ダルビッシュはくれてやるから、この野球ミステリを復刊させろ

 いや驚いたね。何がって奥さん、ダルビッシュの値段っすよ。違うよ養育費じゃなくてレンジャース移籍契約金の方。ここは一発「おすすめ大リーグ野球ミステリベスト5」を書こうとして好きな作品をつらつら挙げてみたらばアンタ……ぜんぶ品切れ・重版未定! 

 映画化された作品も、ほんの7年前に出た作品も、もう品切れってどういうことよ。翻訳ミステリのサイクルは短いとは聞いていたが、いやはやクラウンライターライオンズ並の寿命だな。

 ということで急遽方針変更。テーマは「復刊して欲しい野球ミステリ・ベスト5」だ。ダルビッシュの価値を考えたら、復刊の許可くれるくらい安いもんだろアメリカさん。

 頭上を越すなら越してみろと、浅く守るセンターのラルフィー・キャッスルマン。投球動作の途中で間をとって、渾身の力をこめて速球を繰りだすスパット・オニール。投手が一球投げるごとに、スパイクシューズで二塁ベース後方のアンツーカーをならすチャーリー・チープロ。イニングの切れ目の軽い投球練習、サングラスをずり上げる外野手、風になぶられる球団旗、テレビカメラに向かって手を振る子供たち、……

 ジェイムス・マグヌスン『挟殺(ランダウン)』(水野谷とおる訳・角川書店)からの一節。単なる風景描写の羅列に過ぎないのに、なんだかじんわり来るのだ。泣けてきそうにすらなるのだ。野球好きならわかるだろう。野球の匂いと音がする。外国人の名前がピンとこないなら、順に英智、浅尾拓也、井端弘和に脳内変換すればいい。例が偏ってるだと? 気のせいだ。

 スカウトの仕事をしている元選手が球団オーナーに突然呼び出される場面から物語は始まる。オーナーの娘が誰かに狙われているので護衛を頼みたい、と。これがアンタ、架空のチームではあるがモデルは無敵だった頃のヤンキースなのは明らかで、しかも当時のヤンキースのオーナーはワンマンで有名──とくれば日本にもそんなチームがありますわな。つまりこれは、巨人をクビになった選手がナベツネに娘の護衛を命じられる話と思って読めばいい。なお、ランダウンってのは塁間にランナーを挟んでタッチアウトをとる挟み撃ちのこと。

 しかしこの『挟殺(ランダウン)』は、事件そのものは決して野球がらみというわけではない。やっぱり事件そのものが野球とダイレクトに関わってこその野球ミステリでしょ。

 そのイチオシはジム・バウトン&エリオット・アジノフ『ストライク・ゾーン』(村上博基訳・文藝春秋)だ。地区優勝がかかったフィリーズ対カブスの最終戦。とある事情から、なんと主審が「カブスを負けさせる」とうい八百長に加担することになった──。

 怪しまれずにカブスに不利なコールをする描写もすごいんだけど、これがたった25時間の話だってのがすごい(回想もあるけど)。スコアブックに心理描写と情景描写がついたかのような、試合展開そのものが小説のストーリーになっていく。試合はどうなるのか、八百長はどうなるのか、もう一気読みっすよ奥さん。

 事件もそのバックグラウンドも謎解きもすべて「野球ならでは」なのがリチャード・ローゼン『ストライク・スリーで殺される』(永井淳訳・ハヤカワ・ミステリ文庫NV)と、『死球』(大貫ノボル訳・サンケイ文庫→扶桑社ミステリー)。

 ともに大リーグが舞台で、前者はロッカールームで殺されたリリーフピッチャーの一件を、教授というあだ名のインテリ外野手が解く話。後者は野球好きの私立探偵が選手の脅迫事件を探る軽ハードボイルド。この二作のキモとなる部分は日本のプロ野球界にも当てはまる(ネタバレにならないようにものすごく表現を選んでいるよ)ので、大リーグに詳しくなくても大丈夫! うん、野球ミステリのベストを選ぶなら、この2冊は殿堂入りだね。まるで翻訳ミステリ界の王と長島──いや違うな、そんな感じじゃない。うん、江夏と東尾ってとこか。

 ちょっと変わり種も。マイクル・Z・リューイン『カッティング・ルース』(田口俊樹訳・理論社)は読み応えがあるぞ。大リーグ黎明期、女であることを隠して野球選手になる娘(殺人事件に巻き込まれるのよ)の話とその祖母の話が交互に語られる。『忘れられた花園』+『赤毛のサウスポー』って感じ。若きアメリカ野球の息吹に満ち満ちた波瀾万丈の大河ドラマ。大リーグがアメリカ社会に根付くまでの物語とも言える。

 そして番外編で一冊。さあタイトルだけで萌えまくれ! ピーター・レフコート『二遊間の恋』(石田善彦訳・文春文庫)だ! ミステリの範疇には入らないが、野球の試合の描写はけっこうマニアック。キミの脳内でお好きな二遊間に変換するがいい。荒木と井端、川崎と本多、鳥谷と平野……いや平野はちょっとどうか(失礼)。

 でもこれは決して萌え系BLではなく徹底した社会派であることは書いておかねば。だってサブタイトルが「大リーグ ドレフュス事件」だからね。ドレフュス事件を知らない人はググってみよう。

 ああもうすっかり長くなった。ホントはデアンドリアの『五時の稲妻』とかレズニコウの『殺戮投法』とかも入れたかったし、野球ミステリじゃなくても主人公が大の野球ファンっていう翻訳ミステリ(ヴィクとかスペンサーとかさ)もあるし、短編だとエラリィ・クイーンが野球観戦してたり怪盗ニックが野球チームを盗もうとしたり、いろいろあるんだけどさー。ヴィクとスペンサー以外、どれもこれもが品切れよ。ふっ。

 いっそどっかの出版社がプロ野球チームを持って、選手をポスティングで大リーグに行かせてお金の代わりに版権貰うってのはどうですか。文藝シュンジューズとか。東京創元ミステリーズとか。出版社各位、ご検討下さい。

大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』(東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室』シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

【テーマ・エッセイ】なんでもベスト5 バックナンバー