先日、同僚が昼休みにケイト・モートンの『秘密』(青木純子訳 創元推理文庫)を読んでいたので声をかけてみると「祖父の本棚から借りてきたんですけど、海外ものってなんか難しいですねー。慣れてなくても読めそうなやつって何かありますか?」と聞かれたんです。難しさの度合いもおもしろさの度合いも人それぞれ。勧めた作品が果たして同僚に刺さるのかどうか、それはわからないよと前置きしたうえで、ジェイン・ハーパーの『渇きと偽り』を勧めてみました。理由はオーストラリアつながりだから。単純ですね。

 というわけで、今回はジェイン・ハーパーを取り上げます。

『渇きと偽り』は、干ばつにあえぐオーストラリアの農村を舞台に、親友の葬儀に出席するため20年ぶりに帰郷した連邦捜査官フォークが、自らの過去と向き合いながら親友の死の真相を探っていくという物語でした。閉鎖的で殺伐とした町と住人をドライに描き、フォークの旧友に対する思いや、過去に向き合うフォーク自身の内面をじっくりと描く、その様が実に堂々としており、しかもそうでありながら、本格ミステリとしての結構もしっかりとしていて、新人のデビュー作とは思えないその書きぶりは、CWAゴールド・ダガーの受賞という形で大きく評価されました。

 そしてこの8月には、第2作となる『潤みと翳り』(青木創訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)が刊行されています。

『渇きと偽り』の事件からしばらくあと、今回は外界と断絶した森林の中が舞台です。企業研修の一環で森林でのキャンプに入った5人の女性。慣れないながらもテントを張り、食事を取り、なんとか初日を終えたメンバーでしたが、翌日のキャンプ地への移動中道に迷ってしまいます。携帯電話も通じず、地図も役に立たず、雨と寒さが体力を奪い、焦りと不安が精神を蝕んでいくなか、徐々に亀裂の入り始めた5人のメンバーのうち一人が、いつの間にか姿を消してしまいます。道に迷った末の遭難なのか、あるいは何かの事件に巻き込まれたのか。残りのメンバーはやがて救助されますが、彼女がいつ消えてしまったのか、どこへ行ったのかは誰も知らないままでした。

 ある事件の捜査過程で、行方不明になった女性と関わりのあったフォークは、女性が行方不明になったと思われる時間帯に電話の着信を受けていました。彼女に何が起こったのかを確認するため、フォークと、パートナーのカーメンはメルボルンからジララン山脈へと向かいます。

 5人の女性たちがキャンプに入り、やがて遭難し、そのうち一人が姿を消してしまうまでの経緯が描かれるパートと、もう一つ、遭難から4人が救助され、フォークたちが残りの1人を捜査する現在進行形のパート。物話は二つの場面を交互に描くことで進んでいきます。場面の転換を細かく繰り返しつつ、女性の身にいったいなにが起こったのかを明らかにしていくという構造になっています。

 遭難パートでは、女性たちの次第に蝕まれていく精神状態が、5人それぞれの視点から描かれます。一方現在のパートでは、キャンプ地近辺で25年前に起こった連続殺人事件のエピソードをちょっとずつ挟み込み、サスペンス感を徐々に煽っていきつつ、フォークたちの捜査の様子を描いていくのですが、あるきっかけを境に物語がサスペンスから謎解きへとギュンとシフトしていく、その心地よさは前作と共通する特質といえるでしょう。

 フォーク自身の物語とも言うべき前作から、本作では彼が一歩引いて純粋に探偵役を演じることによって、ミステリとしてはシンプルになった感があります。しかし、入り組んだ人間関係や、特定状況における人々の心理描写、また真相に向けての布石の打ち方など、前作と共通するこれらの要素に、著者固有の「味」を感じます。

 オーストラリアつながりだと、最近ではキャンディス・フォックスの『邂逅』『楽園』(冨田ひろみ訳 創元推理文庫)といったちょっと破格のミステリもあったりするんですが(こちらもおもしろいんです! ですが! 3作目はどうなってるのかすごく気になってます!)、自ら読み慣れていないという同僚に勧めるのならこちらかなーと。でも実は勧めただけで読んでくれたかどうかは確認していないんです。おもしろく読んでくれたらいいなあと思っているんですが。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。