会心というより、腐心、専心、執心、乱心の末のぎりぎり(無理やり)得心もしくは放心、というような例を。

 ”Disiz a cute lihul place yoo got heah. Gawd, izit faw ehough away from evryting, or what. Oi mean, we drove an drove an drove an drove and Oi dint see anyting, nevuh moind a mall. An joo have a batroom Oi could use? Oi have really gadda pee.”

 Don Winslow “A Long Walk Up the Water Slide”(ニール・ケアリー・シリーズ4作目)の2章で、この物語の主役ポリー・パジェット嬢が初めて登場する場面です。

 これをどう訳せっちゅうの。無理難題ですよ。

 ポリーはタイピストで、知的レベルが低いわけじゃない。ニューヨークはブルックリンの育ちで、田舎者というわけでもない。

 つまり、とぼけてるんじゃなくて、なまってるんでもなくて、すっ飛んでるんでもなくて、ただ滑舌が悪いっちゅうか、発音と発声に問題があるだけなんですね。ま、文法にもちょっと難があるけど……。

 そのポリーが、雇い主にレイプされたと訴えていて、だけど、こんなしゃべりかたでは裁判で証人台に立つのもむずかしいっちゅうんで、ネヴァダの山奥で静かに暮らすニール・ケアリーのもとへ連れてこられます。英文学の修士論文執筆中のニールに、英語の特訓を受けるために。

 そう、れっきとしたアメリカ人なのに、矯正が必要な英語をしゃべるおねえちゃんなんです。しかも主役だから登場シーンが多く、そのうえ、最後にはちゃんとしゃべれるようになっちゃうので、その成長の過程もわかるように訳さなきゃならない。

 というわけで、知恵を振り絞って、“ポリー語”のプチ文法体系および語彙をこしらえましたよ。

 こんなふうです。「ごっち、すかしてんじゃん、こぬ家(えー)。ふんと、どっからも遠かっち。走っちゃん、走っちゃん、道ばたにショッピンセンタもなんもなぁ。ねっ、あちし、トイレ行きてー。おしょんしょん、ちびりそ

 振り絞ってこの程度かよ、と言われそうですが、原文だってこの程度でしょ。

 ははは、なにを居直ってるんだか。これじゃ、小心の訳文ですね。

 では、ここで読者の皆さんに練習問題を。

 ”The rain in Spain falls mainly in the plain”

 物語の中盤、ポリーが押韻をマスターするために稽古するせりふです。韻をまぶした日本語にしてみましょう。わたしの会心(慢心?)の訳文は、訳書の12章をお読みください。