『北壁の死闘』

ボブ・ラングレー/海津正彦訳

創元ライブラリー

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今回は寒い冬に最適な山岳冒険小説、『北壁の死闘』(ボブ・ラングレー著)です。

 前回の『ナヴァロンの要塞』の巻を読んだ上司に、「えっ! マクリーン知らなかったの!?」と、珍獣を見るような目で見られました……すみません。今回のボブ・ラングレーも知らなかったです……。入社試験問題に出なくて、本当に良かったです(笑)。

 さて、まずはあらすじを。

【日本冒険小説協会大賞受賞】

アイガー北壁の難所、《神々のトラバース》を登攀中のクライマー2人が、奇妙な遺体を発見した。白骨化した下半身、氷漬けになっていたため損なわれていない上半身には、ナチ・ドイツの騎士十字勲章と美しい女性の写真をおさめたロケットをかけている。2人は下山後警察に通報するが、発見をかたく口止めされた。話をききつけたBBC調査員が探り出した意外な事実とは? 息もつかせぬ迫力の登攀シーン、山岳冒険小説の傑作!(東京創元社ホームページより)

 この本を読むまで知らなかったのですが、アイガー北壁はスイスにあり、標高3970メートルで「人喰い壁」や「魔の北壁」などの異名を持っているそうです。本の冒頭にある図表には頂上までの道のりが書かれていますが、「難しい割れ目(クラック)」「死のビバーク」「白い蜘蛛」などなど、なんだかよくわからないけどすごく大変そう! な難所がたくさんあります。そこで謎めいた死体が発見され、固く守られてきた“秘密”が明らかにされます。

この物語の最大の魅力は、なんと言っても緊迫の登攀シーンです。私はかろうじて「ハーケン」が何かわかる程度の初心者ですが、そんな私でさえ息を詰めて読んでしまうような、大迫力の登攀シーンがたくさんあります。男たちが自分の持っているすべてを懸けて、山という化け物に挑んでいくわけですよ。闘いで怪我を負い、吹雪にも負けず、極寒の中壁をへばりつくようにして登っていくんですよ。凍えながらロープにぶら下がって寝たりもしていて、それは本当に人間ができることなの? というくらいすごいです。山に登るということが、こんなにも緊迫感に溢れた、エキサイティングなものだとは知りませんでした。暖房をつけてぬくぬくしながら読んでいると、登場人物たちに申し訳なくなるような、過酷極まりない冒険です。ごめんよシュペングラー(主人公)……。

 この物語の主人公、シュペングラーはドイツ国防軍の軍曹で、元は名を知られたクライマーでした。そして軍の特命によって、アイガー北壁に立ち向かいます。どこかで読んだような設定だなと思ったら、『ナヴァロンの要塞』のマロリー大尉と似ているじゃないですか。とはいえどちらが好みかといわれたら、シュペングラーですね。

 彼は有名なクライマーだったのですが、とある事件がきっかけで山に対して恐怖を覚えています。しかもその事件の現場がアイガー北壁なんですよ。嫌な設定だなぁ。彼は罪の意識を抱え、悩みながら登ります。仲間のためなどいろいろな理由はありますが、結局は自分のために闘っている。かつて敗北した対象を征服することで、自分の中の悪夢を打ち消そうとしているのです。このあたりの心理描写が見事で、感情移入しやすくなっています。やっぱり影のある男っていいな(以下略)。

 さらに、彼とヒロインのヘレーネ・レスナーの関係もいいです。このあたりはロマンス好きの方にもおすすめです。冒険小説って完全に男の世界? というイメージだったので、少し意外でした。ヘレーネは医師で、アイガー北壁にも登る強く美しい女性で好感が持てます。しかもラストには驚きの展開が待っていたりして……。訳もとても読みやすく、面白かったです。

 ちなみに巻末には「山の用語ミニ辞典」もついており、初心者にも優しい本です。創元推理文庫で好評発売中! ですので、ぜひともお手に取っていただけると幸いです。

 ふう……、自分の会社の作品を語るというのも難しいです。次はどんな面白い冒険小説が待っているのでしょうか。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

東京創元社編集部S

ひとこと

 冒険小説はある種のパターン小説になることが少なくなく、たとえば本書で

克己の心がヒーローの一つのモチーフになっているのも、そのパターン内と言える。このジャンルが批判を浴びる一つの理由がここにもあるのだが、しかしあえて正攻法で押し切ると感動も生まれてくる。それがこの山岳冒険小説の意味だと思う。

北上次郎