みなさんこんにちは。お久しぶりのラムネです。6月18日の第3回東東京読書会で、この連載でも取り上げられている『鷲は舞い降りた』(ジャック・ヒギンズ)を課題にしたところ、とても好評で嬉しかったです。この連載では他にもおもしろい冒険小説をたくさん紹介していますので、ぜひ読書会などで読んでいただけると嬉しいです。

 さて、今回はネルソン・デミル&トマス・ブロックによる『超音速漂流』です! もうこれ、ほんっっっとおもしろかった!

 まずはあらすじを……

誤射されたミサイルがジャンボ旅客機を直撃した。機長は死亡し、乗客が酸欠により凶暴化するなか、無傷の生存者たちは必死で生還をめざすが、地上では事故の隠蔽のために生存者もろとも機を墜とそうとする計画が進行していた。82年に出版され、今や古典となった航空サスペンスの名作が、全面的加筆を施され、決定版として登場。(本のあらすじより)

 本を読む前にこのあらすじを読んだときにまず思ったのが、「まじっすか?」というひと言でした。だってジャンボ機にロケットが直撃って!! なんじゃそりゃー! ですよ。いやはや、世の中にはとんでもないことを思いつくひとがいるものですね。で、ちょっとこれはB級っぽいのかな〜と思っておそるおそる読み始めたところ、度肝を抜かれることに。め、めっちゃシリアス……! そうなんです、この作品のすごいところは、トンデモな舞台設定とあらすじを、極めてリアルに、真面目に描いているところなんです。

 この作品はふたりの著者による共作なのですが(もともとはブロック名義で刊行され、改訂版がでた際に共著だと明らかになったそうです)、ブロックさんのほうがパイロット&航空誌ライターという経歴の持ち主なのです。それだからか、作中の航空機関係の描写が非常にリアル! 臨場感あふれまくりでした。それでいて素人にもわかりやすくて、サクサク読めるのが素晴らしい。間違いなく一気読みしたほうがいい作品です。

 また、本書の魅力のひとつが、「敵がいっぱいいる」ことだと思います。まずは“空の上”という、絶対に逃げられない空間だということ。ミサイルが直撃したジャンボ機は、なんだかすごい性能のもので、高度6万フィートとか、よくわからないけど非常に高いところを飛んでいます。そこにいきなりミサイルによって大穴が空いてしまったものだから、さあ大変。追突したときの衝撃はおろか、しっかり管理されている気圧などが大幅に狂ってしまいます。そしてさらには酸素が奪われてしまう……。ミサイルがぶつかってからの一連のパニックは、もう阿鼻叫喚のひと言でした。

 そして、「酸素がなくなる」というのがいかに恐ろしいことか……。酸素が脳にいきわたらないまま一定時間が経過すると、脳細胞が壊れてしまいますね。本書でも、乗客やフライトアテンダントの人々のほとんどに、酸素の欠乏による脳挫傷が起こっています。それも、呼吸や運動神経など生命を維持する器官だけは無事で、思考を司る部分だけが破壊されてしまったり……。そのような被害を受けた人々は、もやは、“人間”ではなくなってしまいます。魂の抜けた、とても恐ろしい生き物と化し、何かのきっかけで無傷の人々を襲い始めます。これが、あらすじにもあった、第二の「敵」です。

 もう、この凶暴化したひとたちっていうのが、とにかく怖くって。こういう言い方はアレなんですが、まるでゾンビの大群が襲いかかってくるようなものですよ。こーわーいー!! もともとこの作品は、「旅客機が高々度で減圧事故を起こし、その結果乗客乗員がどうなるかということを小説にできないだろうか」という疑問がきっかけで執筆されたそうです。で、あるからしてこの部分の描写に力が入るのは当然のこと。もう、これ冒険小説じゃないですよ! ホラーだよ!!! いやもう、閉鎖された空間で明確な思考ができないひとたちに襲われるとか、怖がりの自分には勘弁してくださいって感じです(泣)。

 でもって、さらにまだ敵がいるんですよね、これが。第三の敵、それは「この恐ろしい出来事自体を“なかったこと”にしようと企む人々」です。この第三の敵を設定したことが、本書を傑作たらしめている要因のひとつだと断言したいです。

 まず、ミサイルを誤射してしまった軍の連中。もうこいつらが、とにかくひどい! 完全な過失だったからこそ、事件を隠蔽しようと画策します。でもまぁ、彼らにしてみればそりゃ隠したくもなるでしょうから、「この外道!! 地獄へ落ちやがれ!!」とかののしりながら読むくらいですむんですが、もっと許せないのは、このジャンボ機の航空会社! プラス保険会社!! こいつらがもう、外道の極みなのです!! 

