みなさまこんにちは。ラムネとフェレットをこよなく愛する翻訳ミステリ編集者のSです。今回の課題書はクレイグ・トーマス『ファイアフォックス・ダウン』です。

 まずお断りしておきたいのが、本書は前回『ファイアフォックス』の続編であるということ。続編というか“実は事件は終わってなかった!”という体裁の小説ですので、本に書かれているあらすじからして、『ファイアフォックス』の結末に思いっきり触れています。ネタバレを気にする方は、お気をつけくださいませ。

 よござんすね? ではさっそくあらすじを……。

英米情報部の密命を帯びた米空軍パイロットのミッチェル・ガントは、ソ連が開発した最新鋭戦闘機ファイアフォックスの強奪に成功した。だが、追跡機との空中戦で被弾したファイアフォックスは燃料漏れを起こし、中立国フィンランドの凍結湖に不時着した! 消えた最新鋭戦闘機を手中に収めるべく、必死の捜索活動を展開する英米とソ連。一方、ガントはソ連軍に捕えられ、尋問のためにモスクワのKGB研究所へと送られた! (上巻のあらすじより)

 さて、わたしとしては“続編”というものは難しいものである、という印象があります。前作が傑作であればあるほど期待して読んでしまいますし、続編なんてなかったほうがよかったんじゃ……という思いをしたことも何度かあります。しかーし! この作品にはあてはまらず、そういう心配はいらなかったなあ、とほっとしました。むしろ『ファイアフォックス』よりおもしろい! 物語を盛り上げる要素がてんこもりで、なんというか「パンケーキ5段重ね! 季節のフルーツ山盛り! おまけの絶品生クリーム!」という感じでしたね。もうほんとおなかいっぱいになれちゃいます!

 まず上巻冒頭の50ページがすごい。このあたりはがっつり航空ものです。ファイアフォックスが被弾して燃料漏れを起こしてしまうという驚きの展開! そもそもタイトルが『ファイアフォックス・ダウン』ということで(原題そのままです)、あれだけすごい戦闘機が燃料切れで墜落してしまうかも、という大ピンチから物語が始まるわけです。そしてさらにソ連から追っ手も襲いかかります。もう初っ端から手に汗握る展開で、“続編を絶対に成功させてやるぜ!”という著者の気合いがものすごく伝わってきました。

 おまけにフィンランドに不時着してからは、追っ手から逃れるために、寒い寒い北の地でのサバイバル。KGBに捕まってからは、薬物による尋問(というか拷問だよな)との闘い。そしてKGBの研究所をなんとか抜け出してからは、変装しての逃避行、と、ピンチが実にてんこもりなのです。これだけ緊張感の途切れない小説ってなかなかないと思います。こうやって記事を書いている今も、さまざまな名シーンが脳裏に浮かんできます。とにかく濃密だったな〜。

『ファイアフォックス』では主人公ガントさんの内面描写というか、戦争のトラウマによる悪夢を見たり、パイロットとしてしか生きられない不器用さが魅力的だなと感じました。続編の本作ではそういう描写は薄くて、逆に危機をいかに乗り越えるかというアクション面に重きがおかれています。しかし、相変わらず人間ドラマもすばらしいんですよ!!

 KGBから逃げるガントさんを助けるのが、CIAの女性工作員のアンナ・アクメロヴナ。この人はいろいろあって現在はソ連に住んでいて、しかも恋人のドミトリ・プリャービンはなんとKGBの大佐なのです!! アンナは古巣のCIAからの命令でガントの窮地を救い、変装や出国の手引きをします。一方で、ドミトリはKGBからの命令で研究所から逃げ出したガントを追いかけます。ドミトリを愛しているのに、隠れて彼の敵対する組織の仕事をしなければならないアンナ。つまり彼女はガントの絶対的な味方ではないわけで、この設定が本書を劇的におもしろくしていると思います。アンナの出方次第でガントの運命は変わってしまう!

 わたしは小説において恋愛要素はそれほど重視しないんですが(ロマンスよりは死体が出てくるほうがうれしいですね、ハイ)。このような“展開をよりおもしろくする”恋愛描写は大好物です! お話の先が読めなくなりますし、濃密な人間ドラマが生まれています。もうね、この恋人たちの葛藤が読んでて胸にせまりました……。『ファイアフォックス』よりおもしろく感じたというのは、このアンナやドミトリの視点でも物語が語られ、登場人物たちの思惑や感情がより重層的に伝わってきたからでもあります。

 そうそう、忘れちゃいけないのが、ファイアフォックスの捜索をするCIAとSIS(英国秘密情報部)のひとたち。彼らの慌てふためきぶりもよかったです。特にSISのオーブリーさんがいい味出してましてね、もうほんとこの人大好き。情報部の偉い人なのに、わりと子供っぽい発言が多くて……。彼らは不時着してしまったファイアフォックスをなんとかイギリスに持ち帰るべく奮闘するのですが、さまざまな手を考えている場面がめっちゃおもしろいです。

 フィンランドに不時着したファイアフォックスは、ガントさんによってとんでもない所に隠されてしまい、普通には飛び立てないのです。そもそもガントさんはこの最新鋭戦闘機の機密を明らかにすべく、わざわざソ連に侵入して飛行機を盗みだしたわけです(前巻で)。それなのに目的地に着く前に不時着、パイロットのガントさんは逃亡中で不在、飛行機は飛び立てない。読者としてはピンチの連続でめちゃくちゃおもしろいですが、作中の人たちにとってはとにかくひどい状況ですね(笑)。

 もう、ファイアフォックスに対して、ぶち切れたオーブリーさんが言い放った言葉が最高でした。

「あの厄介者の飛行機が飛んでくれさえすればな!」

“厄介者”って!!!(爆笑) 最新鋭飛行機になんてことを! も〜、あれだけ頑張って盗みだしたガントさんがかわいそうじゃないですか。前巻からずっと「すごいすごい」言われていたファイアフォックスの評価がガタ落ちになっていて笑えました。“厄介者”がきちんと飛び立てたかどうかは、ぜひ本書を読んでお確かめください!

 上下巻とけっこうなボリュームのある作品ですが、とにかくおもしろかったです! 続編ですが、まあこの本からでも読めなくはない……気も。ぜひ手に取っていただければ幸いです。

【北上次郎のひとこと】

 航空冒険小説にはさまざまなパターンがあるが、作家はそれぞれに独自の工夫と趣向を凝らしていて、これはその代表的な作例と言えるだろう。まさか続編があるとは思わなかったが、その続編がこれほど素晴らしいというのも嬉しい驚きだった。トーマスという作家のすごさがここにもある。

東京創元社S

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小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。東東京読書会の世話人もしております。〈Webミステリーズ!〉で翻訳ミステリについて語る&おすすめ本を紹介する連載「翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。」をはじめました。TwitterID:@little_hs

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