(承前)

 二つめは、アメリカ製のクライム・コメディの要素だ。特にカール・ハイアセン。突拍子もない奇人が物語の中をうろつきまわり(ヒーローさえも奇人だ)、真っ直ぐに進むべきプロットをねじ曲げていくというやり方は、明らかにハイアセンの影響を受けている。

 殺人事件の黒幕であるスティーヴン・ライムは、国家健康保険制度(NHS)を利用して財を成そうとする俗物だ。ハイアセン作品ではフロリダ州の自然を破壊して荒稼ぎする開発業者がしばしば悪玉扱いされるのだが、ライムからはそれと同じような悪臭がする。そして前述の殺し屋ダレン・モートレイク。モートレイクは、ライムの指示によって医師を「自殺に見せかけて」殺害しようとする。その穏やかな手口がどうして鼻に二本指が刺さった死体を製造してしまうような馬鹿げた事態に陥るのか。それはモートレイクが、現代に甦ったネアンデータル人のような、総身に知恵が回りかねた大男だからだ(こんな人間に繊細な犯罪を依頼する方が間違っている)。ハイアセン作品にもこうしたグロテスクな犯罪者がたびたび登場する。印象的なのは『珍獣遊園地』(角川文庫)に出てきた、ステロイドのやりすぎで睾丸がどんぐり大に縮んでしまったマッチョ男、ペドロ・ルツだ。モートレイクしかりルツしかり、規格外の人間からは規格外の発想が出てくるものである。それが事件を複雑怪奇な色に染め上げているのだ。

 余談ながら、本書の二百九十一ページでパーラベインが口ずさむ「命知らず」(原題Desperados Under The Eaves)は〈ロック界のサム・ペキンパー〉と称される孤高のミュージシャン、ウォーレン・ジヴォン(一九四七〜二〇〇三)のセカンドアルバム”Warren Zevon”に収録された曲である。乾いた言葉で死の匂いを感じさせる歌詞とストリングによるドラマティックな旋律のミスマッチぶりが美しい。この曲はジヴォンのファンの間で人気が高く、カリフォルニアを題材にとったという点の類似から「裏ホテル・カリフォルニア」と呼ばれることもあるという。ジヴォンは多くの小説家と交流があったことでも知られ、スティーヴン・キングやエイミー・タンらが結成したバンドに協力したり、『ラスベガスをやっつけろ!』(筑摩書房)の作者ハンター・S・トンプソンをアルバム作りに参加させたりといったことをしている。そうした共同作業でもっとも有名なのが、二〇〇二年のアルバム” My Ride’s Here”に収録された”The Basket Case”である。この曲を共作したのはカール・ハイアセンで、なんと同年にハイアセンが発表した同題の長篇(未訳)に登場するバンドが演奏するテーマソングということになっているのだ(ハイアセンは一九九五年のアルバム” Mutineer ”にも参加している)。ハイアセンとこれだけ縁が深いことを思うと、ジヴォンの「命知らず」が文中に登場するのもむべなるかな。もちろん歌詞の方も場面にマッチしている。ブルックマイアはこういう遊びを好んでやる人なんですね。

 さて、三つ目だ。最後に挙げるのは、スコットランドのお土地柄という要素である。スコットランド出身のミステリー作家といえば、最近ではまずイアン・ランキンの名前が挙がるだろう。ランキンのリーバス警部シリーズは、本書と同じエディンバラが舞台だ。しかしイギリス文学全体を見渡して現代を代表するスコットランド作家を一人挙げるとするなら、やはりアーヴィン・ウェルシュを措いて他にない。エディンバラ出身のウェルシュは、一九九三年の長篇デビュー作『トレインスポッティング』(角川文庫)の成功で一躍スターダムにのしあがった作家である。彼が描くエディンバラは、スコットランドの州都であり、美しいエディンバラ城を頂いた歴史ある都市ではない。その郊外(サバービア)に住み失業保険を貰いながら暮らす貧困層が見たエディンバラなのである。そうした未来のない人々の、諦念と怒りが織り交ざった心境から湧いてくる乾いた笑いを、ウェルシュは作品中で描いた。

