みなさんはハードボイルドっぽい私立探偵小説を読んでいて、この探偵、なんでこんなことするんだろう? なんて思ったことありませんか? 仕事で、つまり商売でやってるわけだから、お金はひとつ大きな動機だろうけど、お金だけが目的の探偵なんていうのはあまり主人公にはなりませんよね。そもそもそんなに儲かる仕事とも思えないし。翻訳家とはわけがちがうんだから。あ、すごく悪い冗談です。
 ホラー映画で、若くて可愛くて、おまけに頭が悪い、三種の神器を備えた女の子が行っちゃいけないところに自分から行っちゃうシーン、お約束みたいにありますが、そういうところ、私立探偵ものにもありますよね。そうしないと、話にならないってこともあるわけでね。マーロウなんか始終、暗闇で後頭部をブラックジャックで殴られちゃあ、気絶してます。ありゃ相当後遺症が残るんじゃないかと思うけど、なんと御年72歳のマーロウは大丈夫そうです。ええ、今、私が訳してるのがそういう話なんです。と、まあ、さりげなく自己宣伝を交ぜるところが、ええ、私の大ヴェテランたる所以ですね、ええ。

 話を戻すと、魅力的なヒロインとの出会い、これも大きな動機になると思います。魅力的なヒロインの出てこない私立探偵ものなんてね。おしりつたんていみたいですよね。意味不明だけど。そう言えば、レイモンド・チャンドラー『プレイバック』でマーロウがヒロインのベティーに言うあの有名な台詞――「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」――この台詞、解釈が異なるというより、言いまわしを微妙にひねった訳がいっぱいあります。一番新しいところでは、村上春樹訳になるでしょうか――「厳しい心を持たずに生きのびてはいけない。優しくなれないようなら生きるに値しない」。この台詞、男子たるものかくかくしかじかである、みたいなことを言っちゃってる感じがないでもないけど、ほんとうのところ、マーロウは自分自身のベティーへの思いをちょっとかっこつけて、一般論めかして言ったんじゃないですかね。ちょっぴり自戒も込めて。ま、こんなことは私ごときが今さら言うまでもなく、もうとっくに誰かがどこかで指摘しているかもしれないけれど。

 さて、本書の主人公、いわゆる「名無しのオプ」も本書のヒロイン、ダイナにめちゃめちゃ惚れます。しかし、このダイナ、絶世の美女とはほど遠い。金にしか興味がなく、化粧もいい加減、着ている服も破れている(!)ダイコン足(たぶん)の娼婦。片やチビデブ中年のオプ。なんという取り合わせ! これだけで私なんぞはもうたまりません。
 でも、事件の調査を超えて、オプがあれこれ画策する動機はダイナだけではありません。もちろん。ここで最初に戻ります。こいつ、なんでこんなことするんだろう?
 昔読んだとき、どうにもそのことが私にはわからなかったんですね。それが本書を訳すに際して、類書を何冊かぱらぱらと読み返しているときに、たまたまひとつ答を見つけました。またまた村上さんにご登場願いますが、『ロング・グッドバイ』のあとがきです。こんな意味のくだりがあります――語り手の自我というものをヘミングウェイは「前提的にあるもの」とし、ハメットは「とくになくてもかまわないもの」とした。
 なんとなんと、そうだったのかよ! だったら、彼の行動の動機なんてわからなくて当然じゃん!
 と、私、膝を打ちました。そのときはね。ただ、それだとオプはなんだか行きあたりばったりに行動していることにもなりかねない。しかし、どうもそうは思えない。いかにも頑固な動機に衝き動かされているようにしか思えない。そんなもやもやした思いで訳しはじめたところ――え? と思う場面にすぐに出くわしました。なんでオプがこんなことをするのか、ちゃんと書いてある。そればかりか、本人がそのまんましゃべってる! 昔、読んだときにはただ見過ごしてたんですね。
 では、それはどんなくだりか? オプの動機とはなんだったのか……これはね、やっぱりね、読んでもらわないとね。ちゃんと一冊買って。

