みなさまこんにちは。前回からずいぶん間が空いてしまい恐縮ですが、「冒険小説ラムネ」をお届けいたします。いやはや、気づけばキンモクセイ香るこんな時期に……。次回はもっとがんばります。

 さて、わたしの懺悔タイムはこのくらいにして、今回の課題書のご紹介を……と思ったのですが、久しぶりすぎて最近翻訳ミステリー大賞シンジケートを閲覧するようになった方にはわけがわからんのでは!? ということに気づきました。

 念のためご説明いたしますが、この連載は「冒険小説初心者の女子が北上次郎さん推薦の課題書を読んで感想を書く」というものです。とはいえ、いつのまにか連載29回にもなっているのが自分でも驚きです。しかし初心を忘れず(?)今回も楽しくミーハーに感想をお伝えしていきたいと思います!

【毎月更新】冒険小説にはラムネがよく似合う【初心者歓迎】バックナンバー

 今回の課題書はスティーヴン・ハンター『真夜中のデッド・リミット』です! まずはあらすじを……。

 アメリカ・メリーランド州の山中深く埋められた核ミサイル発射基地。難攻不落のこの基地が、謎の集団に占拠された。最新鋭核ミサイルの発射を阻止するためには、基地へ侵入するしかない。ミサイル発射までに残された時間は十数時間。基地奪回に出動した歴戦の勇士プラー大佐率いる特殊部隊デルタ・フォースは世界の終末を救えるのか…。息づまり迫力で描く大型軍事サスペンス。(上巻のあらすじより)

 久しぶりに「読み終えたくない!」という作品に出会いましたよ!! 上下各400ページくらいとたいへんボリュームのある小説なのですが、それをまったく感じさせない圧倒的なリーダビリティ。おまけにタイトルが象徴しているように、タイムリミット・サスペンスでもあるわけですから、ページをめくりはじめればあとは一気読みです。まるで濃密なアクション映画を観たような気分でした。

 そしてこの小説、とにかく謎が多い! これがもうミステリファンにはたまらないな〜と思います。筋としては単純で、「テロリストに核ミサイル発射基地が占拠されたから取り返さなくちゃ!」っていうだけの話なんですよ。でも数々の謎を設定し、それをちょっとずつ明らかにしていくという構成なので、ものすごーくミステリアスな物語になっているのです。冒頭からどんどん提示されていく謎が、ネタバレにならない程度にご紹介するだけでもこんなにあるんですよ!

  • 核ミサイル発射基地を襲った謎の集団の正体は?
  • 難攻不落のはずの核ミサイル発射基地をどうやって占拠したのか? 基地内部の情報はどこから漏れたのか?
  • 核ミサイル発射管制室を謎の集団から取り戻すために必要なコード番号(暗号)とは?
  • そもそも謎の集団は核ミサイルを手に入れてどうするのか?
  • 核ミサイル発射基地占拠事件とはまったく関係なさそうなある人物のエピソードはいったい何なのか?

 とまあ、挙げていけばきりがないほどです。これらの謎がメインの奪還作戦を盛り上げつつ、特殊部隊員デルタ・フォースと謎のテロリスト集団との白熱した戦闘シーンもあります。戦闘シーンはまさに手に汗握って読みました〜。どちらも戦闘に長けた特殊部隊という設定なので、お互いの出方をうかがう読み合いもすごいのです。デルタ・フォースを率いるディック・プラー大佐が一癖も二癖もある人物なのもいいんですよね。こういう上司の下で働くのってたいへんそうだなぁ、と人ごとのように考えていました。

 プラー大佐をはじめ、人間味あふれる印象的な登場人物ばかりなんですが、さらに「群像劇的手法」を用いて書かれているという点がいいなと思います!

