みなさまこんにちは。第25回からかなり間があいてしまって申し訳ありませんが、久しぶりの「冒険小説ラムネ」をお届けいたします。もうほんと、「2月末には原稿をお送りできると思います☆」とか事務局の方にメールしていたというのに、いったいなぜ4月になってしまっているのでしょうね? 誰か教えて偉いひと!
さて、今回の課題書はマイクル・クライトン『アンドロメダ病原体』です。映画化もしている大ベストセラー! そしてこの連載にしては珍しいことに、なんと絶版になっていない生きている本! おまけに電子書籍まであるので気軽に読める作品です。まずはあらすじを……。
事件はアリゾナ州の小さな町、人口48人のピードモントで起きた。町の住人が一夜で全滅したのだ。軍の人工衛星が町の郊外に墜落した直後のことだった。事態を重視した司令官は直ちにワイルドファイア警報の発令を要請する。宇宙からの病原体の侵入——人類絶滅の危機にもつながりかねない事件に、招集された四人の科学者たちの苦闘が始まる。戦慄の五日間を描き、著者を一躍ベストセラー作家の座に押し上げた記念碑的名作。(本のあらすじより)
このあらすじを最初に読んで、なんとなく「冒険小説っぽくないなぁ」と思ったんですよ。やっぱり今まで難攻不落の山岳バトルとか、荒れ狂う海での死闘とか、とてつもないスピードのカーチェイスとか、がっつりしたものを読んできたわけじゃないですか。「あれ? これってアクションあるの? ハラハラできるのかな?」と感じてしまったんですよね。もーほんとわたし馬鹿!!!! この作品、実は今までの連載で読んできた作品の中で一番スリルを感じました。めっっっっちゃ怖かった!!!
思えば、冒険小説で語られる冒険というのは、平々凡々なわたしの日常にとって、まったく縁がないものなのです。そりゃそうですよね、だって山に行かなけりゃ遭難しないし、海に入るのも嫌いだから珊瑚に襲われることもないですし、スパイになれるはずもないから国家の秘密とか握らないし。飛行機に乗っているときにミサイルが突っ込んでくる、なんてこともないでしょう。だから、わたしはのんびり生きている限り、冒険小説的な危機には遭遇しないと思うんですよ。
でも本書は違うんです! 事故によって人工衛星が墜落して、それによって宇宙から持ち込まれた謎の病原菌が、人々を虐殺してしまうんです!! なにそれこわい。病原菌なんて目に見えないもの、防ぎようがないじゃないですか! うっかり新宿区新小川町の東京創元社に落っこちる可能性だってないわけじゃないですよね! 仕事中だったらわたし死んじゃいますよね!
とまあ、まずは非日常的な危機がいきなり訪れる、という設定に恐怖したわけです。同時に「得体の知れないもの」の恐ろしさをすごく実感しました。なにせこの医学史に前例のない病原菌、普通ならありえないような死に方を引き起こすのです。それがめちゃくちゃ怖い! 死んでしまった町のひとたちは、寒い夜にもかかわらずなぜかほとんど外で倒れている。安らかな顔をしているが、胸を押さえたまま亡くなっているひとが多い。そして遺体を解剖してみると、信じがたい現象が起きている……。
初めて読むひとの衝撃を減らしたくないので詳細は避けますが、こんな死に方ありえない! という設定があまりにすごくて、とても恐ろしくなりました。正直な話、恐がりのわたしは1週間ばかり本の続きが読めなくなりました……。どれくらいすごいかというのを、ぜひ読んで確かめていただきたいです(ウィキペディアのクライトン氏の項目にはネタバレが載っているので見ちゃだめですよ)。
ここで思い出したのが、星野之宣先生の傑作SF漫画『ブルーシティー』でした。わたくし、父の影響で星野先生の作品が大好きなんですが、『ブルーシティー』は幼心にとてつもないトラウマをもたらしたすごい作品だったのです。隕石が宇宙ステーションに衝突して、地球へと墜落してきます。その隕石には人間の身体に突然変異をもたらす宇宙病原体が付着しており……という本書と共通するあらすじなので、すさまじい恐怖を感じてしまったのも、この作品の影響があったかなあという気がします。
閑話休題。また本書は、とにかくサスペンスの盛り上げ方が上手く、緊迫感がある描写がつづきます。謎の病原菌が付着した人工衛星を回収したのちは、菌の分析を行っていきます。そこで少しずつ、この菌が持つ特性が明らかになります。空気感染するが、死体からは感染しない、とか。謎の菌の正体を探っていく試みは、とてもスリリングで、上質のサスペンスを読む楽しみを味わえます。そしていわゆる「引き」がすごく上手いのです。章の終わりやちょっとしたシーンになんとなく不穏な一文を入れることで、続きが気になってしょうがない! という状況を生み出しています。まあ、こんな大ベストセラー作家さんにわたしごときがどうこういうのも失礼なんですが、こういう「引き」がしっかりある作品はやっぱり読んでいてとてもおもしろいなあと思いました。
また、本書は科学者お仕事小説でもある! と断言しましょう。おまけにチーム男子もの! 細菌学者のストーン、微生物学者のレヴィット、病理学者のバートン、外科医のホールが、それぞれの得意分野を活かして、致死性の地球外微生物に挑んでいく! 根っからの文系で高校時代以降化学に触れたこともないわたしは、理系のお仕事小説としてもおもしろく読みました。実験手法の説明とか、解剖シーンとかも興味深く、理系の人々ってこんな細かいことやってるのね。器用でうらやましいな〜。とか考えていました。馴染みのない用語ばかりなのですが、それでもしっかり理解できるし、さくさく読めるのがすごいです。
しかしよくよく考えてみると、この作品が出版されたのって、1969年なのです! ってことは、技術とか実験方法とか使用する機械とかは全部古いものなんですよね。科学はどんどん進歩しているわけですし。でもなんか読んでいると、「最先端のことやってそう!」な感じに思えるのです。わたしに専門的知識がほとんどないとはいえ、これって結構びっくりすることなんじゃないでしょうか。浅倉久志先生の訳者あとがきにも書いてあるのですが、理論の解説とか、図表、写真が随所に織り込まれているため、すごく今っぽいというか、リアルに感じるのだと思います。このようなノンフィクション的作法が効果を上げているから、発表から50年近く経ってもまったく古びず、多くの人々に読みつがれているのでしょう。
ふう、というわけで大変ハラハラしつつも、大いに魅力を感じた1冊でした。ベストセラーというと敬遠してしまう本読みの方もいると思うのですが、ベストセラーにはベストセラーたる所以があるのだ、というのを実感できるすばらしい作品です。未読の方はぜひこの機会に読んでみてくださいませ。
【北上次郎のひとこと】 |
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どの作家もそうだが、マイケル・クライトンもすべての作品が傑作というわけではない。しかし本書は、クライトンの最良の作品の一つだろう。アポロ11号が月面着陸した年に発表されたというのが、この長編の背景を語っている。すなわち、それまでの科学では解明できない生命体が宇宙から飛来する時代の到来である。そういう時代の新たなサスペンスがこの長編にはつまっている。 |
東京創元社S |
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小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。東東京読書会の世話人もしております。TwitterID:@little_hs |