みなさんこんにちは。最近お仕事で翻訳ミステリ業界のひとに会うと「ああ、あのラムネの……」といわれている東京創元社のSです。大変嬉しいのですが、いつまでも「ラムネの……」じゃいかんだろう、自分。今年は「ラムネとミステリの」といわれるように精進したいと思います。

 前置きが長くなりました。さっそく、今回の課題本の紹介をしたいと思います。ジョージ・R・R・マーティン&ガードナー・ドゾワ&ダニエル・エイブラハム『ハンターズ・ラン』です!

 辺境の植民星サン・パウロで、探鉱師ラモンは、酒のうえの喧嘩でエウロパ大使を殺してしまった。大陸北部の人跡未踏の山間に逃げ込んだものの、ラモンは謎の異種属と遭遇し、つかまってしまう。しかも、異種属のもとから脱走した人間を捕らえる手先になれと命令された。異種属の一体、マネックに“つなぎひも”でつながれ、猟犬の役をはたすことになったラモンの運命は……? 人気作家三人による、スリリングな冒険SF(本のあらすじより)

 この作品は、ガードナー・ドゾワのアイディアをジョージ・R・R・マーティンが膨らませ、ダニエル・エイブラハムが長編化したものです。最初のアイディアが生まれてから、長編作品になるまでなんと三十年かかっているそうです。はてさて、いったいどういう物語なんだろう……とワクワクしながら読み始めました。そして、読み終わってからの率直な感想は、「あまりにも面白くてどうしよう!」です。どこが、と聞かれるとたくさんあって困るのですが、まずはこの作品にホワイダニットがあるという点について触れてみたいと思います。

 『ハンターズ・ラン』には、物語全体を貫く大きな謎があります。それは、「そもそものはじまりである、エウロパ大使殺害の原因は何なのか?」という謎です。主人公ラモンはバーでお酒を飲んでいるうちに、異星人であるエウロパ人の大使をうっかり殺してしまいます。お偉いさんを殺してしまったわけで、警察の手から逃れるためにまだ開発されていない大自然の中へ逃げてほとぼりをさまそうとします。そこで異星人に捕まって手先にされてしまうのですが、そもそも大使を殺さなければそんなことにはならなかったわけです。ではなぜ大使を殺してしまったのか? それが、ラモン本人にも思い出せないのです。なぜ、バーで絡まれたくらいで殺害に至ったのか。ささいな謎に思えますが、作中で何度も疑問として提示されるので、気になってしかたがありません。そしてこのホワイダニットは物語の最後まで答えが明かされることはなく、読者をラストまで導きます。

 同時に、小さな謎がいくつもあります。たとえば、異星人はなぜ自分たちのもとから脱走した人間を捕まえようとしているのか? このような謎は、物語の中であまり間を置かずに答えがわかります。謎の提示→解決までの時間が短い小さな謎がたくさんあるので、なんだかよくわからない話だなぁという印象を持つこともなく、すごく読みやすくなっています。さらに、ここ気になるな〜とひっかかった点にはすべて答えが用意されているので、読んでいて苛つくことがありません。大きな謎があることで最後まで引っ張られ、小さい謎が細かく配置されているおかげでストレスなく読みすすめることができました。謎の組み合わせ方が上手く、それが物語を面白くしている要因だと思います。

 次に、物語のいちばん特殊な設定である「つなぎひもで異星人とつながれる!」という設定がすばらしいということを、おおいに! 主張したいです。この設定が、物語に不思議なおかしみと、サスペンスを醸し出していると思います。ラモンを〈サハエル〉で繋げて監視しているマネックは、異星人だけあってあまりお近づきになりたくない感じなんですが、というか映像化されたら絶対に見たくない外見なんですが、それでも文章で読むと魅力的なキャラクターです。人間と思考が全く違うからか、子どもや外国人のように、人間にとってはあたりまえのことをラモンに聞いてきます。食事や排泄、なぜ人は同胞を殺すのか? 自由とはどのような状態なのか? 人間にとって当たり前のことを大真面目に聞いてくるので、面白くてたまらない! 度を超した真面目さって面白いじゃないですか。まるで子どもみたいなマネックがどんどん可愛くなってきて……。ああもう、異星人に萌えるなんて、なんてこと……! くやしい。いやでも、マネック可愛いですよ。これで外見が人類タイプでイケメンだったらいうことないのに……! あらすみません、つい本音が。