 事件を起こした側が隠蔽しようとするのはまだわかります。でも、本来なら乗客を守るべき航空会社が、“こんなことが表沙汰になったら一巻の終わりだ”ということで、なんとか生き延びて帰還しようとする人々を見殺しにしようとするなんて! なんたる……! 怒りで本を持つ手も震えるってもんです。おまけに、航空会社だけではく、保険会社までもが隠蔽に加担している! 確かに、恐ろしい数のひとが亡くなっており、さらには脳に一生直らない障害を負ってしまったひとが何百人もいるのです。いったい保険の支払いはいくらになることやら……。そう判断した保険会社の人間は、航空会社の悪人と結託して、飛行機を墜落させようとします。いっそ全員死亡のほうが払うお金がすくないからって!! もうほんと、なんたること……!

 航空機には、いくつかの偶然が働いて、酸欠を免れて脳挫傷を負わなかった人々がいました。でもそれも、ほんの数人でしたが……。それでも彼らは希望を捨てずに、小型飛行機の操縦経験があるビジネスマン、ジョン・ベリーを中心に飛行機を無事に着陸させようとします。さまざまな「敵」に妨害されつつも、生きることを諦めない彼らの行動力は、ほんとうにすごいと思いました。そして物語のクライマックス、生きるか死ぬかの紙一重の場面での奮闘は、まさに手に汗握って読みました! 

 このクライマックスのシーンで特に印象的だったのが、事件から“生き抜こうとする人々”と、“隠蔽&抹殺しようとする人々”をきっちり対比させていることです。かなり細かく場面転換されており、「絶対に諦めない!」という思いが伝わってくるパラグラフのすぐあとに、「頼む、死んでくれ!」と死を願う描写があるという不思議さ。しかしこの対比のすさまじさゆえに、「どうなるの!?」という気持ちを抑えきれなくなり、ページをめくる手がとまらなくなるのです。いやはや、とにかく緊迫感のある小説でした。

 冒険小説か、というのは正直疑問なのですが(笑)、とにかく誰にでもオススメできる素晴らしい物語でした。もう、これをいままで読んだことがなかった自分をののしりたいですね! とにかくおもしろい! 傑作ですので、ぜひお手にとってみてください。あ、でもくれぐれも飛行機に乗る直前には読んじゃダメですよ!

(追記:本書は文春文庫で2回刊行されており、今回はいま書店で手に入る改訂新版を読んでいます。昔の版とは結末がちょっと違うらしいです。某アマゾンさんのレビューにその違いが書いてあるものがあるので、ネタバレを気にされる方はお気をつけください。

【北上次郎のひとこと】

 航空パニック小説のパターンとして多いのは、機内はめちゃくちゃな状態になっていても、交信による地上の協力やなにかの援助を受けて生還するというものが多い。ところがこれは、そのパターンを破って、援助どころかすべてが漂流機の敵にまわる設定だから、いやはやスリル満点。トマス・ブロックはこのあとも、『亜宇宙漂流』『盗まれた空母』などの航空サスペンスを書いているが、残念ながらこのデビュー作を超えるものはない。辛うじて読ませるのは、パイロットを失った航空機を描く『影なきハイジャッカー』くらいか。

東京創元社S

20120628124233_m.gif

 入社5年目の小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。この連載が21回に至ってびっくりしています。不定期連載になりつつあって申し訳ございませんが、いつもご愛読ありがとうございます。TwitterID:@little_hs

【毎月更新】冒険小説にはラムネがよく似合う【初心者歓迎】バックナンバー