『殺し屋の厄日』の舞台となるのもエディンバラだが、主人公パーラベインの出身地はエディンバラを抑えてスコットランド第一の都市となっているグラスゴーである。グラスゴーはエディンバラと同様に歴史のある町だが、現在は工業都市としての性格が強い。またサッカー人気が高いことでも有名で、例のフーリガンが頻繁に暴れ回る場所でもあるのだ。パーラベインはそうした荒くれた土地の出身であることを内心誇っており、彼のたたく軽口にもそれが現われている。本書の文中でも『トレインスポッティング』に言及した箇所があるが、都市の底辺生活者の視点から反抗的に「お上」を見るというありようは、ウェルシュにも共通したものだ。

 スコットランドはかのアーサー・コナン・ドイルやジョン・バカンを輩出するなど、ミステリー界への貢献度が大である土地だが、スコットランド出身の作家にはウェルシュやイアン・バンクスなど、癖のある作家が多い。ストレートな警察小説と見せかけて、こっそりロック文化の符丁を作中に織り交ぜるイアン・ランキン(ローリング・ストーンズ・マニア)などもやはり曲者である。こうしたへそ曲がり気質は、英語とゲール語の二つを共用語にいただく二面性や、遡っては十八世紀にスコットランドがイングランドと合邦したことを併合ととって遺恨に思う歴史的背景に求められるだろう。ブルックマイアもスコットの系譜に連なる作家なのであり、作品の邦訳紹介が進めばそうした地域性についても理解が進むはずである。

 長くなってしまった。短くまとめて言えば、曲者の主人公が事態を掻き回す、油断のならないストーリー(ちょっとゲロつき)。『殺し屋の厄日』を楽しんでもらえれば幸いです。本書に対しては「タイムズ」紙より「才能ある作家のデビューであることは確信できる」との賛辞が寄せられた。また同紙はブルックマイアの第三作”Not the End of the World”に対し「ユーモアのセンスは五つ星。真の才能がいっぱい詰まっている」と、やはり絶賛しているのである。

 クリストファー・ブルックマイアは、本書のあとCountry of the Blind、Boiling a Frog、Be My Enemyと合計四冊のジャック・パーラベインものを書き、合間にノンシリーズ作品を発表している。二〇〇七年八月に刊行が予定されているAttack of the Unsinkable Rubber Ducksは、どうやらパーラベインものになるようだ。また、彼の書誌を見ると、前記のFirst Blood Awardのほか、一九九七年に短篇Bampot Centralが英国推理作家協会(CWA)のShort Story Daggerを(「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」一九九八年六月号に「中央郵便局襲撃」として訳載)、二〇〇〇年にBoiling a Frogが犯罪小説雑誌Sherlock Magazineから贈られるSherlock Award for Best Comic Detectiveを、二〇〇六年にAll Fun and Games Until Somebody Loses an Eyeがコミック・ノヴェルの賞であるBollinger Everyman Wodehouse Prizeを、それぞれ受賞している。近況は、公式サイトなども参考にしてください。ブルックマイアの肖像写真が載っている。スキンヘッドのブルックマイアは、いかにもへそ曲がりな印象である。ちょっとエリック・アイドルにも似ているな。

■クリストファー・ブルックマイア長篇リスト(※はジャック・パーラベインもの)

※Quite Ugly One Morning (1996)『殺し屋の厄日』本書

※Country of the Build (1997)

Not the End of the World (1998)

One Fine Day in the Middle of the Night (1999)『楽園占拠』ヴィレッジブックス

※Boiling a Frog (2000)

A Big Boy Did it and Ran Away (2001)

The Sacred Art of Stealing (2002)

※Be My Enemy (2004)

All Fun and Games Until Somebody Loses an Eye (2005)

A Tale Etched in Blood and Hard Black Pencil (2006)

※Attack of the Unsinkable Rubber Ducks(2007)予定

(付記)ウォーレン・ジヴォンの楽曲については、ジヴォンのファンサイトを管理しているSF作家の上田早夕里さんから貴重なご教示をいただきました。また、川村恭子さんからは資料のご提供をいただきました。改めてお二人のご協力に感謝いたします。

 杉江松恋