(承前)

 そしてそしてそして、今回の本題(?)私の心を鷲づかみした罪深い男、リーアム・デヴリンについて語ります! 彼に言及しないなんてことがあろうか! いやない! この本を読み終えてからというもの、誰かとリーアムについて語り合いたくてしかたがないのです! 誰か読んで一緒に騒いで! ……すみません、魂の叫びが漏れました。このリーアム・デヴリンという男は私のミーハー魂に火をつけたんですよ……。

 えーと、読んで下さる皆様が若干引いているやもしれませんが、この胸にたぎる熱い想いを! ぜひとも! わかって! 下さ、い……。リーアム・デヴリンとは、アイルランド人です。熱烈な愛国者で、アイルランド独立運動に一生を捧げる闘士です。イギリス文学の研究家でもあり、知識人でありながら喧嘩っぱやくて勇敢な男です。リーアムを表現する文章がちょっとびっくりするくらいすごいので、引用します。

 黒い髪が波打ち、顔は青白く、目はラードルがこれまで見たことがないような青色で、そこに固定してしまったような感じで口の片端に皮肉な笑みを浮かべている。人生は不運な笑い草であったことを知り、それを笑う以外になすすべがないと決めた男の顔であった。

 なんだろう、この「よくわかんないけどなんかかっこよさげ」な人物描写は!? と読んだ瞬間、目が点になりました。好き嫌いは別れるでしょうが、とにかく印象に残る人物だと思います。初登場の瞬間から彼を気に入ってしまい、登場するたびに嬉しくなりながら読んでいました。作中でリーアムはドイツ側につき、シュタイナ中佐の落下傘部隊のアシストをします。ジョウアナ・グレイの手引きで村の一員になりすまし、シュタイナ中佐たちが降下してくるのを待つのです。本文の半分くらいまではリーアムの活躍を描いていることもあり、私は途中まで「なんでシュタイナ中佐が主人公なんだろう?」と思っていました。むしろリーアムが主人公じゃないの? と。それくらい存在感のあるキャラクターなんです。

 しかし最後まで読んで、その考えはまちがっていたのだと悟りました。『鷲は舞い降りた』の主人公は、まぎれもなくシュタイナ中佐です。

 少しネタバレになってしまうかもしれないのですが、ご容赦ください。この物語の核になっているのは「チャーチル誘拐作戦」です。しかし歴史上にそんなことが成立したという事実がない以上、当然シュタイナ中佐たちの冒険は失敗に終わることになる、とすぐにわかります。そしてさまざまな要因が絡みあって、作戦は本当に実行不可能な状況になってしまいます。しかし、シュタイナ中佐は最後まで諦めません。なぜ諦めないのか。彼はこう答えます。「なんとしても、それ以外の途をとることができないからだ」。不器用な人間だなぁ、と思います。しかしその不器用さ、ひたむきさが胸を打ちます。そして最後の一ページを読んで、まさしく彼が主人公だと悟りました。すごく心に残る一文があります。この感動的な結末は、ぜひ読んでお確かめください。

 私はこの連載を始めるまで(始めさせられるまで・笑)ほとんど冒険小説というジャンルの本を読んでこなかったわけですが、いろいろ読んでいくうちに、徐々にその面白さがわかってきました。最初は、自分がいままで触れたことがない分野を知ることができた新鮮さに惹かれました。そして先が読めない展開の面白さや、アクション・シーンのスリルも味わいました。そしてこの『鷲は舞い降りた』には、人間の複雑さも描かれていると思います。一筋縄ではいかない人間たちの奮闘や苦しみ、優しさ、心の叫びが描かれた作品です。また新たな冒険小説の魅力を発見しました。私ごときが今更言うべきことではない気もしますが、この作品はまさしく傑作、です。

(了)

〔ひとこと〕

『鷲は舞い降りた』は、『ナヴァロンの要塞』と並ぶ戦争冒険小説の二大名作だが、敵役をヒーローとして設定したという点で歴史に残る作品となっている。もっともこれが素晴らしい作品だからといって、他の作品に手を出すと、必ずしも傑作ばかりではなく、むしろそうでない作品のほうが多かったりするから油断できない。

 北上次郎