『恐怖の関門』

アリステア・マクリーン/伊藤哲訳

ハヤカワ文庫NV

 皆様こんにちは。「冒険小説にはラムネがよく似合う」第三回はアリステア・マクリーンの『恐怖の関門』です。

 さてまずはあらすじを……といつものように引用したいところなんですが、私が読んだのは会社の倉庫にあったハヤカワ・ノヴェルズ版だったので、適当なあらすじが載ってないんですよね。なので今回引用(手抜きともいう)は無しで頑張ります。

 まず、プロローグで旅客機が謎の襲撃を受け撃墜されます。主人公の「私」は違う場所にいて、無線で機内と交信しています。機には「私」の恋人が乗っており、最愛の人は失われてしまいました。「私の紅いバラは白くなった」という一文がものすごく印象的で、そしてこの物語の重要なキーワードになっています。

 衝撃的なプロローグから一転、場面はアメリカの法廷に移ります。そこで「私」ことタルボは判事の聴聞を受けています。そしてなぜかタルボは警官を射ち、法廷にいた若い女性を連れて逃亡します。

 正直に告白しますが、三章ぐらいまで読んでも面白さがまったくわかりませんでした。だって主人公が嫌な奴で……警官は射つわ女の子は誘拐するわで、こう今までの登場人物と違ってミーハー心が刺激されないといいますか……。うーん、これはちょっと読むのに苦労するかも? と感じたんですよね。が、が、私が間違っていました。マクリーン師匠、すみませんでしたぁっ!!

 面白くなってきたのは、三分の一を過ぎたあたりからです。南米の石油とか、潜水艦とか、麻薬中毒のヤクザなお兄さんとか、よくわからない話や描写が続いているのに、なぜかページをめくる手が止まらなくなってしまいました。そして気がつけば半分以上読み終わっていて……。自分でもびっくりしました。そしてこのあたりで、主人公の真意、最終目標が物語を貫く大きな謎になっているのだ、ということに気がつきました。(遅いよ!)

 そこからはもうマクリーン師匠の手の上で転がされていきます。謎また謎のプロットが続いていて、翻弄され続けます。敵だと思っていた奴が実は味方だったり、あまり重要じゃないと思っていた人物が大活躍したり、とにかく先が読めない展開でどんでん返しが満載。かつ大迫力のアクションシーンもあり、スリルも満点です。そして「わけわからん!」と思っていた謎が一気に解けるラストは圧巻の一言です。ああ、そういうことだったのね! 裏にはこんな秘密が! と、すっきりわかって爽快な気分になりました。この謎解きのカタルシスは、まさにミステリを読んでいるときと同じものです。そして謎解きの場面が滅茶苦茶怖いんですよー(泣)。もう人間ってここまで残酷なことをいえるのか、と。読みながらこわいー、こわいよーと泣きたくなってしまいました……。怖がりなもので……。

 そしてイマイチ魅力を感じなかった主人公、タルボも読み続けるうちにだんだんその魅力がわかってきました。彼はとても賢いし、口も達者です。サルベージのプロフェッショナルで(出ました特殊技能!)、そしてものすごく大きな闇と空虚を抱えています。ある目的のためだけに生きていて、あらゆる屈辱や痛みに耐えている。マクリーン師匠の物語は、常に「男の世界」を描いているそうですが、彼はまさに男の中の男という感じですね。それだけに私のような若輩者では、彼の魅力がわかるのに時間がかかったのでしょう。物語が終わった後、彼がどのような人生を送っていくのかとても気になります。

 なんだか勢いだけの駄文になってしまい申し訳ないのですが、この作品は冒険小説でありながら上質のミステリだと思うので、ネタバレを恐れるがゆえに感想が書きにくいです。(言い訳。)ミステリの評論家や書評家の方がいかにすごいかを実感しました。でも本当に読んでいただければわかります! ので。そして読む際はぜひ一気読みをおすすめします! わからないことがあっても、驚きの展開があっても、とにかく一気に読んで下さい。マクリーン師匠のすごさは最後にわかります。っていつのまに師匠に……。

(了)

 ひとこと

『ナヴァロンの要塞』が内通者は誰かという謎を一つの核にしていたように、マクリーンの作品にはもともと謎解きの要素が濃い。そのもっとも顕著な作例がこの『恐怖の関門』なのである。

この作品の発表が1961年、なんと半世紀前に書かれた作品だ。それがいまでも面白いのだから、すごい。マクリーンは1955年にデビューした作家だが、60年代の作品はだいたい面白い。その後も全部面白い、と言えないところは辛いのだが。

北上次郎