みなさんこんにちは。あけましておめでとうございます。2013年も「冒険小説ラムネ」をどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、今回の課題図書はクリストファー・ハイド『大洞窟』です! まずはあらすじを……。

ユーゴスラヴィアのカルスト台地の地底深く、4万年前にネアンデルタール人が壁画を残した大洞窟がみつかった。世紀の大発見に、国際調査団が勇躍現地に赴くが、ときならぬ大地震で閉じこめられてしまう。漆黒の闇のなかで、土砂流、水没洞、大瀑布、毒虫などと闘いながら続ける地獄めぐり。彼らが再び陽光を見る日はあるのか? (本のあらすじより)

 この本の何がすごいかって、そりゃあまず帯ですよ……。水色の帯に黒字で大きく「毒虫、大瀑布、土砂流、水没洞」って書いてあるのです。む、虫かぁ……(ドン引き)。私はお化けとスプラッタと虫が怖いんですよ!! なので正直、この本を読み始めるのにそうとう覚悟が必要でした。でも帯の一番最初に「毒虫」とあるということは、冒険小説ファンの心を躍らせるキャッチコピーなんでしょうね、これ……。そして大瀑布とかよりも虫のほうが優先される、と。一応編集者なものでこういう点が気になってしまいます。でもこういうコピーは書けないなぁ……。

 というわけで、いつもより読み始めるのに時間がかかったのですが、いざ読み始めてみたらめっっっちゃ面白かったです!! 人間読まず嫌いはいかんな、としみじみ思いましたよ。

 まず設定に惹かれました。地底深くの洞窟というのも珍しいですし、さらにこの洞窟にはネアンデルタール人が描いた壁画があって(世界史で習ったラスコーの壁画などを思い浮かべてくださいまし)、非常に神秘的で美しい空間になっています。しかし、そんな魅力的な洞窟の調査をはじめたところ、大地震で壁が崩れてしまい、閉じこめられてしまうことに!! いいですね〜、こういう閉じこめ設定! 果たして調査のメンバーは無事に地上へ戻れるのか!? という切実さが感じられる冒険です。おまけに地底とはいえ川が流れていたり、滝や崖があったり、バラエティ豊かです。崖を登るシーンなんて、山岳ものか!? というくらい迫力のあるすばらしい描写でした。地下を舞台にしたお話なのに登攀シーンがあるなんてこれいかに。私は鍾乳洞くらいしか入ったことがないので、知らない点ばかりで新鮮でした。洞窟調査って大変なんですね〜。いやま、こんな物語みたいなことはそうそう起きないと思いますが(笑)。

 次に、冒険をする13人のメンバーが「国際調査団」であるのもとてもいい設定だと思いました。舞台であるユーゴスラヴィアの地元民はもちろん、アメリカ、イギリス、フランス、そしてなんと日本人までいるのです!! 登場人物表見たときびっくりしましたよ。ふたりの日本人についてはのちのち言及しますが、多国籍なひとびとが集まっているため、とにかくハプニングが起こりやすい、というのが面白いです。また、この作品は主人公をひとりに絞りにくい、いわば群像劇みたいな体裁で書かれているのもとてもいいと思います。視点人物が何人もおり、さらに登場人物ひとりひとりにドラマがあります。彼らがなぜこの洞窟に調査に来たのか、メンバー同士のことをどう思っているのか、そういうものがしっかり書き込まれているので読みごたえがあります。おまけに、誰か主人公かわかりにくいので、逆を言えば「誰が死ぬのか」がわかりにくいんですね〜(にっこり)。過酷な状況で13人全員が生き残れるはずもなく、誰からリタイアしていくのか予測しながら読むわけですが、それがまったくわからないのがとてもいい!! ……なんか私、すっごい酷いこと言っているような気がしますが、あくまでもフィクションですから! 予測不可能な展開ものが大好きなので……。

 えーと、そういう性格の悪い読み方をしていた天罰でしょうかね、来ちゃったんですよ……。あのおぞましい、私の大嫌いなあの虫が出てくるシーンが!! 毒虫って、毒虫って、よりにもよってこいつのことかぁーーーー!!! Gよりも苦手なあのMがやって来るなんてな!! そう、あいつですよ! 足がいっぱいある! ぐねぐねしてる!! あのMですよ!! うう、言葉にもしたくない……。私はあいつが大の苦手でして。それなのに! それなのにこの作品であんな、あんな風に出てくるなんて!! い、いやあああああーーーーーー!!!

