狂に包まれたその翌朝、バス置き場で若い女性の遺体が発見されます。被害者は前夜、その声で人々を魅了した「フィズ」のリードボーカル、ブリタニー。地元のみならず、いずれは全米を虜にするだろうと期待された歌姫の突然の死に、町中が驚きと悲しみに暮れるなか、容疑者として名前が上がったのは、ブリタニーの恋人にして、ジャイルズ・カウンティ高校フットボールチームのスター選手、オデルでした。
オデルは容疑を否認するのですが、現場に残された数多くの証拠は、すべて彼が有罪であることを指し示していました。オデルはかねてより親交のあったボーに弁護を依頼しますが、オデルに対して正義の審判が下ることを求める住民たち、あるいはボーの友人知人らは、オデルを弁護することに反対します。周囲を敵に回してまでオデルの弁護を引き受けるべきかどうか。原題の『THE WRONG SIDE』はこのボーの苦悩を端的に表しています。加えてこのタイトルは、前作『嘘と聖域』での出来事にも絡んでおり、なかなか意味深なタイトルです。
トム・マクマートリーのシリーズを評して「熱い物語」とよく言われますが、ボーのシリーズでは、それに比べて熱さのなかにも重さや苦々しさが色濃くにじみ出ています。それは舞台となっているプラスキという町の性質(クー・クラックス・クラン発祥の地として知られる)と、トムシリーズ第二作『黒と白のはざま』で描かれたボーの出自にも関わっています。なので、本作を読むにはトムシリーズを含めた過去作を読んでおいたほうがいい。五冊はどうしても無理というのなら、せめて『黒と白のはざま』『嘘と聖域』の二冊は必ず読んでから手に取っていただきたいと思います。不親切な紹介だなとお思いの方も多いでしょうけど、そのくらいおもしろいシリーズなんですよこれ。
『ザ・プロフェッサー』から始まった物語もこれで一区切り。訳者あとがきでは著者の新シリーズにも触れられており、こちらもまた期待が持てる内容のようです。
最後に改めて読者賞について。今月末まで投票を受け付けております。みなさんの熱い投票をぜひお願いいたします!
大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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福岡読書会世話人兼翻訳ミステリー読者賞の実行委員。福岡読書会は現在お休みをしておりますが、復活に向けて徐々に準備を進めていきます! |