みなさんこんにちは。ご無沙汰してしまって申し訳ございません。いつの間にかたくさんの新連載もはじまっていて、時の流れる速さに驚くばかりです。「お前はいったい何をしていたんだ!」というお叱りの声もあるかと思いますが、何をしていたかというと……目録奴隷になっていたのです。『東京創元社 文庫解説総目録』という名のネクロノミコンを作っていたのです! 詳しくは小社Webサイトにある「目録奴隷解放宣言!——編集部Sの愛と憎しみの総目録奮闘記——」をお読みください……。そして総目録買ってください……。

 さて、原稿が遅れた言い訳も終わったので(?)、早速あらすじのご紹介を……、あ、言い訳にかまけて本のタイトルのお知らせを忘れていました。セシル・スコット・フォレスターの『アフリカの女王』です!

 第一次大戦下のドイツ領中央アフリカ。ローズ・セイヤーはドイツ軍に復讐を誓った。布教活動に専心する兄が迫害を受けた末、悲惨な死を遂げたのだ。折りしも英国人技師オルナットと出会った彼女は途方もない計画をいだく。それは彼の所持する小型蒸気船を利用したドイツ砲艦への体当り攻撃だった! 行手に待ち受けるのは人跡未踏の大密林に逆巻く激流。だが行かねばならない、亡き兄のため、祖国イギリスのために! 不可能な目的に敢然と立ち向かう男女二人の決死行! 巨匠フォレスターが雄渾の筆致で謳い上げる不滅の大冒険ロマン(本のあらすじより)

 あらすじを読んでまず驚いたのが、主人公のローズの目的が「敵艦に体当たりすること」だった点です。とんでもない主人公だなぁ、と唸りながら読みはじめました。ローズはドイツ領のアフリカで、キリスト教の布教をするお兄さんに協力していたのですが、物語の冒頭でそのお兄さんが死んでしまうのです。そして密林の中でたった一人になってしまいます。しかしそこに現れたのが、技師のオルナット。彼は〈アフリカン・クイーン〉という小型船を持っていて、それで川を下って密林を脱出することにします。そして行く手に待ちかまえる、ドイツ軍の戦艦にぶつかって名誉の戦死をしようと決意します。いろいろ問題はあるような気がするけど、お、男前や……。

 しかし敵艦にぶつかるためには、何日ものあいだ、川を下って行かなくてはなりません。この川が曲者なんです。このお話にはドイツ軍という敵はいますが、いちばんの敵はやはり川です。豪雨に打たれ、激流に流され、それでも振り落とされまいと必死で舵を操るローズ。この激流を下って行くシーンの臨場感がものすごいです。訳者あとがきによると、著者はイギリス、フランス、ドイツの河川を小型ボート(ディンギー)で下った経験があるそうで、迫力のある激流下りには著者の実体験が反映されています。冒険小説家はそういう人が多そうですね。しかし私は川下りなんてしたことがないので、某ねずみの国のス●ラッシュ●ウンテンをものすごく激しくした感じなのかしら? とか、その程度の想像しかできなくてごめんなさい……。でもすごく迫力があって、スリル満点のシーンなのです! 自然という、ものすごく大きなものに立ち向かう姿というのは格好良いですね!

 また、中央アフリカの気候をこと細かに描写する筆力がすごいと思います。とにかく暑そうで、虫は多いし、もう私なんて絶対生き延びられない……。心の底から、冒険小説の主人公のような人生を送るはめにならなくて良かったなぁと思いました。いままで七作の冒険小説を読んできましたが、この作品がいちばん大変そうです。不可能に近いミッションを達成することも難しいと思いますが、この物語の世界では暑さに耐えることからはじめなくてはならないんですよ。嫌だー。気候や自然の描写がものすごくリアルで読み応えがあるのも、著者の実体験が反映されているからでしょうか。

 と、いうわけで、この作品は「冒険」部分はとても面白かったです。しかーし! 私はこの作品で突っこまなくてはならない点があるのです。主にローズについて!

 いやもう、最初から嫌な予感がしていたんですよね。だってアフリカのジャングルの中に、男と女、たった二人で取り残されるんですよ……。もう最初っからこの二人くっつくことになるじゃん……と思っていたら、まったく予想を裏切らない展開で! はじめのうちはオルナットを警戒していたのに、お酒を飲んで暴れた彼に怒って一日中無視とかしていたのに、いつのまにやら「可愛いひと(ハート)」なんて思うようになっちゃって! よーく考えろローズ! それは吊り橋効果だ! 危険な場所で偶然ふたりっきりになっちゃったから、なんかいい男に見えているだけだ、目を覚ませローズ!! ……ふう、叫びすぎて咽が嗄れちまったぜ……。

 もう、このローズとオルナットの関係の変化があまりにも予想がつきすぎて意外性がなく、その点がちょっとがっかりです。オルナットが頭のまわる危険な男で、ローズは川下りの大変さもさることながら、そばにいる男から自分の身も守らなくてはならない……とか、二重の困難があればさらにサスペンスが生まれて、より面白く読めるのではないかと思うんですけど。というかですね、私はローズの描写にいまいち納得がいかない点がありましてね。彼女は厳格な宣教師のお兄さん以外に、周りに男の人がいなかったらしく、最初のうちは「老嬢のよう」なんて表現をされていたんですよ。それがお兄さんが死んでしまって、いわば厳格さから解放された。淑女でいる必要がなくなったわけです。そして危険な川下りを遂行するにあたって、自分の意志でしっかり船を動かさなくてはならない。そういう心持ちの変化が彼女を変えて、生き生きとした表情が生まれ、あまつさえ、端的にいうならば色気まで出てきたっていうんですよ! なんでやねん! 遭難して川下りをすれば色気が出てグラマーな美女になれるっていうなら、私だっていくらでも遭難してやるっつうの!(ハッ! すみません本音が!)

 えーと、若干不適切な発言があったことをお詫びいたします。とにかく、冒険小説としては面白く読みましたが、一部登場人物の描写に疑問を抱かざるをえない、とまあそんな感想です。このロマンス(?)部分を、冒険小説読みのみなさんがどう思っていらっしゃるのかを伺ってみたいです。私はどんなジャンルの作品でも、予想がつかないことが起きる展開のほうが好きだから、あまり納得がいかないのでしょうか。だって、ローズ、あとで絶対後悔しますよ。オルナットは、正直結婚相手としてはどうかと思うし……。まぁ、この点もリアルといえばリアルな描写なのだろうか……。

 久しぶりなのにこんな駄文で本当に申し訳ございません。もう、他のみなさんの連載がすごくしっかりしたものなのに! 情けないかぎりですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。世に冒険小説があるかぎり、この連載も続く! かもしれません。あ、『総目録』もよろしくお願いいたしまっす!(常に宣伝)

【北上次郎のひとこと】

冒険小説の主人公は圧倒的に男がつとめることが多く、ヒロインが主人公になることは少ない。したがって、これは数少ない例外だ。女性が主人公になると冒険小説ではなく、サスペンスになるのが通例なのである。

ということで、女性読者が読むとその例外作品に対してどういう感想を持つのかなと

思ったのだが、なるほどね。わかりました。

それでは、密林と川下りという共通項を選んで、次回のテキストは、ジョージ・R・R・マーティン/ガードナー・ドゾワ/ダニエル・エイブラハム『ハンターズ・ラン』(酒井昭伸訳/ハヤカワ文庫)にしたい。

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