(しばらくお待ちください)

 ふう、お見苦しいことになってしまい失礼しました(?)。あまりにものすごいシーンだったので、しばらくペットのフェレットを抱きしめておりました。フェレットかわいいですよ!! 犬とか猫より飼いやすいですし!!(現実逃避ちゅう)。えーと、でもこのひっどいシーンは3ページくらいだったと思うので(読み返したくない)、Mが苦手な方はすっとばせばOKです。うん、ほんとダイジョーブデスヨ!

 著者からすれば、私みたいな読者はありがたいはず! きっとそうだ! このMシーンのほかにもピンチがいくつも訪れるわけですが、そのどれもがすばらしい描写で、とにかくハラハラします。おこがましい言い方をすれば、人物描写も含めて「とにかく巧いなぁ」という印象の作品です。

 そう、登場人物もいいんですよ! イケメンのくせにファザーコンプレッスクスをこじらせちゃってる若手考古学者とか、イギリス流の皮肉とブラックユーモア満載の似非っぽいジャーナリストとか、すっごいイヤーな性格だけどプロとしては一流のいけすかないダイヴァーとか。そして、冒頭でも述べたとおり、ふたりの日本人が登場するのです。地質学者でさまざまな洞窟調査の経験もある原田以蔵とその助手の高島健治です。外国の作品に出てくる日本人って正直ちょっとアレなことが多いと思うのですが、彼らはかなり説得力のある日本人として描かれています。特に、原田さんがちょうかっこいい!! 穏やかで思慮深く、洞窟に対する知識も豊富で、とにかく頼りになる! クライミングも得意だし! 絶対絶命の異空間にこういうひとがいて、ほんとよかったよなぁ……(ほろり)。また、彼は洞窟に描かれたネアンデルタール人の絵を初めて見た人間でもあります。それだからか、物語の端々でネアンデルタール人の思考、というか彼らが残した目に見えない「何か」を受け取る触媒の役割りもはたしています。ネアンデルタール人が出てくる過去の映像を夢で見たりすることで、物語に絶妙な神秘さを加味しています。非常に好意的に描かれているので、とても誇りに感じました。

 と、いうわけで川下りあり、登攀シーンあり、恐怖のMシーンあり、と次から次へとピンチが襲来する非常に面白い冒険小説でした! 残念ながら中古でしか手に入らないようですが、ぜひぜひ読んでみてください! 一気読み間違いなしの傑作です。

【北上次郎のひとこと】

 洞窟の冒険を描いたものは数多い。ハガードの名作『ソロモン王の洞窟』がその代表例だろうが、トレヴェニアン『シブミ』にもその場面が出てくるし、バロウズの地底世界シリーズにもターザンが洞窟に迷い込んで冒険を繰り広げる1篇がある。トム・ソーヤーも洞窟に入り込むし、半村良の『楽園伝説』も洞窟小説だ。ただし、クリストファー・ハイドの本書が異彩を放つのは、日本人がカッコよく描かれることだ。欧米の小説で、日本人がここまでカッコよく描かれるのは初めてではないか。なお、クリストファー・ハイドの邦訳には、他に『アムトラック66列車強奪』がある。

東京創元社S

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入社4年目の小柄な編集者。日々ミステリを中心に翻訳書の編集にいそしむ。好きな食べ物は駄菓子のラムネ。2匹のフェレット飼いです。東東京読書会の世話人になりました。第二回も近々に開催予定ですのでどうぞよろしくです。TwitterID:@little_hs

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