 いずれにしろ、それは私なりに大いに納得できる動機でした。というか、ハードボイルドっぽい私立探偵全般に多かれ少なかれあてはまる動機でした。考えてみれば、当然じゃんとさえ言えるような。ああ、言いたい!
 というわけで、私にとっては長年のもやもやが解消できた、そして発見だらけの愉しい翻訳でした。解説は吉野仁さん。これがすばらしい。私なんぞは知らないことばかりで、へえ、そうなんだ、そうなんだ、と大いに勉強させてもらいました。その中で吉野さんも触れておられますが、本書はその後の実に多くのエンタメ作品の原型になっています。一番有名なのは黒澤明監督の『用心棒』でしょうが、おお、そう言えば、ドン・ウィンズロウのケラー麻薬捜査官シリーズも、対抗する麻薬組織を互いに戦わせ、両方ともやっつけるというお話でした。おお、そう言えば、『犬の力』『ザ・カルテル』に続く三部作の完結篇『ザ・ボーダー』が拙訳で今夏出版の予定です。最後まで自己宣伝を忘れないところが、ええ、大ヴェテランの大ヴェテランたる所以ですね、ええ。
 私にとって今年は久々のハードボイルド・イヤーです。

田口俊樹(たぐち としき)
 調布在住、翻訳歴約40年、訳書約200冊。趣味は競馬必勝法を編み出すこと。これが奥が深くて深くて。気づいたときにはもう後戻りできない。この夏にはドン・ウィンズロウの『ザ・ボーダー』、ボストン・テランのぐっとくるいい話(邦題未定)も出ます。よろしく。
(Photo © 永友ヒロミ)

 

■担当編集者よりひとこと■

 先月末に田口俊樹先生の新訳で刊行した ダシール・ハメット『血の収穫』は、小社の名作新訳プロジェクトの一冊です。
翻訳というものは、どんなに名訳であっても、時間が経つとどこか古びてくるという運命にあります。そこを乗り越えて更に時を経ると、別の意味での味わいや価値が出てきたりもしますが、ある程度の年数を経ると新訳というもの必要になってきます。
 決して旧訳が良くないから、というものではないことは、翻訳ミステリー大賞シンジケートの読者の皆様は御存じと思いますが。

 というわけでハメットの傑作『血の収穫』を当代きってのハードボイルド訳者・田口先生にお願いしたのでありました。
 こんなにメチャクチャどしゃめしゃの世界を、たんたんと情緒的にならずに描いたハメットの傑作を、さすが田口先生は見事に訳出してくださいました。

 昔むかし読んだきりだった本作、まずびっくりしたのは、コンティネンタル・オプがチビでデブだったことです。読んだのだから知っていたはずなのに、「ええーっ ! 嘘でしょ ?」と仰天。「ハードボイドドだど」がチビデブでいいのか? と、何かの間違いではないかと、原書を読み返してしまいました。
 こんなに大事なことを忘れていたなんて、我ながら呆れましたが、ワカーイ頃に読んだので、きっと都合よく脳内変換して、カッコイイ私立探偵像を想い描いていたのでしょうね。というか、私は常日頃公言している通り、どんなミステリを読んでも、しばらく(ごく短期間のこと)すると犯人も忘れてしまう、何度でもミステリを楽しめる「経済的ミステリ・ファン」なので単に忘れたのです。

 これだけ後世の様々な作品に影響を与えた本書(吉野仁さんの解説をご参照ください)を、ぜひこの名訳でお読みください。「あれも、あの映画も『血の収穫』の後裔じゃないか……」という発見があったりするはずです。

 ところで〈ガラスの鍵賞〉という賞はありますが〈レッド・ハーヴェスト賞〉ってないんですよね。ちょっと不思議です。 

(担当編集者M・I)



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