芝居がかった死 〜 演劇ミステリのススメ
出演者は女性のみ、そんなシェイクスピア劇と遭遇した。その名も「悩殺ハムレット」。ここのところ小劇場の世界ではよく話題にのぼる若手実力派の〈柿喰う客〉という劇団が今秋上演した作品で、女優だけでシェイクスピアをやってみようというシリーズ企画〈女体シェイクスピア〉の第一弾だという。(ちなみに、来春第二弾の「絶頂マクベス」を予定しているらしい)
ガートルードやオフィーリアだけでなく、ハムレットやクローディアス、脇役のローゼンクランツとギルゼンスターンのコンビに至るまでが女優とは、なるほどシェイクスピア劇はユニセクシャルな解釈も可能だったかと、その懐深さに改めて感心させられたが、やけに既視感あるなと思ったら、これってジョー・ウォルトンの『暗殺のハムレット』に出てくる劇中劇とそっくりじゃないか。
劇中劇の方は主役だけの男女逆転だが、作中で力説されるハムレット女性説などを読むと、作者はかなりの演劇通のようで、原題(HA’PENNY。劇場の天井桟敷席の意)から、作中にさし挟まれる芝居の制作過程のエピソード、さらには舞台初日のクライマックスに至るまでが、なんとも盛りだくさんの演劇ミステリに仕上げられている。
この『暗殺のハムレット』は、第二次大戦で戦勝国となったイギリスを舞台にした歴史改変ミステリの三部作〈ファージング〉のパート2にあたるが、独断と偏見を承知で言わせてもらえば、同じ三部作の〈ミレニアム〉は一作め、この〈ファージング〉は二作めの本作がもっとも面白いというのが結論。
お次は、ハムレット繋がりでもう一冊。マイクル・イネスの『ハムレット復讐せよ』は、カントリーハウスに集まった貴族や各界の名士たちが素人芝居の「ハムレット」を上演するさ中、ボローニアス役を演じていた人物が殺され、スコットランドヤードから探偵役のアプルビイ警部がかけつける。かつてポケミス中もっとも入手困難な一冊と噂され、きわめて高尚かつ難解といわれたが、国書刊行会の〈世界探偵小説全集〉に新訳が収められ、読者との距離はぐんと縮まった。独特の滋味やペダントリーがちょっと煩わしく感じられるかもだが、あまり先入観なしに読むのが吉。事件が起きたとき舞台上や楽屋にいた総勢三十名以上という容疑者の中からの犯人探しは、無数の伏線とミスディレクションが仕掛けられた地雷原を行くスリルがたっぷりで、クラシック・ミステリの愛好者にはたまらないだろう。「ハムレット」をモチーフにした本格ミステリとしては、この作品が世界最高峰かも。
お次は、衆人環視下というシチュエーション繋がりでもう一冊。帰還軍人歓迎の野外劇を舞台にした超絶不可能犯罪もののクリスティアナ・ブランド『ジェゼベルの死』。と思ったけれど、現在は入手が難しいらしいので、ヘレン・マクロイの『家蝿とカナリア』でいく。ジョルダーノの「フェドーラ」の開幕初日、主演女優の招きで客席についた精神分析の専門家ベイジル・ウィリングは、上演中の舞台で死体役の役者が実際に殺されてしまうのを目の当たりにする。『暗い鏡の中に』にしても、『殺す者と殺される者』にしても、マクロイの代表作は、強いサスペンス色の裏側に本格ミステリとしての綿密な仕掛けが施されているが、この初期の代表作も女史のそんな資質が全開。3人の容疑者たちを向こうにまわし、ウィリングが推理の試行錯誤が繰り広げる終盤は、謎ときのカタルシスが満載だ。ショービジネスひしめくブロードウェイの舞台裏を覗かせてくれるあたりにも、この作家の持ち味が光っている。
お次は、ブロードウェイ繋がりでもう一冊。今年やっと待望の新訳版が出たエラリー・クイーンの『ローマ帽子の謎』も、ブロードウェイのど真ん中、西47丁目に建つローマ劇場が事件の舞台だ。評判を呼ぶ新作劇「ピストル騒動」を上演中の満員の劇場客席で、悪徳弁護士が毒死を遂げるのが事件の発端である。被害者はなぜ芝居を上演中の劇場で殺されなければならなかったか、そしてシルクハットはなぜ殺人現場から消えていたのか。ご存知、作家クイーンの処女作にして国名シリーズの第一作だが、初々しくも自信満々な態度で?読者への挑戦状?を叩きつける探偵クイーンの推理に、デビュー作に似合わないクオリティの高さに改めて舌を巻く読者は多いだろう。
おしまいは、クイーンとくればクリスティー、というのはさすがに安直な気もするので、同時代に活躍し、英国ではクリスティーと並び称されていた才媛ナイオ・マーシュでしめくくろう。『ヴァルカン劇場の夜』や『死の序曲』など、演劇ミステリとは縁浅からぬマーシュだが、芸能の分野では演劇と隣り合わせともいえる民俗舞踏を扱った『道化の死』をお奨めしたい。イングランドの田舎町で催される冬至のお祭りで、村人たちが見守る中ダンスを踊っていた人物が首を切られて殺される。おなじみのアレン警視が解き明していく大胆不敵なトリックの切れ味は鋭く、以前の紹介では埋もれがちだったマーシュという作家を、改めて見直したくなること必至の大傑作だ。
というわけでしめて5作。自分で選んでおいて言うのもなんだけど、演劇と優れたミステリは実に相性がいいのだな、と再認識させられた。このほかにも、ジェーン・デンディンガー『そして殺人の幕があがる』、バーバラ・ポール『気ままなプリマドンナ』、アレックス・アトキンスン『チャーリー退場』、P・M・カールソン『オフィーリアは死んだ』など、愛すべき作品はまだいくらでもある。今回は古典系が中心になったけど、別の機会があれば現代ものを集めて紹介してみたいと思う。
三橋 曉(mitsuhashi akira) |
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