 読みはじめてからすぐに、さまざまな人物の視点で物語が進んでいくことに気づきました。核ミサイル発射基地の職員、特殊部隊デルタ・フォースのトップや隊員、FBI特別捜査官、ミサイル基地建設に携わった学者、さらには謎の集団の指揮官〈大佐〉やその部下まで! 本文が短い章の連なりで書かれており、登場人物表に掲載されている20人以上のほとんどが視点人物になっているのです。しかも敵味方を問わない、まさに群像劇。

 わたしが特にすごいなーと思ったのが、「敵の視点の章があるのに彼らの正体がわからない」というところですね。謎の集団が核ミサイル発射基地を襲うシーンを読んでも、彼らがどういう集団で、何を目的としているのかがさっぱりわからない。だからこそ気になって気になって、どんどん先を読み進めてしまうんです。

 もちろん彼らの正体は物語が進んでいくと明かされるわけですが、その情報開示のタイミングが見事です。彼らの正体が明らかになると同時に、「核ミサイル発射基地占拠事件とはまったく関係なさそうなある人物のエピソード」がある必然性がわかるんですよ! いやー、何かしら関係あるんだろうと思って読んでましたが、こんな繋がりがあったとは! とにかくびっくりしました。

 そして、この「群像劇的手法」で書かれた物語を突き詰めて考えていくと、「主人公って誰なんだろう?」という疑問に思い至ります。

 この作品は、明確な主人公がいない気がします。すくなくとも、わたしにはわからなかったです。強いて言えばプラー大佐なのかなぁ。でも登場人物それぞれにドラマがあり、味方のデルタ・フォース隊員はもちろん、敵の謎の集団のメンバーにも感情移入して読めてしまいました。敵さんにもいろいろ事情があるよね、みたいな。

 ということは、作中でいつ誰が死ぬか予想がつかないってことなんですよね(遠い目)。よく少年漫画や何かで「主人公補正」というものがありますが、小説でもまず「主人公は死なない」というのがセオリーではないでしょうか。もしくはメインキャラクターは生き残る、とか。まあ、それをあえてひっくり返す作家さんも多いですが……。

 物語の最後までくると、激闘の末、たくさんの人物が倒れていったのだということがわかります。誰が死んで誰が生き残るのか、わくわくしつつ読めますよ(にっこり)! でも、ネタバレになるので具体的に誰かは秘密ですが、わたしのお気に入りだったキャラクターの最期が思った以上にさらっと書かれていたので、せつなさMAXでした。スティーヴン・ハンターさん、鬼畜の所業や……と涙にくれました。フィクションですが、戦って死んでいった彼らに黙祷を捧げたいような、そんな不思議な気持ちにさせてくれた作品でした。

 ほんと、「お見事ですっ……!」としかいいようがない傑作でしたね。申し上げたとおり登場人物が多いうえ、視点の切り替わりが激しいので、最初はとっつきにくく感じる方もいるかもしれませんが、慣れると一気読みです。あ、そうそう、キャラクターの名前が覚えられない! という方は、東京創元社の〈WEBミステリーズ!〉「翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。その1・これ絶対覚えられないだろ! という登場人物名の覚え方」という記事を書いたことがあるので、よかったら参考にしてみてくださいね(宣伝)。

 なんかこう、骨太の小説が読みたいなーというときにおすすめです! ぜひ手にとってみてください。

【北上次郎のひとこと】

『真夜中のデッド・リミット』は、1986年に『さらば、カタロニア戦線』で日本に初紹介されたスティーヴン・ハンターの翻訳弟2弾。その後、ハンター作品は数多く翻訳されているが(2008年から毎年1作ずつ扶桑社ミステリーから刊行されている。ただし、2014年だけお休み)、それらから1作選べば、1999年に翻訳された『狩りのとき』。ボブ・リー・スワガーが活躍する1篇だが、動→静→動のリズムが素晴らしい。これがアクションだ。世評では『極大射程』の評判がいいが、それは好みでわかれるだろう。

東京創元社S

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小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。東東京読書会の世話人もしております。〈Webミステリーズ!〉で翻訳ミステリについて語る&おすすめ本を紹介する連載「翻訳ミステリについて思うところを書いてみた。」をはじめました。TwitterID:@little_hs

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