7月末におこなった福岡読書会に、JPIC読書アドバイザークラブという団体の方がお越しくださいました(ありがとうございました!)。で、その団体の広報誌で読書会を紹介していただけることになった(ありがとうございます!)ので、後日いくつかの質問にお答えしました。その中にこんな質問が。

“課題書を選ぶときに気をつけていることはありますか?”

 答えを考えながらふと思ったのは、福岡読書会では短編集をほとんど取り上げていないということです。調べてみたら、シーラッハの『罪悪』(第5回)とチャンドラーの『キラー・イン・ザ・レイン』(第10回)の2回だけなんですね(第7回のクリスティ『クリスマス・プディングの冒険』は表題作のみ課題だったので除外)。番外編1回を加えて29回を数える福岡読書会、取り上げた作品数も31に上るのに短編集は2作品しかなく、しかも私が世話人をさせてもらうことになった第15回以降はゼロなんです。

「読書会には長編」という固定観念が染み付いちゃってるのかな、と少しだけ反省しつつ、これからは短編集も積極的に選んでいかなければと考えているところです。ということで、今回ご紹介するのは、ロバート・ロプレスティでございます。

 昨年5月に刊行され、読者賞にもランクインした『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』(高山真由美訳 創元推理文庫)は、《日常の謎》から正真正銘の犯罪まで、さまざまな場面で謎に遭遇してしまい、そのたびにぶつくさ言いながらもきっちり解決に導いていくミステリ作家シャンクスの様子を、妻のコーラや同業者の面々との軽妙な会話をベースに描いていくユーモアミステリ連作短編集でした。

 今月刊行されたばかりの『休日はコーヒーショップで謎解きを』(高山真由美訳 創元推理文庫)は、同じ短編集でありながら前作とは少し毛色が変わっています。収録された9編は、ハードボイルドあり、西部小説風あり、犯罪小説あり、そしてもちろん本格ありと、さまざまなテイストを味わえる短編集となっています。前作の主人公シャンクスの登場する短編はひとつもありません。

 まず1編目の「ローズヴィルのピザショップ」。ピザショップを舞台とするユーモアもので、シャンクスシリーズを彷彿とさせる楽しい雰囲気が味わえます。前作を読んでいた人ならすんなりと物語に入り込めるでしょう。しかし2編目の「残酷」は殺し屋を主人公としたひねりの効いた犯罪小説です。ここで「あれ?」と思う読者が多いのではないかと思います。そして3編目の「列車の通り道」。この短編は1920年代までアメリカに実在したという孤児列車が題材となっているんですが、そこに復讐というキーワードを絡めることによって、とてもエモーショナルな犯罪小説に仕上がっています。ここまで読み終えたあなたは、きっと居住まいを正しているはずです。だって1編目から順を追うごとに、その味わいがシャンクスものとは徐々に違うものになってゆき、しかもどれも美味いんですから。ん? これはなんか違うぞ? と、気持ちを新たにして4編目へと進んでいくのではないでしょうか。この収録順、シャンクスものに触れた読者をうまくパイロットできるよう練られたんじゃないかなと感じました。

 他にも、刑務所に収監された男と交流を持つ女を描く「共犯」、ギャンブル依存症の探偵マーティー・クロウが子供の誘拐について調査するはめになる「クロウの教訓」、立てこもり犯と人質の奇妙な会話から始まる「二人の男、一挺の銃」「宇宙の中心」は〈著者よりひとこと〉を読んでから再読すると見え方が変わってくるし、本作で最も長い「赤い封筒」はビートニク詩人を探偵役とした本格もの、という具合に、テーマやタッチがすべて異なりバラエティに富んでるんですが、なかでも印象に残っているのが、人種差別の強かった1960年代アメリカでの家族のひとコマを描いた「消防士を撃つ」です。

 課題の調べものをする息子に付き添って図書館に行った「ぼく」は、そこで『アメリカ人種暴動百科事典』という本を見つける。「変わりゆくアメリカの家族」について参考資料を探している息子を尻目に、その表紙を見つめながら、「ぼく」はある暴動――自分の人生に大きな影響を与えたあの暴動――が起こった1967年の夏に思いを馳せる。

 キング牧師暗殺前年の夏、「ぼく」の姉ケイトとその恋人で黒人のロイド。二人の恋の顛末と、その行く末を歪めるきっかけとなったある暴動。それが当時12歳だった「ぼく」の目を通して淡々と語られます。黒人と警官の諍いが暴動を呼び起こし、その様子が翌日の食卓の話題になる。父、母、姉、そして「ぼく」、暴動に対するそれぞれの反応が、そのまま「変わりゆくアメリカの家族」だったと言えるのかもしれません。とても切ない余韻を残す、家族小説の好編だと思います。

 ロプレスティは、昨年5月『日曜の午後はミステリ作家とお茶を』で日本に初紹介された作家です。とはいえ、図書館勤務のかたわら70年代後半から短編の投稿を始めて、すでに60編以上が《アルフレッド・ヒッチコックス・ミステリ・マガジン》などに掲載されているという大ベテラン。そんな作家がなぜいままで日本に紹介されてなかったの? と思った方は、『日曜の午後は……』の訳者あとがきをお読みください。読者としては、この作家を見つけて紹介してくれた訳者と出版社に感謝するしかありません。

 このように、アンソロジーではない個人短編集が間をおかずに出版されるというのも近年珍しいような気もしますし、ロプレスティにはまだまだネタはあるはずですから、またすぐにおかわりをいただけることを切に願っています。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。