 ラモンも私のようにどんどんマネックにほだされてきます。そりゃまぁ、自分の意志でないとはいえ、つなぎひもで繋がれて、なんだか意思疎通もできるようになってきたら、仲良くなりたいと思うのが自然ですよね。しかも〈サハエル〉を通して、マネックの記憶をかいま見ちゃったりするわけです。いかようにも物語を展開できる、素敵設定ですね、本当に(笑顔)。しかし油断大敵! ラモンも読者も油断しているときに、マネックは意にそわないことをしたラモンを思いっきり罰します。この〈サハエル〉は異星人の手によるハイテク(?)な代物なので、ラモンが異星人の意に反するような行動をとると、ものすごい苦痛を味あわせることができるのです。あくまでも異星人、それを忘れてはいけないんだよ、ということを思い出させます。このふたりの不安定な関係が、緊迫感をはらんでいてとてもいいと思います。ずっと敵のままなのか、味方になるのか曖昧でさっぱり読めないために、非常にドキドキする展開になっています。

 ラモンとマネックのやりとりを読んでいるときは、まるで著者(たぶん実際に執筆したエイブラハムさん?)の手の上で踊らされてるような感覚を味わいました。こういう描写をすれば、読者はこう思うだろうってことをわかって書いているような気がします。なんというか、読者を翻弄させてやろう=読者を楽しませようという著者の意志が感じられました。人によって好き嫌いはわかれると思いますが、私はそういう心意気を持った著者が好きです。

 そして、主人公ラモンのキャラクターもいい! 最初はもう、なんだこいつとか思ってたんです。だって彼の苦労って、ほとんど自業自得なんですもの。粗野だし、頭のてっぺんから足の先までマッチョ、という、正直彼氏にはしたくないタイプなわけですよ、私的に。でも、荒々しい自然を生き抜く知恵や体力を持っていたり、なによりも「男らしさ」を持っていることがわかってくると、だんだん彼が好きになってきました。何より、彼が実は孤独を愛する男だというのがいいですね。町にいるあいだは人と関わることで疲れ、それゆえ酒に逃げてしまうわけです。しかし探鉱のために山間へ来ると、お酒を飲まなくてもやっていける。大自然を愛し、真の孤独を愛している。この人物像が格好いいなぁ……。乙女は孤独を愛する男に弱いのです! そうか? っていうか乙女って誰のこと? というツッコミは無しでお願いします。そして、物語を貫いている大きな謎、彼はなぜエウロパ人を殺してしまったのか、という点の答えが明らかになり、そしてその後ラストで彼がとった行動を考えると……ラモン格好いい! と思わずにはいられません。第一印象最悪だったんだけど、嫌々付き合ってみたら案外いい男だったなんて……あらまぁなんという少女漫画的展開。

 ああ、まだまだいろいろ語りたいよう。舞台となっているサン・パウロの人跡未踏の地を描写する力がすごいとか、物語の設定の説明が上手くて、SFの世界にすんなり入っていけるとか。でもこういう冒険小説的な要素を褒めるのって、冒頭でやることだよな……。まぁ、私の下手な文章を読むより、作品を読んでいただくのがてっとり早いです。とにかく、面白かった! のです。それが伝わるといいな、と思います。

【北上次郎のひとこと】

 この小説は、昨年の翻訳エンターテインメントの個人的ベスト1なのだが、ミステリーのベストにもSFのベストにも入っていないのが淋しい。密林行と川下りという冒険小説の定番をここまで鮮やかに蘇らせた例は近年少ない。物語が古いという指摘があるかもしれないが、物語は新しくなくてもいいのだ。古い物語を新鮮にみせる芸こそがこの長編のキモで、そこが素晴らしいと思う。

 次回のテキストは、いよいよクレイグ・トーマス『狼殺し』

冒険小説にはラムネがよく似合う・バックナンバー